うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『Distance』




3Z設定ですが、基本小説版、というか公式設定ではありません。
ただ、銀時が高校教師、土方他が高校生 の現代パラレルとおもっていただいた方が良いかと思われます。
お気に触る方はバックくださいませ。



―Side H―

「多串くん」
土方は移動教室の途中、肩を捕まれ、呼びとめられた。

「いい加減覚えてくれませんか?多串じゃなくて土方です」
この4月から担任になった坂田銀八は、何度訂正しても、『多串』とふざけた名前で呼ぶ。
すでに三ヶ月経とうする今でもだ。

「昨日出してた現国の課題、HRまでに集めといて」
「はぁ?帰りのHRで自分で集めりゃいいだろ?」
「だって忘れる自信あるんだもん。じゃ、頼むな」
銀八は肩にのせたままだった手で今度は頭をくしゃっと撫で、立ち去っていった。
「だもん…じゃねぇ!働けクソ教師っ」
廊下に土方の怒声が響いた。

「土方さん…」
「あんだよ?」
一緒に廊下にいた沖田が珍しく固まっている。

「あんた、銀八から触られてましたよね?」
「あ゛?」
今度は土方が固まる番だった。


土方十四郎には、軽めだが、対人接触嫌悪症がある。
不意打ちでなければ、我慢はできる。
できる。ことはできるが、激しい悪寒を引き起こす。
相手や触れられ方にもよるが、嘔吐感を伴うこともある。
我慢出来ずに、相手を振り払い、突き飛ばすこともしばしばだ。

非道くなったのは中学に入る頃だろうか。
学校ではいつも、幼なじみの近藤や沖田、山崎たちがさりげなく事情を知らない相手との間に入ってフォローしてくれていた。

そんな事由から冒頭のような出来事はイレギュラーすぎる出来事であった。
沖田の指摘で、当の土方本人は頭をかかえた。


何とか、この体質で周りに迷惑をかけまいと思って、カウンセリングも受けてきた。
男性(父親も含む)が1番嫌悪度が高く、女性や子供に関しては比較的我慢が効く。

だか、坂田はどうみても成人男性である。

(しかも、いつもの悪寒がほとんど分からなかったなんて…)

正直、沖田に指摘されるまで気づいていなかった。
何が、他の人間と違うんだろう?
土方は初めて、死んだ魚のような目をした担任に興味を持ったのである。





―Side G―

大江戸高校教員・坂田銀八には受け持ちの1年Z組にとても気になる生徒がいる。

銀八の銀髪天然パーマとは対照的な鴉の濡羽色のさらさらストレートヘア、閉じれば音のなりそうな長い睫毛、青灰色の瞳は少し瞳孔が開き気味だが、色白な彼によく似合っていた。

(そうなんだよな…『彼』…なんだよな)

彼、土方十四郎は言葉遣いは誉められたものではないが、基本、真面目な成績優秀スポーツ万能な男子生徒である。

「多串くん」
銀八はつい土方をそう呼んでしまう。
「いい加減覚えてくれませんか?多串じゃなくて土方です」
律儀な彼は一回一回訂正を入れてくれる。

(そんなリアクションが楽しいから呼んじゃうんだよ)
銀八は、クスクスと笑う。
そういえば、何も考えずに、腕を掴んでしまったのだか、ふとを思い出した。

(あれ?接触嫌悪症って調書にあったよな?)
振り払われるかと思ったが特に反応がないから、掴んだままにしてみる。

「じゃ、頼むな」
雑用を頼みながら、ついでとばかりに髪にも触れてみる。

「だもん…じゃねぇ!働けクソ教師っ」
(大した程度じゃないのか?普通じゃね?)


その日からだ。
土方の視線が痛い。

(なんか、ものっそ見られてる?)
睨まれているというのではない。敢えていえば観察されているのだろうか。

一週間も続いた頃、さすがに銀八は土方の視線に耐えられなくなってきた。
とりあえず、放課後、自分が占有している国語科準備室へと呼び出した。
面倒なことは基本的に御免だが、担任としては相談事がある生徒をあまり無下にはできない。

「あ〜、多串くん?」
「多串じゃねぇ」
予備の椅子を自分と向き合うように置き座らせる。

「なんで、そんなに先生見てんの?なんか話したいことでもある?」
「は?」
土方は、心外だったのか、まだ幼さを残す瞳を目一杯見開いて、固まった。

(あ、可愛い…って男だぞ。これぇ)

「いい男過ぎて惚れちゃった?」
「ち、違ぇ。あんたと他の人間との違いを…」
「はい?」
今度は銀八の方が言葉の意味を捉らえかねる。

「………」
「………」

「俺って、人と違う?」
沈黙を破ったのは銀八だった。

「俺にとっては…違う」
土方は俯きがちにボソボソと答える。

(な、なんなの。この子っ)

「先生、気持ち悪いの、わかってんだけど…」
「?」

(うわっ何来んの)

「ちょっと、触ってみてくんないか」
「さ、さ、触るって、ど、どこをかな?!」
柄にもなく、動揺しまくる。

一方、土方もしまったとばかりに耳まで真っ赤になって再び黙り込んだ。

「土方?」
「ど、どことかあんまり考えてなかった…」
(この子、頭良かったんじゃかったっけ?どう受け取るのが正解なんだ?)

断片的な言葉だけとれば、告白されているみたいだ。
普段の柄の悪さとのギャップからか、しおらしい土方は、すごく新鮮だ。

(めっさ可愛い生き物に見える…いやいや生徒だし。それより先に男だし)

重力に逆らって思い思いに跳ねる天パ頭を抱えた。
その様子を見ていた土方もため息をつく。

「すまねぇ…変なこと言った。忘れてくれ」
「え?」
「もう出来るだけ見ないようにするから」
話は終わったと、土方は立ち上がる。

「ち、ちょっと待て」
その時の銀八は何も考えてはいなかった。
反射的に土方の腕を掴み、勢いとつけて引き寄せる。

「変なこと、とかそんなんじゃないから」
土方は銀八の腕の中におさまった。





Side O

「はーい、そこまででさぁ」
ガラリと準備室の戸が開けられ、沖田が入ってきた。

「総悟?」
「旦那ぁ。土方さんの色香に誑かされちゃいけやせん」

「「あ」」
銀八と土方はお互いの距離を認識して、慌てて体を離す。
「これは…」
状況を説明しようとする土方の言葉に被せるように沖田は声を発した。

「わかってまさぁ。
 アンタは、本当に旦那に触られても平気なのか確認したかったんでしょ?」
「まぁ…」
そんなとこ、とボソボソと返事をする。

「沖田くん。どゆこと?」
「この人は、接触嫌悪症が旦那にも発動しないか確かめたかったんでさ。
 土方さん、アンタその日本語能力の決定的な欠如でそのうち痛い目合いますぜ?」

(今だって、準備室の外からの声だけでも、充分告ってるように聞こえまさぁ)

「いやいや、俺も流石に男子生徒から告られてるなんて勘違いはしねぇよ?」
銀八も平常の緩い口調に戻っている。

「なら、いいんでさ」
ニヤリとドS面で茶髪の少年は担任に笑ってみせる。

(土方さんは今まで、俺達が守ってきたんですから、後から来てさらっとこの人の中に入り込まないで下せぇ)

「部活、行きやしょう」
「あ、あぁ」
沖田にショルダーのひもを引っ張られながら、土方は退出する。

銀八は準備室に一人残された。
「あ〜なんなのよ。ホントに…」


「総悟っ」
「なんです?」
ぐいぐいと容赦なく引っ張り続ける沖田に土方は声をかける。

「いいから離せ」
国語科準備室をでて、剣道部の活動する柔剣道場近くまで既に来ていた。

「で、どうだったんです?」
「え?」

(あぁ、もう、この人は…)

土方は自分からあまり人に近づかないようにしてきた為か、人の機微に疎い。
近しい者達がその分察してやるから、余計に学ばないのかもしれないのだが。

「旦那の件でさぁ」
あぁとやっと思い出したらしい。
視線が空をさ迷い、何か思い出して、少し苦しげな顔になった。

「よく…わからない」
「わからないって、アンタ…」
「お前が入って来る前に、腕掴まれて、倒れ込んだ時も、いつもみたいな悪寒はなかったんだけど、心拍数は上がってた」
沖田の目が見開かれる。

「総…」
相変わらず握ったままだった土方のショルダーのひもを引き寄せた。
土方の体と沖田の一回り小さな体に密着する。

「やめろっ」
途端に、引き寄せた側の沖田にも土方に鳥肌がたつのがわかった。
わかったから、直ぐに、離れてやる。

「違い、わかりました?」
土方は、きつく手を握り締め、反射的に沖田に殴り掛かるのを止めていた。

「違いはわかったが、なんで坂田なんだ?」
「さぁ、それは自分で考えて下せぇ」

(そこまで、お人好しじゃありやせん。ちっとは自分で考えやがれ)

恐らく、土方は心の深層部で銀八に惹かれているのだろう。
土方が人間接触嫌悪症になった原因を考えると皮肉な気もするが…

(さて、旦那の方はどうなんだか…)

「部活始まっちまいます」
沖田は今度こそショルダーから手を放して、一足先に柔剣道場へ入っていった。





―Side Y―

(最近、土方さんの様子がおかしい)

土方と山崎退は中学からの付き合いである。
同じ剣道部にずっと所属してきて、そのまま高校も同じ所に入学したためズルズルと付き合いを続いている。
地味な外見と性格のせいか、はたまた、その性格故か、ツルんでいるメンバーの中でもついパシリ的な役割を負うことが多い。
そして、土方の対人接触嫌悪症のフォローにも陰ながら手伝っているつもりだ。

基本的に、土方は人との付き合い方が下手だ。
大体において、綺麗な顔をしているにもかかわらず、無愛想で、目つきが悪い。
気を許した近藤や沖田の前以外ではあまり表情を変えない。
ただ、本当は、くるくるとその青灰色の瞳の中で感情は大いに物語っているのだが。

「山崎。坂田のこと、どう思う?」
突然、土方に担任のことを尋ねられた。

「どうって…よくあれで教師勤まるな…とかそんなことですか?」
「う〜ん。なんていうか…」
「あれで、結構人気あるみたいですけどね」

(珍しくはっきりしないな…)
歯切れが悪い。

ただ、担任である坂田に興味を持っていることは、ここ数日の様子で感じてはいた。

「ジミー」
廊下から、話題にのせられていた坂田が手を招いている。
(俺、なんかしたっけ?)
良くも悪くも目立たない山崎は呼び出しをくらうこともあまりない。

「放課後、時間とれるか?」
「はぁ。今日は部活も休みなんで大丈夫ですけど…」
「じゃ、わりぃけど、準備室まで放課後、顔貸してくれや」

雑用でも言いつかるのであろうか?
雑用なら、同じ地味でも志村弟が頼まれることの方が多いのだが。
土方はやはり、下唇を噛みしめ、ふさぎ込んでいるようだった。

(なんか、関係あんのかな?)


放課後、沖田らには先に帰ってもらうよう伝え、国語科準備室へ向かった。
ドキドキしながら、ドアをノックするといつも通りの緩い声が答える。

「しつれいしま〜す。山崎っすけど…」
「う〜い」
ま、座ってと相変わらず死んだ魚のような目で椅子をすすめられる。

「さっそくで悪いんだけど、ジミーは土方とは付き合い長いんだよね?」
「長いっていうか中学からですけどね…」

(先生、俺の名前山崎って覚えてます?ってツッコミは後にしよう。やっぱり土方さんのことか)
予想範囲内といえば範囲内だ。

「いや、沖田や近藤に聞こうかとも思ったんだけど、あいつら頭カラだから、繊細な話になるとむかねぇだろ?」
「繊細な話…接触嫌悪症のことですか?」
「具体的にどれくらいひどいの?」
話が早くて助かるわ。中学からの調書じゃわかりにくいんだよね…と呟いた表情に山崎は一瞬目を奪われた。
いつものような緩さを纏ってはいるが、どこかその瞳の色が違う気がする。

「土方さん本人が意識して触れられる分には我慢できます。
 不快感は大なり小なりあるみたいですけど。
 不意打ちと大人の男の人ってのが一番まずい組み合わせみたいです」

坂田の目が少し、見開かれた。
「一律?」
「まあ、大丈夫な人って聞いたことないです。父親もだめらしいですし」
「じゃ、事故でも男に抱きしめられちゃったりしたら…」
「まず、無条件で右ストレートでしょうね」

(なんなんだろう?土方さんが先生良く見てんのとなんか関係あるのかな?)
坂田の表情は微妙だ。
少し綻んでいるようにも見えなくはないが、少し怒っている風にも見える。

「沖田君は?大丈夫なんだろ?」
「は?」
なぜ、突然ここに沖田さんが出てくるのかがわからなかった。
「付き合ってんじゃねぇの?」
「な、なに言ってんですか?!」

(『付き合う』ってそういう意味だよね?友達じゃなくて彼氏とかいう意味だよね?)
あぁ、こんな時、妙に察しが良い自分が悲しくなる。

「ちげぇの?」
「俺は聞いたことないですよっ。大体土方さんは男ですよ?
 男同士で付き合うってアンタ…
 まして、土方さんに限って…あんなになったのだって…」

(しまった)
はっと、口元を抑えたが、すでに遅い。

「…原因知ってんだ?」
担任の昏い笑みに山崎の背中に冷たい汗をかかせた。





―Side G―

国語科準備室に土方を呼び出したあの日。
沖田と土方を見送った銀八は床に転がったメモを見つけた。
自分の物ではないから、土方の物だろう。
母親からの指令なのか、綺麗な女性の文字で、食材名が書かれている。
空白の欄に、土方本人の物らしい字で『マヨ』の文字も。

(なんか、微笑ましいなぁ)

どうせ、柔剣道場はすぐそこだ。
職員室へ戻るついでに届けてやろうと銀八は腰を上げる。

「お、いたいた」
丁度、剣道場へ続く渡り廊下のところで土方と沖田は立ち止まり、何やら話し込んでいるようだ。
沖田の目がほんの少し、こちらを見た気がした。
相変わらず握ったままだったショルダーのひもをが引き寄せられ、土方は沖田に抱き寄せられたように銀八からは見えた。
すぐに体は引き離されたが、何故かショックを受けている自分を銀八は自覚した。

「いやいや、俺も流石に男子生徒から告られてるなんて勘違いはしねぇよ?」

なんて、先ほど沖田に言ったばかりだというのに、心のどこかで、もしかしたら、土方にとって特別なのかと期待していたのだ。

(沖田君だって、特別なんじゃねぇの…)

手にしていた買い物メモをクシャっと白衣のポケットに押し込み、職員室へ戻る。
沖田のニヤリとした顔が目に浮かんだ。


(とはいえ…)

一度自覚してしまうと、土方のことが気になってしょうがない。
調書を引っ張り出し、対人接触嫌悪症について読み返してみたが、大した内容な書かれていなかった。
カウンセリングに通っている事、本人も自覚、気を付いているので、生活に支障が出ていないというのが、大きな理由である。
確かに中学校も特に学内で気を付けるようなことがない場合、特記しないだろう。
(沖田…は素直に教えてくれやしねぇだろうな。ゴリラは状況説明は出来るかもしれないが、基本ゴリラだし…やはり、ジミーだろうな)
こうして、山崎に白羽の矢が立ち、国語科準備室へお呼び出しがかかったのである。

山崎は当初、銀八に話すことにすごく抵抗がした。

「俺、この間、土方に不用意に触っちゃたんだけど、全然普通の反応だったから…」
やむを得ず、こちらのカードを見せてみると、意外に聡い地味な生徒は、迷いながらも掻い摘んで話してくれた。

土方の対人接触嫌悪症の原因。
いわゆるトラウマは、彼が小学校の時に受けた性的な悪戯にあったらしい。
相手は、当時慕っていた家庭教師の大学生。
ある日、母親が留守の時間を狙い、大学生は仲間を数人呼び寄せ、いたずらに及んだそうだ。
実際には、寸でのところで忘れ物を取りに戻った母親に止められ、体を撫でまわされる以外は何事もなかった。
だが、懐いていた家庭教師に乱暴されそうになったショックで当時の記憶は土方の中で封印された。

沖田は土方の母と仲の良かった沖田の母との会話を盗み聞いたらしい。
中学に入り、土方のそばにいる機会の多くなった、信頼してくれたのか沖田は山崎に聞かせていた。

「先生に触って大丈夫っていうのが本当なら、かなり異常な状態だと思います。
 沖田さんなら、平気なんて話聞いたことないです。
 不意打ちなら殴られてるでしょうね…」
山崎の言葉が頭を駆け巡る。

本人に記憶がないとはいえ、痛々しい過去。
沖田とは何もないであろうことへの安堵と、自分の想いが彼にその過去を思い出させる要因となるかもしれない事実。

山崎からひとしきり話を聞き出し、すでに帰宅させ、銀八は別の意味で頭を抱えていた。





―Side H―

今日は山崎が坂田に呼び出された。
土方はその事実がなんだかとても気に食わなかった。
何故かと問われれば困るのだが。

(ここ数日、混乱している)
自覚はある。

担任・坂田が自分の思考をかき乱す。
この病状が出始めて、初めて触れられても平気だった人間。
カウンセラーの先生も親も、いまだにこれの原因については言葉を濁す。

しかし、土方も、もう高校生だ。
自分の記憶のブランク。
自分の症状。
その時期に自分に何か、成人男性に体を触れられるような行為で嫌な思いをしたであろうことくらい想像がつく。
想像はつくが、そういった類の意思を相手が持っていないとわかっていても反応してしまう体。

なのに、なぜ坂田だけ防衛本能が発揮されたいのか。
坂田を観察してみてもやはり、わからない。
教師にあるまじき教室内での飲食、生徒へのタカリ(?)行為、適当な授業。
死んだ魚のような目をして、ゆるい、やる気のない話し方。
国語教師なのにいつもひっかけたヨレヨレの白衣。
その一方で、生徒一人一人を実はよく見ている。
汚れたメガネの奥に時々見える優しい光、強い光。
だらしのない生活をしているらしいが、その実、そのスーツの下はきっちりと筋肉のついた大人の身体。
低くて、よく通る声。

(あ、声、好きかも…ってあれ?)

混乱した思考を纏めようと、授業中にもかかわらず窓の外を眺めぼんやりと授業の声を聴きながら、気がついた。

本日最後の授業は、坂田の古典。
珍しく、教科書を自ら読む担任の声。

(総悟のいってたヒントってこれか?)

「すき…?」

ほんの小さな呟き。
土方の一番後ろの席での呟きは教壇に立つはずの銀八に聞こえるはずもなく、また、聞こえたとして意味など通じる筈はないのに…
ばっちり目があって、土方は赤面していた。

「おーい、多串くん。大丈夫かぁ?熱でもあるか?」
「な、なんでもないですっ」

(いや、ないない…男だし、担任だし、マダオだし…)

でも、一番しっくりくる説明。
(先生が好きだから、触られても気にならないのか?)
真っ赤な顔をうつむかせ、土方はショックを受けていた。






1学期の終業式の日
土方は坂田の巣である、国語科準備室を再び一人で訪れていた。
「失礼します」
ノックをする。
今日は呼び出されたわけでもない。ただ自分からの訪問だ。

「土方?」
坂田は、追試の添削していたらしい。
赤ペンを置き、ゆっくりと振り返った。

「どうした?土方は追試ねぇよな?」
「追試…みたいなもんかな。先生、この間のお願いもう一回出来っか?」
銀八が息を呑んだのが、入り口近くに立つ土方にもわかった。

「触ってってやつ?」
こくりと土方の首が縦に振られる。

「大丈夫なの?」
「お願いします」
ゆっくりを緊張しながら、銀八の机へと近づく。

「不意打ちじゃなくていいの?」
「不意打ちじゃなくても、ダメな時は気持ち悪くなるから」
土方に合わせて、銀八も立ち上がった。

向かい合った状態で、そっと手を握られる。
「いやなら、言えよ?」
「大丈夫…だと思う。俺、先生のこと好きみたいだから」
銀八の動きが硬直したのが、掴まれた手に感じられた。
変わらず、土方に悪寒は訪れない。

(やっぱ、男にコクられても気持ち悪いか)
あれから、悩んで、ようやく出した結論。

(初めて、触れてほしいと思えた人に速攻振られんのもきついな)

「なんで泣いてんの?」
握られた手が離された。

「泣いてなんか…」
「泣いてるって」
銀八の親指が涙をぬぐい、水滴を見せる。

「やっぱり触れられるの嫌?」
「そうじゃなくて…」
気持ち悪いですよね…とうつむいて、小さな小さな声で呟いた。

「じゃ、続けるぞ?」
そっと、両頬を包むように、でも本当に羽のように軽く触れられる。
それでも、今触っている頬から、瞼から火が出そうなほど、火照っているのが、自分でもわかる。

「大丈夫」
「じゃ、これは?」
唇にまで伝った涙を、銀八の親指がなぞる。

「せんせい、もっと」
土方の言葉に銀八は目を丸くした。

「じゃあ、少しずつ…な」
優しく、温かい感触が唇に触れる。
それが、銀八の唇だと理解するのに十数秒かかった気がする。

一度、唇は離れ、担任が少し心配そうな顔で覗き込んでいた。
なんだか…

「リハビリ…付き合ってくれますか?」

銀八の大きな手のひらと少しかさついた唇が、再び優しく優しくゆっくりと触れる面積を増やしていった。




『Distance』 了




あとがきという名の言い訳

ここまでお読みただきありがとうございます。
ちょこっとだけ、補足と言いますか、追記をしておきたいと思います。

接触嫌悪症について
実際、こういった病名傷病名があるかと問われれば、否だと思われます。
ネットでも性嫌悪とか、潔癖症に付随するのもをいう相談や回答が多い内容ではありますが、ここでは、ただ単に、「ある条件下で人間に触れられる事」に拒否症状がでると思っていただければm(__)m



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