うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『in words』






『伝えられない言葉』



『別れましょ』
カノジョがある日突然口にするその言葉。

「わかった」
もう何度目かさえわからなくなったそのやりとりに土方は内心ため息をついた。

「何、それ?信じられない。普通、理由聞くとか引き止めるとかしない?!」
「私とのことは遊びだったのね!」

予想通り。
多少のバリエーションは違っていても大筋は変わらない。
じゃあ、引き止めれば満足なのかと尋ねでもすれば『冷血』だの『身体目的だったのか』だの、終いには『マヨラーのくせに』なんてオプションが付くことは解りきっている。

勝手なものだ。
土方は思うが、早くこの状況から脱して、ゼミの担当教授の元に行きたいので、黙って、嵐をやり過ごす。
自分は最初に相手から告白された時に釘をさした筈だ。

『自分には好きな人がいるが、それでもいいのか』と。


「お〜い、多串くん」
カノジョ、いや元カノが泣き出しそうになってきたところで、声をかけられた。
『多串』なんてふざけた呼び方をするのは、広いキャンパスの中でも、たった一人だけだ。

「坂田さん…」
「山下教授んトコ、行くんだろ?」

日本には珍しい銀髪はくるくると跳ね回っている。
そして、やる気なさそうな喋り方。
同じ教授を支持する1つ上の先輩。
何かと研究対象が似ているためか、接触することが多い。

「じゃあな」
「待ってよ。土方君!」
なんだか、後ろでまだ何か言っているようだったが、土方は構わず、教員棟へと足を向けた。


「よかったの?」
坂田が追いついてきて、横を歩く。

「助かりました」
「あ〜、また別れたの?そのうち刺されるよ?」
「坂田さんみたいに片っ端から喰っちゃっては捨てるなんてことはしてないですよ?
 俺は」
「言うね…」
坂田は複雑そうな顔をする。
すこし、物憂げな表情に見とれかけ、土方は視線を落とした。

土方には好きな人がいる。

それが誰なのか、今のところ知る者はいない。
その人を忘れるため、そして、男としての欲求を解決するために、土方は女を付き合うことがある。
ただ、必ず、現行で想い人がいることを最初に申し添えるのだが。
それでも、ポジティブな思考をフル活用するのか、自分に土方を振り向かせるだけの自信があるのか、土方に付き合いを申し出てくる女は少なくはなかった。

「今度は2か月だっけ?」
坂田の言葉に首をひねる。
「そんなに…なりましたっけ?っていうか、よく覚えてますね」
「うん、ちょうど、俺が今の彼女と付き合いだした、すぐ後だった気がしたから」
「そう…でした?」
土方は平静を極力装う。
そういわれれば、そうかもしれない。
坂田の隣に人がいることに耐えられなくて、付き合うことを承諾するのだから。

坂田はモテる。
本人はこの天然パーマさえなければ、もっとモテるはずだと土方の黒髪ストレートを羨ましがる。
しかし、所作の柔らかさ、細やかな気遣い、実は整った顔、そして、死んだ魚のようだと評される顔つきではあるが、実は切れる頭脳。

土方にはないものを持っている。
この感情は憧れかもしれない。
愛とか恋というにはあまりに幼い感情かもしれない。

(でも、傍にいたいと思うんだ)

だからといって、一歩を踏む出す勇気は土方にはなかった。

坂田はよくカノジョを変える。
流行り物の洋服の如く。
いや、以前はそんなことはなかったと、やはり同じゼミの坂本は言っていた。
なにか、吹っ切りたいことがあるらしいとも。
それが何かだなんて、プライベートに踏み込むほどの位置に土方はいない。

ただ、同じ課題で討論を交わしたり、参考文献を貸し借りしたり、そんな先輩後輩の状況でも満足だった。
否、満足すべきである。

「そういえば、おめでとうございます」
「へ?」
間抜けな応えが坂田から返る。
「司法試験、現役合格されたそうで」
「あぁ、それね…」
坂田と土方は法学部だ。
司法の道を学ぶ上で、それを手っ取り早く生活の糧にしようとすると、その道がもっとも簡単に先が見渡せる道標ではある。

「やっぱり、弁護士ですか?」
「まぁ、追々決めっけど。土方は来年どうすんの?」
「俺は…どうなんでしょうね…まだ決めてないです」
「そうなんだ。土方なら、がっつり詰め込まなくても受かりそうだけどね」

「俺に弁護士は向かないですから…」

だから、追いかけようがない。
卒業すれば、道は違える。

この苦しさもいつか消えるのだろうか…

いつの間にか、教授の待つ研究室が間近に迫っていた。

「いわなきゃ、わかんないこともあるよね」
「はい?」


いや、こっちの話と坂田ははねた髪を引っ掻き回す。

そして、研究室のドアをノックした。





『伝えられない言葉』了










『伝わることのない言葉』



『別れよっか』
俺がカノジョにある日突然口にするその言葉。

「なんで?なんでなの?!」
もう何度目かさえわからなくなったそのやりとりに坂田は内心ため息をついた。

「どうして?あんなにやさしかったのに!信じられない。他に好きな人が出来たの?」
「信じられない。うまくいっていたじゃない!」

予想通り。
多少のバリエーションは違っていても大筋は変わらない。
じゃあ、正直に理由を言えば、納得してくれるの?
別れる理由なんて。
…土方がカノジョと別れたから。
だなんて、理由。

勝手なものだ。
坂田は思うが、早くこの状況から脱して、土方の顔を見に行きたくて、黙って、嵐をやり過ごす。

自分は最初に相手を求めた時に一言言った筈だ。

『君なら好きなれるような気がする』と。
結局、気がしただけだった。
それを思い知らされ、今日も俺はカノジョだった女とサヨナラをする。


「お〜い、多串くん。今から、昼飯?」
「坂田さん…」

3日前、土方はカノジョと別れた。

「この間、話してた判例、今度のジャーナルに特集載るらしいよ」
学食に向かうらしいゼミの後輩と並んで歩きだす。

カラスの濡れ羽色の黒髪は歩くたびに、そのリズムにのってさらさらと音を立てる。
そして、少し瞳孔が開き気味の瞳を俺に向けてくれた。
同じ教授を師事する1つ下の後輩。
何かと研究対象が似ているためか、接触することが多い。

「うわ、そうなんですか?ヤベ、俺金欠…」
「じゃ、俺買う予定だから、貸してやろっか?」
助かります…と少しはにかんだように笑みを浮かべるから、理性も何もかも手放して抱きしめたくなってしまう。

「そういえば、坂田さん、今日はカノジョさんは?」
土方が周囲を見渡す。
確かにカノジョがいる期間はたいてい学内では一緒に行動していることが多い。
「うん。別れた」
「は?また、振ったんですか?」
「だってさぁ、司法試験終わったらなんかバタバタしそうだし、あの子意外に束縛系だったから、銀さん疲れちゃったんだよね」
「そうなんですか…」
土方は複雑そうな顔をする。
すこし、怒っているような、何かに安心しているような不安定な表情にまた、俺は惑わされる。

土方には好きな人がいる。

それが誰なのか、今のところ知る者はいない。
ゼミコンで飲んだ時に、そんな噂を耳にした。
その人を忘れるために土方は女と付き合うのだと。

しかし、あまりの素っ気なさに女の方が耐えられず、すぐに別れるのだと聞いた。

「なんか、パターン化してきてるよね。俺たち」
期待をこめて坂田は言葉を選ぶ。
「?」
「俺が付き合い始めると、土方がイエスといい、土方がフラれる頃、ちょうど、俺があきて別れるパターン」
「…偶然でしょ?」
土方は平静だ。
鉄皮面は崩れない。
もともと、行動パターン、思考パターンが周囲からも似ているといわれる二人だ。
そういって、片づけることもできるかもしれない。

土方はモテる。
本人はマヨラーで、特に特技もない人間の何処が良いのかと、自分を卑下する。
しかし、一見無表情にみえる顔が、何かの拍子に綻ぶ様はハッとさせられるほど、綺麗だと思えたし、面倒見も良い。
瞳孔を開かせ、切れる頭脳をフル活用して疑似法廷で意見を戦わせるときなど、その挑発的な様子に誰もが引き付けられる。

強気な彼を屈服させて、独占して、自分のものにしたいなど…
そんな感情は何というのだろう。
愛とか恋というにはあまりに激しい感情かもしれない。
(でも、欲しいと思うんだ)

だからといって、一歩を踏む出す勇気を坂田は持ち合わせていなかった。

ただ、同じ課題で討論を交わしたり、参考文献を貸し借りしたり、そんな先輩後輩の状況でも満足だった。
否、満足すべきである。

「そういえば、オメーこの間、弁護士向かないとか言ってたじゃない?」
「はぁ」
ぼんやりと学食のメニューをにらみながら、間抜けな応えが土方から返る。
「俺は、そんなことないと思うんだよね。足りない部分はフォローしあえればいいんだし」
「フォロー…ですか?」

先日、司法試験を大学現役で坂田は、合格していた。
だか、ここでお終いではない。
これから、みっちりと各研修を受け、更に3方向に分かれる司法の道を選ぶのだ。
おそらく、坂田は弁護士を選ぶことになるだろう。
親のいない坂田の後見人をしてくれている寺田綾乃は新宿で弁護士事務所を開いている。
そこで、イソ弁(居候弁護士)を何年かしてから、独立する道が一番確実に思えた。
「そ、土方、刑訴強いだろ?俺が民訴専門で丁度いいじゃん?」
「だから、なんの話です?」
「将来、同じ事務所で働きたいな…って話」
「は?」
土方がかつ丼の食券を手に固まっている。

早急すぎただろうか。
でも、土方は司法試験自体を目標にしているわけではない。
論述好きの彼は、大学院に進んで、研究の道に進む可能性も考えられる。

そうなったら、会えなくなる。
卒業すれば、道は違えるのだ。

この苦しさが続くとしても、坂田は手放したくないと珍しい執着心をおこしていた。

「考えておいて?冗談じゃなく、本気だからね。銀さんは」
「坂田さん?」

なんだか、泣きだしそうな顔を土方がするのもだから、手触りの良い頭に思わず手を伸ばし、子どもにするように撫でまわした。
「俺は今日はうどん〜。土方、出世払いでおごってよ」
「何、後輩にたかってんですか?俺金欠っていったでしょ?」

やっと、お互いに時間が動き出す。
土方の答えを知りたいと思いながら、一方で、恐ろしくて聞けない。


『好きな人は誰ですか?』

それは誰?
言わないとわからない。
伝わらない、でも伝えることはできない。

ピっ

坂田は左胸の痛みをこらえつつ、券売機のボタンを押した。




『伝わることのない言葉』了










『伝えたい言葉』



「土方」
「坂田さん」

共に師事する教授の研究室で、二人は向かい合っていた。

教授は会議があるとこで、今この場にはいない。
たまたま、資料を借りに来た坂田と、転学の決心を伝えに来た土方の二人だけ。

「どうして…」
「いえ、前々からそういう話があったんです」

夕暮れに朱に染まる狭い部屋で土方は微笑んだ。
先程、聞いてしまった教授と土方との会話。
土方の今後。
司法の本場、アメリカへ留学するという。

「おま…そんなこと一言も…」
「知ってるやつはずいぶん前から知ってることでしたから」
土方の両親は、もともと海外で仕事をしている。
小学生のころまで、土方も、海外を転々とする生活をしていたのだが、さすがに中学生からは祖父母のもとで安定した学生時代を過ごしていた。
その祖父母も昨年他界した。

「向こうで、本格的に事業を立ち上げるらしくて、その手伝いに出来るだけ早く来るように言われてはいたんです」

ただ、親からも、無理強いされているわけではない。
大学を卒業してからでも、もし、本人が希望するならば、日本で独立をしても良いと言われている。
土方としては、大学を転学しても、研究に支障はなかったし、それが、両親の助けになるのなら、国外にでることに異論はなかった。

一応、転学用の書類一式と、論文は送っていた。
合格通知も届いていたが、保留にしていただけなのだ。

(最後の決心がつかなかっただけ)

「すみません。冗談でも、同じ事務所で働きたいって言ってもらってうれしかったんですけど」

(そんなことを言われてしまえば、期待をしてしまう)
(期待をすれば、ますます、諦められなくなる)
土方は薄く笑った。

「冗談じゃねぇよ」
坂田が唸るような声を発する。

「でも、俺には弁護士向きませんし、坂田さんの足引っ張るだけですから」
「せめて、この大学卒業するまでは…」
土方はゆるくかぶりを振った。
「もう、合格通知貰ってますし…」

「………噂の『好きな人』とやらはどうすんだよ?」

土方が息をのんだのが、坂田にも伝わった。

「どうせ、諦めるんなら、物理的に離れたほうが良いでしょう?」

(土方、お前はそれで良くても俺はよくねぇ…)
だが、この手を伸ばして伝えるべき言葉が見当たらない。

「決めちまったのか?」

坂田の問いには色々な思いが含まれていた。

坂田の知らない想い人への羨望。
土方自身の将来。
そして、その決断に少しでも自分はかかわっていることが、考えてくれる要素には成り得たのか。

「はい」

朱く朱く染まる部屋の中で、静かな応えが返る。
真っ直ぐに、見返す瞳に坂田はそれ引き留めるような言葉を何も言えなかった。

ただ、伝えたい言葉

「あなたのこと…」
「オメーのこと…」

困らせない程度に、でも、何も言わないということは出来なくて…

「「嫌いじゃなかった」」

少し、二人はお互いの言葉に目を見開いて、そして笑った。

また、どこかで出会うことが出来たならば、その時こそ、伝えよう。

二人はもう一度、朱い部屋で微笑みあった。






『in words』 了




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