うれゐや

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【短篇】 | ナノ

『雨音』







雨が降っている。
しとしと
しとしと
今年は梅雨入りが早かった上に、よく降る。

真撰組副長・土方十四郎は屯所の自室にて仕事をしていた。
警備の配置に、隊士達の勤務評定、始末書の決裁に、城への報告書の作成…等等
片付けても片付けても減らない紙の山。

(あいつとどれくらい会ってないだろう…)

新しいタバコに火をつけて、縁側に目をむける。
そろそろ深夜と呼んで差し支えない時間帯なので、雨に濡れる庭木が見えるわけではないのだが。

思い浮かべるのは、かぶき町で万事屋なるものを営む銀髪天然パーマである。
一応、お付き合いしていることになっている。

(付き合ってんだよな?)

土方の時間が取れれば、一緒に呑みに行ったり、食事したり、身体を繋いだりする関係。
しかし、土方自身の忙しさから逢瀬もままならない。
その上、意地っ張りな者同士であったから睦言めいた会話は皆無だ。

(会いてぇ…)
携帯のフリップを一度開け、そして、また閉じた。

日付は変わっている。
恐らく、チャイナ娘は眠ってしまった時間だろう。

(声だけでも…って、どんだけ女々しくなっちまったんだか)

最後に会ってから、ひと月過ぎただけ
まるで一年のように永く感じてしまう。

(俺ばっかりっていうのが気に喰わねぇ)
いつも、飄々とした様子の想い人の余裕に、つい意地を張りがちだ。

(惚れてる方の負けってか?)
自嘲気味に笑い、携帯を文机に置きかけた時だった。

シンプルな着信音が副長室に響いた。

サブ画面に『万事屋』の表示。

思わず辺りを見渡す。
あまりのタイミングにどこかに隠れて見られていたんじゃないかと。

(総悟のお陰で変なとこ、用心しちまう癖がでちまう)
苦笑いし、ひとつ息をついてから、通話ボタンを押した。


「…土方?」
恐る恐るといった銀時の口調。

「万事屋…」
「まだ…仕事してるんだ?…」
「おぅ、てめぇこそ起きてたのか?なんかあったか?」
「いや…雨が降ってんな…って…」

また、沈黙。

「あぁ、梅雨だからな」
「………」

受話器の向こう側の沈黙
言葉さがしてるお互いに

「なぁ…土方…」
「…なんだよ?」

時計の針音
雨垂れの音
部屋に響いて、切なさだけが増してゆく。

(声を聞きたいのに)
普段、要らないくらいしゃべる男が、声を聞きたい時に限って静かだ。

「おい、何か喋ろよ」
「ごめん…」

何に対しての謝罪?
「ちょっと、土方の声聞きたかっただけなんだけどさ…」

いつものように軽口風にしゃべろうとしているらしいが、声が気持ち震えているようだった。
土方は深くため息をついた。

「土方…」
優しく、耳元で囁くように名前を呼ばれる。
おまえの声に触れて
耳に触れて
今すぐ、会いたい。

(確信犯だ。こいつ)

「銀時…」
仕返しとばかりに、あまり呼ぶことのないファーストネームを囁きかえす。

アイノコトバなんてとても柄じゃないから。

「銀時…」
その名前に込めてもう一度呼ぼう。




『雨音』 了





<おまけ>

「な、何でお前ここに?!」
「いや、あんな風に呼ばれたら、銀さんの銀さんが大変なことになっちゃったから」
「〜〜〜」
我慢出来なくなった銀時が土方を襲撃するのは30分後の話。





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