うれゐや

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試 | ナノ

02/22(Sat):SSS『迷子の黒猫』(原作2/22)




よく不良が小動物にだけ、柔らかい表情をみせたり、餌付けしてたり、捨て猫見つけてしまって困っていたり…
そんな思わぬ人物が急に「良いヒト」に見える現象。

しかし、それはあくまで例えは例えであって、現実問題として今時見かけることも、まして自分が場面に遭遇して狼狽えることになろうとは思いもしてはいなかった。





「ん〜、オメー野良じゃねぇよなぁ?迷子か?」

路地裏に座り込んだ背中を土方が見つけたのは偶然だ。
洋装に着流し、しかも片袖を抜いた格好で、しかもそれがかぶき町となれば間違いようがない。

万事屋坂田銀時である。

なぁ…

猫は小さく鳴き、だが、警戒しているのか、坂田からは距離を置いているようだった。

垣間見えたのは真っ黒な猫。
首輪をしているから、飼い猫だろう。

「何もしねぇよ。迷子なら…ご主人探してやろうか?
 これでも、なんでも屋さんだからな」

やる気のない口調は相変わらずだが、柔らかさはいつもの比ではない。

「ここいらの野良どもは容赦ねぇぞ?ほら」

差し出された手にフゥっと毛を逆立てた猫の爪が坂田の甲を引っ掻いた。
と、同時に苦笑いする坂田の気配が零れる。
まるで、想定内だというように。
全くひっかかれることを怖れてなどおらず、避ける気すらないことを示すように。

「ウチで飼っちゃやれねぇし、ずっと置いてやれるわけじゃねぇが、取敢えず来いよ…
 日が暮れりゃ、また寒くなる。腹だってすくだろうが?」

静かに続けられるその声に土方は違和感を感じた。

手を伸ばしているのは、
声をかけて、宥めているのは坂田の方であるはずであるのに
何故だろう。

「なぁ、来てくんね?」

どこか縋る様な響きを感じたからだ。

いつだって、やる気ないフリをして
目いっぱい手を、腕を、身体全部を、命が、魂が届くいっぱいいっぱいまで
護ろうとする男の乞うような響きに。

引っ掻いても怯むことのない人間に猫は戸惑っているようだった。

しばし瞬きをせず、
見合っていたが、結局のところ根負けしたのか、
ビルの隙間風にこの後の己の身と天秤にかけたのか、渋々といった態で坂田の膝に飛び乗っていった。

「オメー、どっかの瞳孔開かせた物騒なお巡りさんみてぇな色してんのな」

立ち上がり、少し身を捩ったために表通りにいる土方にも漸く坂田の顔が視界に入った。
ゆっくりと猫の背を撫でるその顔。

(万事屋…?)

最初の予想と違っていた。

「良いヒト」の顔ではなかった。
優しさ、慈しむ心、そんな単純なものを体現した顔ではなかった。


「首輪、に名前は…ねぇか」

抱き上げながら、首輪にそって指を這わせる。
猫が誰かの所有物であると示す赤いライン。

「仮宿とはいえ、一宿するんだ。名無しじゃあんまりだよな…
 ねこ?じゃそのままだしな、タマはいるし、クロじゃ、安易か…」


横顔は寂しさと同時に何やら儘ならないものへの苛立ちのような感情が浮かんでいた。

あまりに見慣れない顔。
だらだらと、飄々と生きているフリをしている男の見知らぬ顔。

迷い猫が引き出したのか。
それとも、と考えたところで思考はぎくりと土方は身を強張らせた。

「トシ…とか…?いや、それもな…」


男は今、猫の名の案をなんと呟いた?
その前にもなにか猫に、自分を土方という人間の特徴を投影するような発言をしていなかっただろうか。

そんなことはないと首をゆるりゆるりと振る。

それに連動するように坂田の天然パーマも後ろ向きのまま、左右に触れる。

「ネコ、がいいよな。手離せなくなっても困る」

気のせいだと、何かの間違いだと土方は拳を握る。
あんな目で
あんな顔で猫を通してみられるような仲でも、関係でもない。

あんな焦がれるかのような、逃げ道のない場所に追い込まれたような顔をさせる相手では土方はない。

逆だ。

喧嘩ばかりしているいけ好かないと思っていた坂田という男ではあるが心の底では認めている。
土方の方は一度は剣を折られている身としては、
いつか見返してやりたいと、否、認められたいと思い続けているとはいえ、坂田にそんな要素はないはずだ。


ありえない。
ありえないのだと思い、それが何故かそれはそれで苦い。

ゆらりと流水紋様の裾が北風で舞い上がる。



土方は思考に捕らわれて、気配を消すことを忘れていた。
そして、男を見つめすぎていた。

「ひじかた?」

ゆっくりと坂田の口が猫に向ってではなく、土方に向って言葉を紡いだ。

「あ」

猫がするりと坂田の腕の中から抜け出して、そのまま、路地の奥へと走り去ってしまった。

真っ黒な身体はそのまま薄暗い夜の街に溶け込んでいって、すぐに姿など見えなくなる。


「逃げちまった…」

追うでもなく、足を動かすでもなく、そう声に出した男の顔をこれ以上見ることが出来ずに土方もまた猫とは反対の、路地ではなく、本来の巡察ルートへと足を動かした。






「ちくしょ…」

たった数分の出来事だ。
普段とは違う一面を目撃してしまった。

ただ、迷い猫を救い上げて、戯言のような呟きを零しているのを見かけただけだ。

「良いヒト」のような行いをしていた。
そんな風に見えた、その部分が問題ではない。

それに付随して垣間見てしまった土方の知らない、理解できない表情。
己が酷く動揺した。

嫌悪だとか、怒りといった負の感情を持て余しているのではない、
ただ純粋に驚き、心拍数をあげている自分に、
そして、微かに湧き上がってくる今の感情に喜びの色を見つけてしまったことで、
土方は自分が迷子になったかのような気分に襲われていた。

だから屯所へのルートを必死で頭に描きながら、一心不乱に歩き続けたのだ。





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