うれゐや

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08/04(Sun):SSS『夏休み』(ぱっつち)




夏休み。
教師は暇だとよく言われるけれど、
それは半分本当で、半分嘘だ。

授業が無い分、スケジュールを拘束されないし、授業の準備の必要もない。
いつも以上に自由に動けると言えば動ける。
3年の担当ともなれば、逆に普段出来ない作業をここぞとばかりに目の前に積み上げられる書類書類書類。
部活の顧問を引き受けていれば、もちろんそれにも時間を割かれる。

そして、有給なんてものは学期中に取れるはずもない職業であるから、
この時期に消化しろとこちらの仕事の段取りとは関係なく、事務方は迫ってくる。

ぼんやりと巣にしている国語科準備室からグラウンドを走る部活生の姿を見ながら銀八はままならない身にため息をついた。



「どっか行くかねぇ…」

誰に言うでもなく呟く。

今まで、有給の使い道なんてパチンコ屋の新台入替合せぐらいだった。

何か趣味あるわけでもない。
気ままな一人暮らし。
盆だからと帰る実家があるわけでもない。
声をかけられれば、それなりに友人知人と飲みにいかないわけでもないが、
そういう過ごし方が特別好きなわけでもない。

第一、それらの中に、まとまった休みが必要なものは一つもない。

白衣のポケットから携帯を取り出し、フリップを開く。
これまで、携帯電話は銀八にとって、あまり使い所のない代物だった。
電話をかけてくる人間は限られているし、一応持っているというだけ。

指が最近使うようになった機能を押す。

メールの受信ボックス。

残しているのは、
連なるのは、一つの名前だけ。

担当する3年Z組の一人。
土方十四郎の『t』。

付き合い始めたのは2年の冬。

まだまだ清いオツキアイをしている自分に呆れる。
倫理がどうだとか、そんなきれいごとではない。

ただ、怖いだけなのだ。

臆病さを全開にして、縋りついてでも手放したくも手放すつもりもないのだから。
性質が悪いと、指で名前をなぞりながら苦笑する。


冬になれば、彼は受験に向けて忙しくなる。
己に厳しい少年は決して手を抜くことをしないだろう。
この季節、このタイミングしかないといえばない。


公に出来る関係ではない。
それは二人とも分かっている。
ただ、ほんの18年の年月しか歩んでいない少年が公道を
二人で歩くことができないことを寂しく思っていない筈もない。


馴れない指先でカコカコと文章を打っていく。

― 旅行にいこう ―

消しては書き、消しては書き、結局書いたのはたったそれだけの文。


2人の事を誰も知らない土地でなら少しだけ願いが叶うかもしれないから。
送信ボタンを押す瞬間まで心臓は激しく血液を全身に送り出す。
不安定な、いつもより早い速度で。

ちいさな画面が送信中から送信済みに漸く変わり、ようやく息が出来た気がした。


「あとの問題はこれから宿が取れるか、と…」

自分の理性の糸だなと緊張で強張った顔をゴシゴシを擦りながら、また外を眺める。



その携帯電話がけたたましく着信を伝えるのは数分後のこと。




2013/08/02 突発ぱっつちの日…






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