うれゐや

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08/02(Sun):SSS『遣らずの雨』ぱっつち




「雨、降りはじめましたね」

いつの間にか隣に立っていた同僚が坂田に問いかけるでもない調子で呟いた。

「そうだなぁ…傘、忘れた時に限って…」

坂田もやはり同じような調子で返した。

雨が降っている。
降りはじめは、つい先ほど。
日中は久々の太陽が地面を完全に乾かし、ぐんぐんと昇っていく気温に夏の片鱗を感じたというのに。
放課後に入り、部活生も校舎を後にする頃になって、空はぐずり始めた。

さぁさぁと。
普段はバイク通勤であるから、ロッカーにレインコートを押し込んではいる。
探せば職員室に誰かが置いたままの傘も一本ぐらいはあるだろう。
帰れないことはない。

「遣らずの雨、っていうんでしたっけ…こういう雨のこと…」

下足室から、並んで鈍色の空を眺め続けていた男が呟いた。

遣らずの雨。
帰ろうとする人をひきとめるかのように降ってくる雨。

数年前に卒業した教え子とも、やはりこうやって並んで、突然帰ることを阻んだ雨を眺めながら話をした。
男性教師と男子高校生。
公には出来ぬ関係に、会う時には何かしら理由が必要だった。

係の用事があるから。
教科の質問があるから。
進路について相談があるから。

それから、雨に降られたから。

引き留める理由なら何でもよかった。
卒業までの日数は、会える時間は限られていた。

「さて、どうだろうね」

坂田はポケットから煙草を取り出す。
大気を満たす湿気が、嗜好品をやや湿気らせている。

あの頃、隣に立っていた少年はもういない。
坂田よりも少しだけ背が低く、線のほそい未成熟な肢体はどこにもない。

「どうだろうね、って、アンタが教えたんだろ?」

同僚は呆れたように息を吐き、空から坂田の方へと顔を向けた。
ぱちりと黒い睫が藍色かかった瞳を一瞬だけ隠した後、持ち上がって、強い眼光を露わにする。

「火、頂戴」
「ライターは?」
「準備室」

ワイシャツの胸ポケットから取り出したライターを受け取りながら思う。
大きく、節ばった手になった。
背も坂田と同じ高さになった。
煙草を大っぴらに吸っても、咎められない歳になった。

自分の口にも煙草を挟む男に、ライターを返しつつ、坂田はもう一度空を見上げた。
細く吐き出した煙は雨に行く手を遮られ、消えていく。

「どうせ、オメーのことだ。抜かりなく車で来てんだろ?」

朝は寝汚い坂田を置いて、とっとと一人先に出勤してしまう薄情な男に坂田は笑う。
男は同僚であり、かつての教え子であり、そして、現在同じマンションの一室に住んでいた。

「な?土方センセ?」

舌打ちすら愛おしい。

遣らずの雨。
あの頃のように、引き留める理由はもういらない。
同じ所へ帰るのだから。



3ZからのW教師…という…ぱっつち?

お粗末様でした。


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