07/30(Thu):SSS『glasswork』(ぱっつち) 硝子細工を鳴らす。 ぽ 空気を吹き入れると硝子が膨らみ、 ぺん 口を離すと、また違う音を立てて元の形に戻る。 ぽぺんぽぺん。 誰かからの土産であったか、前の国語科準備室の主の忘れ物だったか。 銀八は気まぐれに手に取ったビードロを鳴らす。 ぽぺんぽぺん。 幾何学模様が窓から差し込む光に煌めいて美しい。 空気の出入り口が一つしかないのに割れることなく愛らしい音を立てる硝子細工。 それでも、硝子は硝子。 風船より脆く、風船ほど膨らむことはない。 強く吹きこめば割れてしまうだろう。 ―同様に、銀八の腹の奥に潜んだ熱を彼に強くぶつけたならば― ぽぺんぽぺん。 そっと吹き込んだだけであっても、その膨らんだ底に小さな接触一つあっただけでも。 ―同様に、2人のバランスを崩すきっかけが、何か小石が投じられたならば― ぽぺんぽぺん。 割れてしまいそうで、恐る恐ると。 けれども、切なさと、儚さと、脆さ、そんなものに魅かれて、澄んだ音を鳴らし続ける。 夏の風が大きくカーテンを揺らした。 熱風と、4階だというにグランド特有の土埃の匂い。 騒がしい蝉の声と、部活を終え、帰ってゆく十代の少年少女の高い声。 大学を卒業して、就職して、それ以来、何度も何度も過ごしてきた銀魂高校教員としての夏。 初めての季節ではないのに、 これからも過ごしていく季節であるはずだというのに、 本来ならば賑やかさを感じる季節であるというのに、 初めて迎える季節の様な、 もはや来年は同じ季節を迎えられないかのような、 寂寂とした物寂しさと、不安。 ぱちん 手元の硝子がはじけて飛んだ幻が見えた。 細い硝子の筒を口に銜えたまま、銀八は動きをしばし止める。 止めて、一度口を放し、大きく息を吐きだした。 それから、再び唇に硝子を運ぶ。 ぽぺんぽぺん。 割らないように、壊さないように、 そっとそっと。 いつか割れる日が来ないことを祈りながら、そっとそっと。 いつか壊れる日が来るとしてもせめて、彼が卒業してしまう、その日まで、そっとそっと。 ぽぺんぽぺん。 静かに鳴らし続けよう。 そう、想ったのだ。 『glasswork』 了 prev|TOP|next |