07/27(Sat):SSS『無題』(坂田副長×仏トシ副長) 「貴方が坂田さん?」 真新しい畳の匂いのする副長室で、与えられたお仕着せの隊服を身に着け、これまた着用したことのないスカーフなるものと格闘していた坂田銀時は声に振り返った。 気配はなかったと坂田は眉をほんの少しを顰めたが、直ぐに死んだ魚に例えられる表情を作り直す。 「アンタは?」 着任したばかりで他の隊士の顔など覚えてはいない。 元から男の顔や名前など覚える気があっても覚えられない体質なのではあるが。 「僕は土方といいます」 名乗った男はやや前髪の長い穏やかな顔つきをしていた。 にこにこと笑みを浮かべ続け、物腰も柔らかい。 どういう態度をとるべきなのか迷っていれば、すっとやけに白い指が坂田の首元に伸びてきた。 坂田は人を許す距離はそれほど近い方ではない。 しかし土方と名乗った男はそんな警戒すら呼び起こすことなく懐まで近づいてきていた。 土方は構わず坂田のスカーフを手に取りふんわりと結んでいく。 サラサラとした黒髪と俯きぎみのまつ毛の長さに目を奪われた。 「あ…」 「これで完成ですよ。坂田さん、いえ副長殿」 トンっと結びあがったスカーフを掌で押される。 大した力が入っていたわけではない。 それなのに、坂田の足は蹈鞴を踏んだ。 仏のように穏やかに細められていた眼が一瞬だけ開いたからだ。 瞳孔の開いたギラギラした光が坂田を捕らえる。 すぐにそれは潜められ、また穏やかな顔で男は微笑んだ。 「これからどうぞよろしくお願いしますね」 見間違えだったのかと思う程の豹変具合にこくりと喉が鳴る。 「…面白れぇ…」 静かに出ていく背を見送ってから、坂田は口端を持ち上げた。 prev|TOP|next |