涙が止まらなくなる薬だと、赤と黒の服を着た人がニヤリと笑う。よく我慢しているがもう限界だろ。そう言われてようやく気付いた。私は我慢をしていたのだと。飴玉のようなその薬を掌にのせて、あの人は消えてしまった。涙を止めたくなったらまた呼んでくれ。そう言い残して。

目が覚めて夢なんだとため息をついた。いつものように朝が始まっていて、いつものように制服に袖を通す。ポケットにイヤホンを刺した携帯を入れると、何か入っている。それは夢で見たあの飴玉。ご丁寧に可愛らしい包み紙に包まっている。まさかね。飴玉はまた突っ込んだ。

長い長い授業が四つ終わり昼休みになる。弁当を持ってきた友人と一緒に食べる。噂話や最近あったことなどを話していると、友人の視線がドアへと注がれる。
「ああ、またあんたの彼氏つかまってるよ」
「そうだね」
「しかもまた違う女」
「そうだね」
「正直イヤになんないの。彼氏がモテすぎて」
「うーん、そうだね。」
さっきまで美味しかった口の中が途端に不味くなっている。口直しがしたくてたまらない。なんでも良いから、そう思って鞄やポケットを漁ると今朝の飴玉が指に当たる。どうせ夢の中の話だ。その飴玉を口に放り投げて噛んだ。
「新開狙ってる女ってまだいっぱい、」
「え」
「え、どうした、ごめんっ」
いつも流せていた友人の話がじくじく痛み出して涙が溢れ出してしまっていた。ぼろぼろと音を立てそうなくらい頬を伝って落ちているから、友人の顔は真っ青だ。違うんだよ、泣きたくて泣いてるわけじゃないの。そう言いたくても言葉にならなくて、終いにはしゃくりあげそうにもなる。永遠に止まらないんじゃないか、その心配と同時に新開に見られたくないという気持ちが大きくなっていった。お弁当箱を急いで片付け机に伏す。背中を摩る友人に、途切れ途切れに調子が悪いと伝える。こんなに泣いたことなんて、私が覚えている範囲でないんじゃないか。普段ドラマを見ても泣かない私だからこそ友人はとても驚き心配をしてくれる。ああもう早く止まってよ。

「こいつ借りるよ」
「えっ、今この子体調悪くて、」
「うん。オレが連れて行くよ」

たまらなく好きな声が頭から降ってきて、私は腕を引っ張られ立ち上がる。泣きじゃくる私を教室や廊下の人はじろじろと容赦無く見ている。その視線に耐えられなくて、新開の腕に顔を押し付けた。何も言わずに歩く彼についていく。

「ここなら思いっきり泣けるんじゃないか」
連れて来られた場所は空き教室で、誰もいないこの空間にチャイムの音が小さな私の泣き声と共に響く。今だ涙は止まらず、何で泣いているのか考える余裕も少しだけでてきた。私はあの飴玉を食べて、急激に新開のことで悲しくなった。自分なんかが何故付き合っているのか。他に可愛い子もいっぱいいるし、現に自分と付き合っていることが不満だから、新開にアピールしてくる女は絶えない。新開も新開で、突っぱねたりすることのできない性格だから、言い寄られてもサラリと交わすことしかしない。ねえ新開、私は不安なんです。新開は愛情をたくさんくれるけれど、選べる立場だからいつか自分ではない子のところにいくんじゃないかって。私はその不安をいつも我慢している。もう限界なんだ。

「し、んか、い」
「ん」
「なみだ、とめて」

やっと言ったな。ぎゅうと力強く抱きしめられる。新開の体に包まれることがこんなにも幸せなんだと改めて思う。心臓の音が心地良くて、ぬくもりを共有して、目をぎゅうと閉じる。するとさっきまでのことが嘘のように、一滴も涙は出なかった。
出たのは彼への思いだけだった。



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