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「ごめんね、ありがとう」

「もう、大丈夫なのか」

「うん、ほんとにありがとう」

微笑むとクラウドも少し微笑んで頷いた。昨日と同じように送ってくれたクラウドの帰る背中を見送って、家の扉を開いて、暗い部屋の電気もつけないまま瞳を閉じた。妙にすっきりしたような、変な感覚だった。何年間もこめていた想いはとても悲しいもので、とても愛おしいものだった。彼の思い出を忘れることはない。彼の存在も、絶対に忘れない。

息を吐きだした瞬間、扉が開いた。その音にびっくりして振り返ったが、思考回路がなぜか勝手に回りだす。待っていた音だった、彼が扉を開く音に似ていたから。慌ただしく、扉を開く、音に。

「ただいま」

息が止まった。頭が回らない、どうして、とそれだけを考えて、懐かしい声が鼓膜に響いて、どうしてだろうか、泣きたくて仕方がない。さっき泣いたばかりなのに、涙はまた溢れ出す。小さな呼吸を繰り返して、小さく、彼の名前を叫んだ。

「ザックス」

待っていたよ、ずっと、待っていたんだ。幻覚かもしれない、それでもいい。彼は帰ってきた、私のもとに。彼はちっとも変わらない柔らかい微笑みを浮かべると、私の名前を呼んだ。懐かしい響きに、また涙が溢れ出して、心が痛くなる。苦しい、嬉しすぎて、苦しい。


彼が腕を開いた瞬間に、床を蹴った。何年ぶりだろうか、彼の腕に飛び込むのは。懐かしい彼の感覚と体温は温かい。ぎゅう、と抱きしめられればもう何もいらないと、思う。そして彼は笑うんだ、泣くなよ。とそれでも私は泣いてしまう、彼が帰ってきた喜びがこみ上げてきて、それだけで、幸せなんだ。ずっと泣いているみたい、と言われたときとは違うんだよ、嬉しいから、涙するんだよ。


「ザックス、好きだよ、大好きだよ」


ずっと溜め込んでいた想いが溢れ出した。彼との時間がまた動き出した。だけどそれはまた遠くなってしまいそうで、本当はわかっているから。今だけは、お願い。ザックスは微笑んで、繰り返した。俺も、好きだよ。その言葉が胸の中ではじけて、苦しみが飛び散っていってしまった。長年抱え込んでいた想いが、流れていく。


「NO NAME、お前も自由に生きろ」


響いた声と同時に抱きしめられている腕の強さが強くなる、強くなっていくのに、それは寂しさを帯びているようで、胸が締め付けられるようだった。彼の温もりが私の一部になるみたいに、強く、優しく、

「大丈夫、お前はもう大丈夫だから」

その瞬間、光が弾けるように、彼の腕の強さも、温もりも消えた。目の前には誰もいない、誰の温もりも感じないのに、自分の中に残る感覚は確かにあって、ぼろぼろとまた涙が溢れだして止まらない、膝を床につけて、彼の感覚を抱きしめるように泣いた。何かが足りなかった心が満たされているのに、涙が出るんだ。彼はもういないんだ、彼はもう帰っては来ない、そして私は彼のぶんまで、生きる。



忘れたりなんかしない、空を見上げるたびに貴方を思い出す。

でも立ち止まったりしない、涙したりすることはあるかもしれない

でも涙を拭いて、ちゃんと歩くから

振り向くことはもう、しないよ













   

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