追わないから逃げないで | ナノ



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風が私を煽る、早く、早くおいでと手招きしているようで。小さな石ころを落とすと、ずっとずっと先の地面に向かって音をたてて落ちていった。小さく息を吸い込んだ、この身を投げ出せば、自分の命は間違いなく終わる。恐怖はなかった、今まで自分はそのことを願っていたからか、自然と踏み出せるような気がした。違う、彼を愛しているからだ。私が彼が愛おしくて、彼のためなら、私は死んだっていいんだ。だから私が彼を縛っているのなら、私が消えればいい。彼はまた泣いてしまうかな

「泣かないで」

彼は小さな雫を落として、私をまっすぐ見て、眉を寄せる。悲しげな目元を視界に移すだけで私の胸が押しつぶされそうだった、息をすることも苦しくて。だから泣かないで、苦しまないで、乗り越えて。そしたらきっと貴方は幸せになれる、私がいない方が幸せになれるの。

「ジュダル」

愛してるよ。愛してる。その言葉を囁きながら、私は一歩踏み出した。私はもう充分すぎるほど生きてきたような気がする。神様は私を生かしてくれた、ジュダルは私を生かしてくれた、そして充分すぎるほどに私は逃げたんだ。向き合おうとせず。ただ一心に、自分の運命から逃げ出して。大切な人に気がつかなかった。瞳を閉じて、一瞬浮遊感を感じた途端、腕を誰かが掴んだ。そのせいで私は崖から落ちることもなく、まだ生きていた。ゆっくりと振り向けば、そこには黒髪をなびかせたジュダルの姿があった。

名前を囁くと、彼は強く私を抱きしめた。暖かくて、心地よい。彼の部屋から逃げ出した私は足を切り落とされるだろうか、彼はそんなことしない。彼は・・・もうそんなことできない。彼は何度も私の名前を呼ぶと、顔を上げた私の唇に唇を落とした。柔くて、熱くて、なんて幸せなんだろうと、朝にも感じたことだった。二人でずっとこうしていられたなら、良かったのに。自分の誤ちは消えることがないから、誰も許しはしないのだがら。一番悔やんでいるのは、自分自身なのだから。


「ずっと考えてたんだ」

彼の言葉も全て聞き取るように耳を傾けて静かに頷いた。声も鼓動も姿も、全てを忘れないために。

「どうしたらお前は幸せになれる」

なんとなく、彼の考えていることがわかったような気がする。だからこそ彼は部屋から逃げ出した私を怒らず、部屋の鍵もかけないでおいた。薄々感づいていたのか、彼の表情は悲しみでもない、嬉しみでもない、なんともいえない感情で溢れている気がした。大丈夫だよ、ジュダル。そう言うように微笑むと、唇を動かした

「私は生きることのほうがよっぽど辛い」

今は苦痛にしか聞こえない声だった、前の私とは違う。様々な願望が溢れ出しそうになるのを止めて、淡々と言い放った。頷いたジュダルは静かに私の肩に触れた。

「愛してる、だから・・・」

小さく肩を押す感覚が伝わった、その反動で空中に倒れた私の身体はすぐに重力に従って落ちていこうとする、見える景色も変わって、ジュダルの姿と空が見えた。まだ薄暗く、朝日が私たちを照らして、とても綺麗。良かった、最後に貴方を感じられて、良かった。浮遊感を感じながら瞳をとじようとしたが、すぐに目を見開いた。





どう、して





頭が真っ白になる。ジュダルの身体が倒れると、ゆっくりと私と同じように落下を始めた。そしてすぐに私に追いつくと、私の身体を引き寄せて微笑んでみせた彼に、涙が溢れた。


「だから、お前を一人で死なせるようなこと、絶対にしねぇよ」



愛してる、だからお前が寂しくないように

愛してる、だからお前と一緒にいる

ずっと、ずっと、死ぬ時まで






愛してるよ、だから

     

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