追わないから逃げないで | ナノ



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懐かしい、彼の部屋の景色。鮮明に頭の中に残っていた景色、忘れようとして忘れられなかった、ずっと頭の片隅に残っていたここでの生活。生活といえただろうか、私はここで生活していたのだろうか、私はここで何をしていた。視界いっぱいに広がるジュダルの広い部屋の中でゆっくりと体を起こす。その瞬間鋭い痛みが腹部を駆け巡ると、小さく息を吐き出した。服をめくりあげればそこには白い包帯が巻きつけられていて、ジュダルの行為が頭の中で蘇る。ナイフで腹を刺されたが、そんなに深くはなかった。だが痛みと朦朧とした意識の中、私は意識を手放した、あの時。そして気づけば私はこの部屋にいた。いや、戻ってきた・・・、

この部屋にジュダルの気配はない。ベットからゆっくりと降りれば、部屋を徘徊する。どこにも彼はいない、真っ直ぐに見つめたのは部屋の扉だった。身体中を駆け巡る衝動と引き止める何か。両方の考えが頭を交差して、そのまま動けずにいるとガチャリと部屋が開いた。視界に入ったのは黒髪のジュダル。私を見つけては楽しそうな表情を浮かべて、軽い足取りで近づいてくる。心臓が早くなる、目をそらすことも、彼から逃げることもかなわない。


「考えてたんだよ、お前を連れ戻したら何をしようか・・・ってな」

身震いがした。想像することもしたくなかった。彼がすることなんてすぐにわかった、だからこそ喉元が苦しくて息ができなくなる、呆然と立ち尽くす私に近づけばジュダルの手がするりと腰に回って体を固定する、その瞬間に唇に柔らかいものが触れればすぐにそれはジュダルの唇だと理解する、同時に無理やり侵入してきた舌を拒もうとすれば、腰に回った手に力が入る。彼の舌から逃げようとしてもすぐに絡み取られる。足の力が抜けてその場に崩れ落ちると、ジュダルが小さく笑う。腰を下ろした彼の手が服をめくりあげると包帯の巻かれた腹部をゆっくりと撫でた。嫌な予感がした、恐ろしいことが始まる予感。

「ぐ・・・っ・・・!!」

包帯の上から傷口を強く押される。電流が流れるような痛みが身体を駆け巡った。そして包帯からじんわりとにじみ出た赤い血を見てジュダルは唇を釣り上げて笑う。荒い息を何度も繰り返していると、包帯を破った彼は開きかけた傷口に手を突っ込んだ。声にならない叫びがなんども自分からこぼれ落ちる、どうにかなってしまいそうだ。頭が何度も真っ白になって、いっそ死んでしまったほうが楽な気がして、自分から殺してくれ、と叫びそうになる。傷口をえぐっていた手が抜き取られれば、赤く染まった手が頬に触れた。自分の血が頬にべっとりとついた感覚がした。もう意識は半分消えかかっていて、細まった瞳の向こうからジュダルの顔がぼんやりと見える。そして端麗な唇が開く

「・・・・・・安心しろよ、絶対殺さねェからよ」

普通だったら、普通だったら・・・その言葉はとても嬉しい言葉なはずだった。だが、痛みと苦痛を味わって生きている私にとっては、それより苦痛なものはない。まるで、最初にあった頃に戻ったようだ。彼は私を殺してはくれなくて。私は生きるのが辛くて。でも彼は・・・変わった、涙を見せる私を見て、彼は苦しむような顔をするようになった

「お前、泣かなくなったな」

今ではこぼれ落ちる涙はない、ただ乾いた叫びが部屋に響き渡るだけ。永遠に感じた、この時間がなによりも苦しくて、痛くて。ドクドクと腹からこぼれ落ちる血が意識を朦朧とされる。

「・・・・・・だって、貴方は・・・苦しむでしょう・・・・・・?」


――苦しいんだ、俺は


覚えている、忘れるわけない。彼は私が泣くと苦しむ。私は・・・どんなに自分が傷つけられても痛くても、苦しむ彼の顔は見たくないと、思ってしまった


一瞬瞳を丸くした彼は乾いた笑みを吐き出すと、眉を寄せて静かに私を見下ろした。何かをこらえているような瞳だったけれど、なにをこらえているのかは、分からなかった。それを想像する意識も、考える時間も私にはなくて、ただゆっくりと瞳を閉じて意識を手放した。




     

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