追わないから逃げないで | ナノ



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一人テーブルの上で食事をとっていた、

NO NAMEの視線が食事から上に向くと、ゆっくりと瞳が細まった。

いつもあるはずのジュダルの姿が、一昨日からない。

彼は仕事で、長い間出てくると言っていた。

静かな部屋の中で、NO NAMEは何もすることもないまま、ただ出てきた食事を食べていた。

ふと、部屋の隅にあるナイフに目が行く。

今ならそのナイフで自分の腹を刺してしまうことがなど簡単かもしれない。

ジュダルが帰ってくる前に死んでしまえるかもしれない。

そう思いたいのに、NO NAMEはただ食事を食べて夜を過ごすだけだった。

ナイフに手を伸ばそうとする手は、動かないし、頭の中でジュダルの顔が浮かぶ。

あの日から、NO NAMEを傷つけることも、強引に身体を求めることもなかった。

ただ、一緒にいた二人。交差する瞳に不自然さを感じながら、も。


"お前には、それが幸せなのか?"


――そんなこと、言われたことがない


奴隷としてずっと暮らしていた私に、幸せなど求めることができるのだろうか

できるとしたら、それは“死”だと思っていた。

あの暮らしから、汚い自分から解放されたかった。

あんなふうに、人に見られたことなどなかった。

ジュダルの目線が、ジュダルの瞳と目が合うたびに、心臓が跳ねるのだ。


「おかしい、私も…おかしい」

お互い、この感情を知っているのかもしれない。

正直になれないだけかもしれない。でも、正直になってしまったら、怖い。

食事をする手を止めた時、扉を開ける音が聞こえた。

思わず立ち上がったNO NAMEは、そこに常に傍にあるジュダルの姿を見た。

「ジュダル、」

自然に漏れた声は、ジュダルの目線を上げた。

小さな笑みを見せたジュダルだったが、そこにいつものような瞳の色がないことに気づく

「どうかした、の…?」

また、自然に漏れた言葉だった。

それはジュダルの瞳を見開かせると、ジュダルはNO NAMEに向かって手を伸ばした。

NO NAMEはジュダルの腕の中に収まると、腰に回るジュダルの手を素直に受け入れた。

「……NO NAME、」

悲しいような、切ないような声が、耳元で響いて反響する。

NO NAMEの心臓が小さく揺れ出した。

「お前には、家族…はいたのか?」

「……うん、いたよ」

家族はいた、だけど死んだ。

奴隷となって暮らしていたのも、それが原因だった。まだ小さな頃だった。

「幸せ、だったか?」

鮮明によみがえる、父と母の記憶。まだ覚えてる、忘れない、

私を抱きしめる二人が暖かくて、気持ちが良かった。

「うん…でも、もう一人だよ」

「なあ」

ジュダルの腕がゆるまると、肩に埋まっていた顔が上がる、交差する目線は近づく

「お前…俺と、ずっと一緒にいてくれよ」

言葉の意味を深く考えることも、すぐに答えを出すこともしなかったけれど

NO NAMEは瞳を閉じた、

再び瞳を開いて、すぐ傍にあるジュダルの唇にゆっくりと触れると、すぐに離した。

「いいよ」

もっと伝えたいことはたくさんあった、

もっと言って欲しいことはたくさんあったけれど、

ジュダルは“一人にしないで”と言っているようで、胸が締め付けられた。

いつのまにか、自分より彼の幸せを願うようになっていた。

思うのだ、彼はきっと家族の温かさを、知らない。

「…じゃあ誓えよ、」

ぐっとジュダルのNO NAMEを掴む手が強くなると、ギリギリと骨がなるような音がした。

鈍い痛みが身体中を駆け巡る、

「俺を、愛すと誓え」

彼の本性が見えた気がした、

私を傷つけてきたジュダルが一番求めていたものは、一体なんだろうと

考えたら、見えてきた。



彼が飢えているのは、人を傷つけることじゃない。

愛に飢えているのだ、



私もその一人なのだとすれば、私たちをつなぎとめるものはなんだろう。


純粋に、貴方が好きだから、とは言えないのだろうか。


「…誓う」


強引じゃない、キスが降りてくる。

今は、それがなんだか心地よかった。









     

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