追わないから逃げないで | ナノ



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小さく笑う彼の声と、確かな心音。小さく聞こえる彼の鼓動に閉じていた瞳を開いた。痛みも何も感じない、赤く染まってもいないジュダルの顔を見上げれば、彼はゆっくりと顔を傾ける。その仕草に涙が溢れた。かすれた声で、絞り出すように彼の名前を呼ぶ、彼はゆっくりと私の頬を撫でた、暖かく、心地よい手つきで。冷たくなんか、ない。死んでなんか、いない。とっくに墜落していた私達は生きている、疑問を浮かべるより先に、涙が溢れ出して、彼が生きているということを把握すると、もう泣くことしかできないのだ。こんなにも彼が愛しすぎて、苦しい。


「NO NAME」


静かに響く、ジュダルの声に耳を澄ませる。こぼれ落ちる涙を感じながら、彼のぬくもりを感じながら、しっかりと彼を見た。心の底から彼を求める私は、もう彼なしでは、生きていけはしない。彼のために死ぬことも、できない。彼と生きたいと心から思ったのだ、座り込んでいる地面を見れば、そこは地面ではなく、じゅうたんの上だった。じゅうたんの上で宙に浮かぶ私達。そこで彼は不思議な力の持ち主だったと思い出した。彼は最初から、このつもりで行動を起こしたのだろうか。


「お前が生きたいと、そう言ったから」


私は叫んだ、“死にたくない”そう言って、確かに生きたいと思った。彼のために、彼は私のために一緒に死のうとした。だったら、一緒に生きようとそう言える。今度こそ、永遠に、今度こそ誓える、心から神に、貴方に、誓うことができる。淡い光が彼を照らして、まるで死ぬと思っていた瞬間に見えたジュダルの姿のように美しく見えた。彼の頬に触れれば、額と額を確かめるように触れさせる。感じる彼の鼓動とぬくもりを大切にしながら、今度こそ寄り添い合って生きるのだ。


ジュダルは私の手を自分の首に触れさせると、瞳を細めて私を眺めた。ぐっと近づいた顔、近距離で向かい合う私たちは決して目をそらすことはない。そして彼は苦しそうに、いうのだ。


「俺の命も、体も、心も」


全部、お前のもんなんだよ。そう言って搾り取られるような声が鼓膜を揺らして、私は息を吐き出した。彼の首から手を離そうとしたけれど、彼はそれを許さない。まるで今ここで自分の首を絞めてくれ、とでも言っているかのように。


「お前のいない世界なんて、苦しすぎるんだよ」


泣き喚いたって、足りない。何かがかけたこの世界、どちらかひとりがかけたこの世界では、私たちは生きていくことができない。まるで人間を生かす、食物のように。私たちは縛られている、違う。何も知らない私達に、世界が教えてくれた。


「うん、貴方がいない世界が怖い。だからもう一緒に死ぬなんて言わないで」

そのために、生きるから。貴方のために生きるから。重くて、苦しくて、辛くて、でもそれでもどうしようもなく愛しいこの感情を、ちゃんと理解できていなかったようだ。だからこそ、迷い。私達は逃げて、追いかけた。ジュダルの手と指を絡めさせて、しっかりと握った。私達は一つだといわんばかりに、彼に私の思っていることを伝えるように。


「一緒に生きるの、ずっと、永遠に、最後まで」


いつかは私たちは死んでしまうだろう、逆らえない運命だってあるのだ。その時は、受け入れよう。そして二人で安らかに眠ろう、二人でベットに落ちて瞳を閉じて眠った時のように、しっかりと手を握って、お互いを感じながら。素晴らしいと思った、彼と生きれる人生がこんなにも楽しみでしかたがないなんて。いつでも彼の隣にいられるなんて、



「私、今すごく幸せなの」


ジュダルの顔をゆっくりと近づくと、確かめるように触れた唇、熱い、柔らかい、心地よい。そしてどうしようもなく愛おしい。愛している、と何度も囁きながら、寄り添って、生きて、自分の足で歩いて、人生を送るのだ。
鎖で縛っていたわけじゃない、私たちは愛し合っていたからこそ、互いに惹かれ合い、傷つき、苦しんできた。でもその中に、幸せを見つけることができた。やめることができない感情に、私たちはこれからを過ごしていくのだ。


限りない光が、私たちを照らしては、本当に祝福しているようだった。死ではなく生に、様々な人が絡み合った人生に、これからに。ああ、なんて世界は素晴らしい。


こんなにも、美しい













生と死、愛を知り得なかった

哀れで、美しい、青年と少女の物語





END


 

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