追わないから逃げないで | ナノ



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「・・・こんな所にいたのか、お前」

にやりと笑う彼の笑顔に、次は全身が凍りつく。それでも瞳を細めて、必死に足に動けと命令する。だが彼が纏うものに、恐怖を感じた。彼の中の何かが一層濃くなった、どんどん変わっていく彼を纏うものは、大きくなっていく。

「こんな所に長くいると戻れなくなるぞ」

彼は私に向かって手を伸ばすと、ゆっくりと肩に触れた。振り払うことなんてできない、ドクン、ドクンと蠢く心臓が痛い。息を吐き出せば、やっと動くことが可能になった足を後ろに下げて、彼の手を拒むと、彼の視線がゆっくりとこちらを向く。彼の瞳と目が合えば、うっすらと汗が頬をつたわった。動けない、もう動けない。彼が自分の全身を支配するような感覚だった。

逃げ続けると、誓ったのに

こんなところで捕まるなんて、モルジアナちゃんもまだ見つけてないのに

「追いかけっこは飽きたんだよ、NO NAME」

彼が呼んだ私の名前が、なんだか苦しかった。どうしてだろう、なんだか胸の奥が苦しい、怖いんじゃない、搾り取られたように、胸が苦しい。

「・・・ジュダル、私は・・・・・・世界を見てみたいの」

「世界・・・?このきったねェ世界をか?」

汚くなんかない、そう思いたいのに、彼の言葉が脳内を支配して反響する。違う、違う。
世界は綺麗なものがいっぱいあるんだ。アラジン達と見に行く、私は踏み出したいんだ、自分で、自分の足で・・・、

「何が変わる、そんなもの見たってなにも変わらない。お前にそんな自由がきくと思うなよ、」

ジュダルが近づくと、鼻と鼻があたるかあたらないかの距離で、彼の唇が動いた。交差する瞳をそらせないまま、彼の言葉を聞かなければならないまま。息を飲み込む。

「お前は、ずっと俺と一緒なんだよ」

「・・・っ、」

彼の拳が頬を殴ると、そのまま地面に崩れ落ちる。じんじんと頬に感じた痛みに、涙を必死にこらえる、そして腰を下げた彼の伸ばす腕に肩が震えた時、ゆっくりと彼に抱き寄せられた。ひどく優しい抱きしめ方だった、壊れ物を扱うように、彼は私を抱きしめて、肩に顔を埋める。そして耳元で響いた声が、鼓膜を震わした。

「約束したよな、お前は・・・俺に言ったんだぞ。」

「・・・、」

息ができない。私は確かに言ったんだ、一緒にいると。そう言って逃げ出したのは私で、彼は、被害者、なのだ。私が、裏切った。

「貴方を、愛すと・・・誓った、」

途切れ途切れの声が、ひどく残酷に響いたような気がした。逃げるつもりでいたのに、もうとっくに捕まっていたのだろうか。彼から逃げることなんてできなかった、私はジュダルと出会った時から、捕まっていたのだ。違う。捕まっていたわけじゃない。私は、自分で・・・、自分に鎖をかけた


―――自分には生きる意味などなかったから、

――そうだろう、NO NAME


乾いた吐息だけがこぼれ落ちて、私はジュダルから視線をそらすことができなかった。そして腹部から感じた電流が流れるような痛みに顔を歪める。ゆっくりと下へと視線を向けると、服に血が染み出ていた。そこに埋まっているのは、血に染まった彼の持つナイフ。耳元で彼のかすれた笑い声が聞こえたような気がした。呼吸することも痛みでできない。遠くなる意識の中、暗闇に染まる視界の中、何が見えたのか忘れてしまった。







   

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