壊したくて泣きたくて | ナノ
14022/2
ぽすん、と座りなれたソファに一人沈む。ここで一緒に暮らしていた彼は、もういない。自覚を、しなくちゃ。忘れてしまわなければ、もう泣いてはいけないのだ。周りを心配させてはいけないんだ。お別れしなくちゃ。
「・・・、」
拳の中にある、小さなピアス。彼の残した確かな証拠。見えないところに隠してしまわないともう二度と思い出さないようにしないと。捨てることは、さすがにできないけれど。記憶ごとこのピアスに閉じ込めてしまえたなら、どんなに楽だろうか。全部、全部、押し込んで、彼のことを忘れてしまえば
「・・・まただ・・・そう、だよね」
瞼が痛くなるぐらい泣いたはずなのに、また涙が溢れ出す。
このソファで小さく笑みを見せた彼の笑顔、このソファに座るたびに鮮明に蘇って、私の胸を熱くさせる。最初は笑顔なんか見せてくれずに、互いに壁があった。乗り越えられないと、乗り越えることに意味などないと思っていた、あの時。少しずつ、お互いの傷に触れて、分かち合った、そして次第に見せるようになった彼の笑顔が、じわじわと胸を侵食しだした。お風呂上がりの濡れた髪をよく吹いてくれた彼。風邪をひくからと、私より丁寧に吹いてくれるのがなんだか少し不満で、変に対抗したりして。ご飯を一緒に作ったり、散歩したりして。
「消せるわけ、ないよ」
消せるわけない、封じ込められるわけない。どれも幸せで、かけがえのない日々だった
少ないあいだで彼が私に与えたたくさんの思い出は、一つたりとも忘れてはいけないもので、忘れられないもので。
「逃げないよ」
大丈夫だ、あんたは逃げてなんかいない、十分努力してる
あの時私に勇気を与えてくれたあの言葉も、全部。忘れない。だから、私は逃げない。進むよ、ちゃんと。全部抱えて、ひとつも落としたりなんかしない。重たい、重たいものだけれど、投げ出したりなんか、しないから
これからも貴方を想おう、たとえ何年たとうと、よぼよぼのおばあちゃんになっても、このピアスがある限り、この記憶がある限り、私は彼を、好きでいる。どんなに辛くて、今まで以上に涙が溢れても、揺らがないよ。
だって、彼は言ったんだ。
あんたとまた会えるよに
そう言ったよね、クラウド
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