運命の女神 | ナノ

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僕の母はピアノが好きだ


だからピアニストだった父と結婚した。


でもしばらくして父は死んだ。


“お母さんは才能のある人が大好きなのよ”


「…お母さん、僕、時を止めるよ、僕が一番の…この時を」

放課後の音楽室、ピアノの鍵盤の上に手を置いて、息を吸い込んだ。

僕が一番であれば…

もしかしたら哀れな僕を哀れんでくれるかもしれない


「時を、止めたいの?」


ピアノの落としか聞き入れなかった僕の耳にすんなり入ってきた声は低すぎず高すぎない声。

でもとても細くて、美しい声色。

ゆっくりと視線を上げれば、ピアノの横に少女は立っていた。

僕よりずっと年上の、銀色の髪を持つ、端麗な少女。


「…君は…、」

思わず、息が溢れた。母さん以外の誰にも話しかけたことのない僕が、

少女に話しかけた。

それだけで十分驚きなのに、今はそんなこと関係なかった。

動かない、鍵盤を押す指先まで痺れて、目がそらせない。

「…ねえ、貴方は時が止めたいの?」

「そうだよ…僕は、母さんに愛されるために…時を止めたい」

少女は真紅の瞳を細めると、微笑する。

「…時を止めてしまったら、貴方はお母さんに嫌われるわよ」

「嘘だよ、だって…今僕が一番である時を、この時を…僕はっ」

「貴方はお母さんにだけ愛されたいの?」

その質問が胸をひどく動揺させる。

“うん、そうだよ”

言いたいのに喉につまって吐き出せない。内側からそれを阻止するように何かがうごめいている。

「僕は…、」

熱い、熱い、頭の中が書き換えられてしまっように脳内が熱くなる。

「僕は、君に愛されたい」

僕は、それから毎日ピアノを弾きに音楽室へと通った。

彼女は時々しか姿を表さなかったけれど、彼女のゆっくりと微笑む顔が見たくて

僕のピアノを聞いて欲しくて、僕は弾き続けた。

「ねぇ、貴方はもう、ピアノを弾かない方がいい」

「…なぜ…、僕は君のために…!」

今思えば、彼女には見えていたのかもしれない。

この先の未来が、この先の運命が。

そう思いたかった。

「待って…!!」

ゆっくりと僕の前から姿を消す彼女、椅子から立ち上がった瞬間、

自分の両手の全ての指に強い衝撃を感じた。



――なぜ?僕の前から消えてしまうの


―――君も、僕を…愛してはくれないの…?







   

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