運命の女神 | ナノ
18022/3
「遅かったね、せっかく面白い舞台を用意したのに見逃してしまったよ?」
ビルのエレベーターから降りてきた多蕗は目の前に姿を現した時籠ゆり。
「私を利用したわね」
「都合が良かったからね」
「まさか貴方がこんなことをするなんて」
「君こそ二人を呼び出して何をするつもりだったんだい?」
二人の表情は微かに笑みを帯びていた、
もうすっかり夕日の落ちたビルの外、多蕗はゆっくりとゆりに近づいた。
「所詮僕らは偽の家族でしかない、お互いを利用するだけの」
そう放った瞬間、ゆりは多蕗の頬を叩いていた。
「さよなら」
荒く息を吐くゆりの隣を多蕗はゆっくりと通り過ぎた。
「苦しまないでね…か、」
僕の手は、もうピアノが弾けない手になっていた。
―あの子にもうピアノを聞いてもらえない
―時間も止められない
僕は世界から透明な存在になるはずだった、僕の生きている意味なんかなかったから。
それを、桃果が助けてくれたんだ。
自分の手を犠牲にして、僕を、必要としてくれた。
脳内ではあの子の顔がちらついて、僕を締め付けたけれど、
桃果は笑っていた。僕と一緒に笑いあってくれた。
「あの子を、嫌いにならないでね」
桃果はあの子を知っていた。あの子ことを、大切にしていた。
運命の女神、彼女の正体を知ったのはずっとずっと先だった。
桃果は何も教えてはくれなかったけれど、なんとなく分かったんだ
あの時、あの子は僕のピアノをちゃんと聞いていてくれていたと思うから
あの時、あの子は僕を助けようとしてくれたんだと
僕がバカなせいで、僕は自分の運命を変えられなかったんだ
“だからね、これ以上…苦しまないでね”
この言葉は、全てに終止符をつけたかのような言葉だった。
桃果、
残された僕たちには、何ができる…?
あの子を救うには、何ができる…?
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