雨が降り、空気が湿っていて居心地が悪い。


そんな天気の中、犬夜叉は四魂のかけらと宿敵、奈落の情報を集める為に動き出していた。

鼻を利かせ、耳を澄ましても特に変わった邪気や臭いは感じられない。


地を蹴って高く飛び上がり、上空から周りを眺めるも、妖怪の姿さえ見られなかった。


「なんでい…収穫なしか。」


諦めて地面へと降り立つと、雨によってぬかるんだ土が足にくっつき、その感触に少し顏を歪ませる。


足元の水溜りに目を向けると、自分の顏が映っている。そのまま目線だけを頭上へずらし、獣耳へ。


ピクッと両耳を動かして難しい顏をする。


この獣耳を可愛いと言う男が1人居ることを思い出した。
その心情は理解出来ない。




「…!」


すると、いきなり鼻へと異様な臭いが漂い、目を大きく見開く。


「大量の血の臭い?」


その言葉と同時に、臭いの原因を確かめるべく走り出した。






___




城が燃え、人々の悲鳴が四方から聞こえる中、刀を手にして仁王立ちしている青年が1人。


「ここにもねぇーかー。お宝は。」


そう言って掻き集めたのであろう山積みの品々を物色している。


「か、返せ!化け物!」


数人の武士達が震える手で刀を構え、その青年を威嚇する。


「あぁ?うるさいなー。邪魔するなっての。」


青年が刀を振り上げると武士達が一気に地面へと崩れ落ち、変形した刀は刃が何枚にも連なっていて、血で赤く染まっている。


「この俺に歯向かうなんて馬鹿な奴らだねぇ〜。」


死体の数々を眺めながら怪しく笑った。




「蛇骨!」


名前を呼ばれた青年はゆっくりと振り返る。


綺麗な銀髪とその間から生えた獣耳。
黄金に輝く警戒心を秘めた瞳。
その全てを映やしているであろう紅の衣。




「おぉ!いんぬやしゃ〜会いたかったぜ♪」


肩で息する犬夜叉に向けて、笑顔で両手を広げて近づいた。


すると犬夜叉は一歩後ずさり、威嚇するように牙を覗かせ唸り声をあげる。




「全部…てめぇがやったのか?」




鼻につく大量の血と煙の臭いに思わず衣の裾で鼻を覆った。




「久しぶりに会ったってのにつれないねぇ…蛮骨の大兄貴がよ、お宝見つけて来いってうるせぇんだ。」


「お宝って四魂のかけらか?」


「どうだかなぁ?大兄貴は酒と女があればいいんじゃないの〜。でもそれ持ってったら喜ぶかもね。」


再び蛇骨は物色を始めた。


「奈落は…何処に居やがる!てめぇ知ってんだろ!?」




「んー?知らない。七人隊ったって残ってるのは大兄貴と俺だけだもん。もう奈落の指示で動いてねぇーよ。どーせ後で殺されちまうんだろうけどなぁ。」


蛇骨は顏を向けずに答える。


自身の死を語る口調があまりにも軽いことに腹を立てた犬夜叉は、拳を強く握り締めた。


「おめーはそれでいいのかよ?」


動かしていた手を止め、立ち上がりゆっくりと犬夜叉へと向き直る。




「んー?何でそんなピリピリしてんの?」


「答えやが…!」


犬夜叉の言葉を途中で遮り、蛇骨は犬夜叉の懐へと飛び込み、背中に手を回した。


胸元に頭を預け、一定のリズムで動く心臓の鼓動を感じながら目を閉じる。




「一回死んじゃってるわけだし、いつまた俺の心臓が止まっちゃっても怖くないね。」


少しだけ心臓の鼓動が速まったことに、蛇骨は嬉しくなった。


そして犬夜叉の耳へと手を伸ばす。


「でも…この耳触れなくなるの寂しいなぁ。なぁ、死にそうになったらこの耳切り落として一緒に逝っていい?」


悪寒を感じた犬夜叉は蛇骨の両肩を掴み、自身から突き離す。




「へ、変なこと言ってんじゃねぇ!」




へへっと蛇骨が笑う。




「焦った顏も可愛いねぇ♪」




「ったく…相変わらずだな。」


溜息を吐きながら自身の手で前髪を掻き上げた。


「犬夜叉は何しに来たんだ?俺に会いに来たってわけじゃねーだろ?」


首を傾げながら蛇骨は伺う。


「四魂のかけらと奈落の情報がないか調べてたら血の臭いがして、気になって来てみただけだ。」


「奈落ねー。大兄貴の奴しか顔合わせたことねぇから実際俺は、どんな奴なのか分からないな。でも…四魂のかけら?なら一個どこにあるか知ってるよ。」


「な゛…それ本当か?何処にあるんだ?」


蛇骨は自分の着物の襟を片手で下へと下げると、白くてほっそりとした首元が露わになる。


「ここ♪」


声色を柔らくして、一点を指差した。


「俺の首に一個仕込まれてるだろ〜?」


「バカなことしてねーで早くしまえ!///」


「ぷっ///」


頬をほんのり赤く染め、目線を逸らす犬夜叉の姿に、蛇骨は口元に手を当てて小さく笑った。


「いつか…そのかけらを奪いに来るかもしれねぇ。だから、そんときまで誰にも取られるんじゃねーぞ…特に奈落にはな!」




(いつか…か)


首元に手を添え、このちっぽけなかけら一つに自身の運命が握られていると思うと可笑しくなった。


一度滅びた魂。
意思もなく、再びこの世に呼び戻されたこの命。


もう一度、昔みたく暴れられることが嬉しい。


たとえ敵同士だとしても、目の前に居る彼に出会えたことが嬉しい。




そして、本当は…




「それ、告白みたいに聞こえるんだけど♪」




蛇骨は嬉しそうに微笑んだ。




「犬夜叉に取られるならいつでも歓迎だぜぇ。まぁ、どんな色男が来ようが先約居ますからって言うから安心しな♪」


その言葉を聞くと、犬夜叉は小さな溜息を一つ落とした。




「あ、そろそろ戻らねぇーと。名残惜しいけどまたなっ、犬夜叉♪」


右手を挙げ、森の奥へと走り去ってしまった。




「…よく分かんねぇ奴だな。」


その背中を見つめながらぽつりと呟やく。








___




森の奥深くへと進む。
先程の訪問者が嬉しかったのであろう、鼻歌を歌いながら軽快に歩いている。


しかし、急に立ち止まり刀に手を添えると、素早く自身の背後へと刀を振り下ろした。


ヒュッと刀が空(くう)を切る音と共に、葉が散り、木々が倒れる。風景の寂しくなった背後には何もなかった。


「ずっと見張られてるのは分かってたんだ。誰だぁ〜?」


気怠そうな声を出し、気配の元を探す。




「くっくっく。気づいていたか、この奈落を。」




その声と共に、暗い茂みの中から艶やかな黒髪の男が現れた。




その名を聞いた蛇骨は額に手をあて、唸った。




「奈落?どっかで聞いたことあるなぁ…けど俺好みな顏じゃないやぁ。」


「ほぅ。」


怪しく微笑む。


暫く考え込んだ後、顏を上げて怪しく微笑む男を指差した。




「俺を生き返らせてくれた奴かぁ♪」


得意げにへへっと笑う。


「そうだ。もう一度、この世お前の命を呼び戻してやったこのわしに仕える気はないか?」




その言葉に再び唸りながら何やら考え混んでいる様子。




「わりぃけど遠慮する。俺には立派な大将が居るからよー。それに…おめー、俺の仲間殺したよな?」


その言葉と同時に笑顔は消え、鋭い瞳と共に刃を向ける。




「使い物にならなくなったから排除させてもらったまで…四魂のかけらはそう簡単に手に入る品物ではないからな。」




「ふざけんな!俺達はてめーの私有物じゃねーんだよ!」


奈落の言葉が気に障り怒鳴り声を上げると、その声が森全体へと木霊し、驚いた鳥が数羽、空へと飛び去った。






「ふっ、所詮お前もわしの道具でしかない…お前のかけらも返して貰おう。」


すると、奈落の腕が触手のように蛇骨の喉元へと伸びる。


素早く刀を振り下ろし、その腕を斬り落とした。


「悪いけどこれは先約が居るんでねぇ。」


斬り落としたはずの腕が奈落の元へと戻り、再び元の形へと再生する。
そして一本、二本と新しい腕が生えてきた。


「血も出ないのなぁー。めんどくせぇ野郎だ。」




変形する刀を左右に上手く操り、迫り来る腕を次々と斬り落としたが一行に数が増えるだけであった。


そして、どんなに傷つけても不気味に笑う奈落の姿に悪寒を感じ、冷や汗が頬を伝って一滴地面へと落ちた。




「どうした?もう終わりか?」




「ふんっ、これで終わらせてやるよ!」


蛇の様な動きをする刀を振り回して、邪魔な腕を次々と斬り落とし、攻撃を上手くかわして、ある一点目掛けて刀を突き立てた。


「な゛…に…。」


体の異変を感じた奈落は目線を少し下げ、自身の心臓に蛇骨の刀が突き刺さっているのを目にした。


その刀を蛇骨が思い切り引き抜くと、奈落の体がグラッと揺れ、地面に崩れ落ちた。


「意外と呆気ねぇ。」
動かなくなった奈落を足で突ついて確認する。


「仇…取ったからな。」


横目に亡骸を見て呟やいた。


奈落に殺されてしまったかつての七人隊の仲間達を思い浮かべ、空を見上げながらあの世に居る仲間の元へ仇を討ち終わったことを報告した。




そして、もう1人の姿を思い浮かべる。




「犬夜叉…俺が奈落殺したっつったらどんな顏するんだろうなぁ。」


別れてから時間はそれほど経っていない為、近くに居るかもしれない。


再び会いたいと思った。




怒るだろうか、それとも喜んでくれるのだろうか。




そんなことを考えながら歩き始める。








_ザシュッ


首元に感じた違和感。
目の前の世界が紅に染まる。
そして小さく輝く何かの破片が目の前を舞った。




違和感の残る場所を手で触れると何かが突き刺さっていた。
生温かい液体が手の皮膚へと伝わり、目を向けると赤黒く染まっている。


そこでやっと液体の正体が血液だと気づいた。


「…死んだと思って油断したか。」




背後から聞き覚えのある声。




「く…そ…、てめぇ…生きて…。」




殺したはずの奈落が、あの不気味な笑みをこちらに向けている。


突き刺さっている腕を引き抜かれた。


傷口から大量の血が溢れ出て、身体の自由が利かなくなった蛇骨は地面に倒れ込んだ。


「くっくっく。痛いか?」


喉をやられ、上手く声が出せない。




唯一自由の利く目を四方へ動かすと、自分の命を繋いでいたかけらが手のすぐ近くでキラキラと光っていた。


後もう少しで届く距離。
しかし体が動かない。




‘‘誰にも取られるんじゃねーぞ!’’




彼の言葉がふと頭に浮かぶ。




「ぃ…ぬや…し…ゃ。」


奈落は四魂のかけらを拾い上げると、見せつけるかのように蛇骨の目の前へと差し出した。


「これは返してもらおう。お前は跡形もなく死ぬのだ…今までご苦労だったな。」






笑みを浮かべ瘴気の渦と共に消えた。








ザーッ




雨の降る音が微かに聞こえる。


肌に落ち、頬を濡らしているであろう感覚や温度は、もう感じることが出来なかった。


(蛮骨の兄貴に挨拶出来ねぇな…)




日が沈み始め、森の姿は一層寂しくなる。
蛇骨以外誰も居ない。


だんだんと視界がぼやけ、瞼が重くなる。


(もう…死ぬのか)


蛇骨はその重さに従って瞳を閉じた。


死に際、思い残した出来事や最愛の人を思い浮かべるということを聞いたことがある。一度死んでしまったときには何の映像も浮かばなかった。


しかし、今回奈落に刺された瞬間に見たものがある。




太陽の光に照らされ、キラキラと輝く銀髪をなびかせた犬夜叉の姿。




(最期にちょっとでも顔見れたらよかったなぁ)








___












「っ…!蛇骨!」


朦朧とする意識の中、自分の名前を呼ぶ声がして瞼をゆっくりと持ち上げた。


目の前にはもう一度会いたいと望んだ彼の顔。




「何があった!しっかりしろ!」


動かない口を必死に動かした。


「へへっ…な、らくの野郎に…やられちまった…。」


ベタつく感覚が残る喉元へ手を伸ばす。


「約…束守れ…なくて…ごめん…。」




力なく笑顔を作った。


すると暖かい手が蛇骨の手に重なり、頬へと水が一滴落ちる。


その正体は雨だと思った。


「バカ野郎!約束なんてどうでもいいんだ…お前が死んじまっちゃ意味ねーんだよ!」




「なに…泣いて…んの?泣き虫…だなぁ…犬夜…叉は。」


蛇骨が言葉を発するたび、首の傷口から血が溢れる。




「っ…もう喋るな。」




犬夜叉は傷口に恐る恐る手を添え、衣の袖で涙を拭った。




「血の匂いがしたんだ、お前の。嫌な予感がして…もう少し早く俺が来ていれば。」




唇を噛み締めて涙を堪えるも不甲斐ない自分の姿に堪えきれず、溢れるばかりだった。




その姿がぼんやりと瞳に映り、蛇骨は犬夜叉の頬に手を添える。




「泣い…た顔も…可愛いね…ぇ。」




意識が朦朧とし、全身の感覚が無くなるのに対して死が近いのだと悟った。




犬夜叉は、だんだんと冷たくなる体を強く抱きしめる。




そして、微かに動く唇の動きに気付き、好きだと言ってくれた獣耳を蛇骨の口元へ近づけた。


虫の音ように儚い声。




「俺…死…へっちゃら…って言っただろ?あ…れ嘘。本当は…怖…い…犬…夜叉に会え…な…。」




雨の降る音に遮られて最後は聞き取ることが出来なかった。




「蛇骨!」


言い終えると同時に、犬夜叉の頬に触れていた手が力なくだらりと地面へ落ちる。






微笑みながら眠っているようだった。
声を掛けたら再び目を開いてくれるのではないかと思うほどに。


蛇骨の体は塵となって、衣類と髪飾りだけを残して跡形もなく消えた。




犬夜叉は髪飾りを拾いあげると強く握りしめ、懐へと大切にしまう。






雨が上がり、太陽の光が雲の間から差し込む空を眺めながら犬夜叉は歩き出す。






懐から覗く髪飾りが、陽の光を浴びて輝いていた。












Fin.


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