目の前に広がる自然。

森や川、まるで作り物のジオラマの中に居るような気分になる。

自分が住んでいる世界や時代では見ることの出来ない景色。

そして、その景色に劣ることなく輝く銀色の髪。紅の衣を身に纏った大きな背中。

私はこの背中を、温もりを知っている。


「___」


顔をこちらに向けることなくその背中の主は何かを呟いたが、聞き取ることが出来なかった。










「…ん。」


その映像を最後に目を覚ます。


どうやら夢を見ていたらしい。


少女は朝日の差し込む窓を開け、少し冷たい空気を吸いながら両手を上に大きく伸ばし、明るさに慣れていない目を一瞬細めた。




「おはよう。ご飯出来たわよ。」


ガチャッとドアが開く音と共に、優しい微笑みを浮かべた母親の姿が現れる。


「おはよう、ママ。」


優しさの似た微笑みを少女は返した。


着替えを済ませ、階段を降り食卓へ向かうと祖父と弟が椅子に腰掛けていた。


「おはよう、かごめ。」
「ねぇちゃんおはよう。」


かごめは2人に挨拶を返し席に着くと、温かく湯気が登る玉子焼きや、お味噌汁など食欲をそそられる料理が数々並べられていた。


「さぁ、食べましょうか。」


家族全員が席に着いたことを確認した母親は、両手を合わせた。


「「「いただきます。」」」


食べ慣れた味を堪能する。




すると、脳裏に一つの映像が走った。


自分が作った卵焼きを頬張る一人の少年の姿。


胸を針で突つかれたような痛みが走り、思わず持っていた箸を床へ落としてしまう。




「かごめ?」


「あはは…手が滑っちゃった。あ、もう行かないと!ご馳走様!」


落とした箸を拾い、席を立った。


「行って来ます!」


家を出て、少し歩いた所で足を止める。


葉を深緑に染め、その隙間から差し込む太陽の光によってキラキラと輝いているように見える立派な大木を見上げる。


何かを懐かしむように微笑みを浮かべていたが、何処か寂しくも見えた。








___




「おはようかごめ!」


学校に着くとクラスメイト達が話しかけてきてくれた。


挨拶を返し一緒に教室まで向かいながら、色々な話しをする。


特に彼女達3人は中学時代から仲良くしていて、唯一彼の事を知っている存在でもあった。




「高校入って体丈夫になってよかったよ。」


「本当!もう一生病気にかからないわよ、かごめちゃん。」


中学時代は様々な理由(仮病)をつけ、学校を休みがちであった。


学校が嫌いな訳ではない。


ある時代で、ある役目を果たす為に。


そんな忙しい生活を送りながらも高校受験に合格することができ、月日が流れるのは早いもので今年卒業を迎えるのだった。




「そーねぇ、無敵かも。」


皆で笑いながら教室へと入った。




授業が始まるも勉学に身が入らず、窓側の席に座っていたかごめは空を眺めた。


雲一つない青に染まった空。


夢に見た景色と重なる。


空の美しさはこちらの時代も負けていないかもしれないと思った。




そんなことを考えつつ眠気に襲われ、小さな欠伸をしていると教師の一言が耳に入る。




「_なわけであって、戦国時代では_」




体全体が眠気から一気に覚めるのが分かった。




(…戦国時代)




再び朝と同じ痛みが胸を襲い、瞳がじんわりと熱くなっていく。


押し寄せた感情に耐えきれなくなり右手を挙げた。


「どうした日暮?」


「あの…気分が悪いので保健室行ってもいいですか?」


「そうだな、顔色悪いぞ?大丈夫か?無理しなくていいからゆっくり休んで来い。」


教師から許可を貰って席を立ち、教室を出るときにクラスメイトが何人か声をかけてくれた。


「休み時間様子見に行くね。」


「ありがとう。」


広い廊下を歩き、保健室へと向かう。


扉を開けると誰も居なかった。


真っ白なシーツへと倒れこむように寝転ぶと、洗濯したばかりなのであろう洗剤のいい香りに包まれる。


(いい匂い)


シーツを握り締めてその匂いをたくさん吸い込み、大きく息を吐いた。


そして天井を見上げる。


「はぁ、もう3年も経っちゃったのか…早いなぁ。」




何度も忘れようと試みた1年間の出来事。
まるで、夢ではなかったのだろうかと思うほどの物語。


現実であったからこそ忘れることが出来なかった。


「皆どうしてるかな。」


窓から太陽の暖かい日差しが差し込み、室内は温かく心地の良い温度になっていた為にかごめは大きな欠伸を一回した後、微睡みに包まれた。






___


(あ、またこの背中だ)


今朝見た夢の続きのように頭の中で映像が再生される。




(ねぇ、こっち向いてよ)


‘‘側に居るって言ったじゃねぇか’’


(!?)


「かごめ!」


自分の名前を呼ぶ声がはっきりと聞こえ、目を覚ます。


真っ白な天井についた蛍光灯が不定期にチカチカと光ったり消えたりしている様子が目に映った。




心配そうな眼差しを向ける3人の友人姿。




そして頬には生暖かい感触。
正体を確かめるべく頬を触ると水滴だった。




「先生呼んでこようか?」


「あ、大丈夫!寝たらすっきりしたから。」


「だって…かごめ…泣いてるよ?」


「…えっ。」


言われて初めて自分が泣いていることに気づく。


「夢…見たんだ。」


「怖い夢だったの?」


少し戸惑いながら肩を震わせて口を開く。


「犬夜叉が…。」


その言葉に3人の友人は表情を曇らせ、互いの顔を見合わせる。


「中学の頃付き合ってた彼だよね?…聞こうと思ってたんだけど、どうして別れちゃったの?」


静かな空気を切り裂いた一言に後の2人が顔をしかめ、発言した彼女の制服の袖を引っ張った。


「ちょ、ちょっと!その話は…。」




「もう逢えないの。どんなに願っても、遠くに行っちゃったから。でも早く忘れなくちゃね!」




これ以上心配をかけたくないと、今の自分が出来る最高の笑顔を作って友人達へと向けた。




「元気ないなんてかごめらしくないよ!」


無理をしているかごめの姿を見るのが辛くなり、励ましの言葉をかける。


「笑顔が1番!さっ帰ろう?」


「え?もうそんな時間?」


壁にかかっていた時計に視線を移すと短い針は数字の4、長い針は数字の12を指していた。


「あはは…授業サボっちゃった。」


「だって具合悪かったんだからしょうがないわよ。お家帰っても休んでね?」


「ありがとう。」








__




日が沈み始めると空がオレンジ色に染まっていく。


その中、友人達と帰りを共にしていた。


「また明日ね!」


「ゆっくり休みなよー?」


「ばいばい、かごめちゃん!」




「うん!また明日!」




独りになった影を見つめる。
いつだったか2つの影が隣同士、並んで歩いたことがあった。自分よりも大きな影。


‘‘犬夜叉の影大きいね!’’


‘‘そりゃー背丈が違うからな’’


‘‘私が先歩けば影の大きさ変わるよ。ほら、勝った’’


‘‘ったく、ガキかおめーは…おい、先歩くな!’’


‘‘ガキはあんたでしょ!’’




「本当大人げないんだから。」


軽く微笑み、呟きながら家へと向かった。






自分の部屋へ入り、着替えを済ませてから学校からの書類を取り出して机へと向う。
そこには【進路相談書】と書かれている紙が一枚。ペンを走らせるも集中することが出来ずに、指先は遊んでいた。




彼を想って十分泣いた。
誰にも知られないようにこの部屋の中で。


突然彼とを繋ぐ古井戸の道が閉ざされ、それから数日はわけも分からず泣くことしか出来なかった。
何日通っても閉ざされた道が再び開くことはなく、今まで何事もなかったかのようにひっそりと静かに建っている。


そして、古井戸に通うことをやめた。


「約束破ったから怒ってるかな…犬夜叉。」


胸にひっかかるのは夢で見た彼の一言だった。




「側に居させてって言ったのは私なのに。」




机に両肘をついて蹲りながら目線を窓へと向ける。


現代へ帰ってきた時には、彼がいつでもこの部屋へ入ってこれるように窓の鍵を開けておく。それが癖になってしまい、今だにそれを続けている。




窓の開く音、外の空気と風の匂いと共にカーテンが揺れ、彼が現れる姿をはっきり覚えている。


‘‘おい、かごめ!何やってんだ帰るぞ!’’




「こんなんでよく忘れなきゃなんて言えたわよね、私。」




そのまま視線を机に戻すと、花の模様が入った小さなカレンダーが目につき、片手でペラペラと捲っていく。


「卒業まであと少し。進路どうしよう。」


将来が何も決まっていないかごめは少し焦っていたのだった。


そして、再びペンを握り締めて書類へと走らせた。


【第一志望】の欄へ戦国時代、と書き込む。


「ぷっ。これで提出したら先生怒るだろうなぁ。」


少し笑ってから立ち上がると、窓に手をかけた。


開けると心地のよい夜風が部屋へと流れ混んで、風によってザワザワと葉を揺らされている木々の音も聞こえる。




「あ…御神木。」


その言葉と共に、かごめは外へと向かった。




目の前には、見上げても全体が視界に入らないほどの立派な大木の姿。


かごめはそっと大木の幹に触れる。


(ここに封印されてたんだっけ)


出会った日のことを懐かしむように思い出していた。


「あんたってば人違いしてさ、私を嫌ってたわよね。」


「珊瑚ちゃん、弥勒様、七宝ちゃんも元気かな?珊瑚ちゃんと弥勒様は結婚したの?…相変わらずお尻撫でて、叩かれてそうだけど。」


「それに琥珀くん、りんちゃん、殺生丸に邪見。冥加じいちゃんに楓ばあちゃん…皆どうしてるんだろう。」


言葉にしただけでも、当時の映像が思い浮かんで楽しくなっていた。




「会いたいよ。」








「かごめ?」


背中から声が聞こえ、振り返ると母の姿があった。


「あ、ママ…。」


「そんな薄着じゃ風邪を引くわよ。」


そう言って赤い上着を肩にかけると、かごめは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。これ犬夜叉の衣みたい。」


あっ、と小さく声を漏らし、
「そうね、犬夜叉くんも真っ赤な服着てたものね。」


その名前を聞くと、どこか懐かしみながらも複雑な表情をのぞかせた。


「さ、もう夕飯出来たから家に入りましょ。」


「すぐ行くから、先行ってて!」




かごめの肩に触れ、優しく微笑むと母は何も言わずに去って行った。






「ねぇ、犬夜叉。あんたはいつも諦めようとしなかったわよね。何度も何度も立ち向かって、傷ついて。だからね、私も諦めない。いつか犬夜叉に会えるって信じてるから。」


その言葉を発した後の表情は、何かを吹っ切れたかのように凛としていた。




肩にかかっている上着を握り締めながら、御神木に背中を向けて歩き出した。




艶のある黒髪を風が優しく揺らしていた。








Fin.






prev next
back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -