黒い髪をなびかせながら大木の前に凛と佇む少女の姿。



柔らかい風と共に桜の花びらが空(くう)を舞っているのを目にして手を伸ばす。


軽く握っていた手をひらくと、淡い桃色の花びらが一枚手の中におさまっていた。

「かごめ!そろそろ時間よ。」


その言葉を聞くと少女は大木に向かって叫ぶ。


「行ってくるね!」





___



青年は木に登り、高い位置から景色を眺めていた。

春の暖かな気温に誘われ、不定期に数回欠伸が出る。

すると、目の前にピンク色の丸い形をした小妖怪が表れ、小さな爆発と共に姿を変えた。

「犬夜叉!こんな所におったのか。」

栗色の髪と尻尾を持った子狐妖怪。

青年は目線を少し下へずらし、気怠そうに口を開いた。

「何か用か?」

「何寝ぼけた顔しとるんじゃ!弥勒が仕事だってお前を探しておったぞ!」

その言葉を聞いて軽く小さな頭を叩く。

「痛っ!」

「おめーは一言余計なんだよ!七宝! 」

叩かれた頭を涙目になりながらさすった。

犬夜叉は木から軽々と地へ飛び降り、村のある方向へと歩き出す。

「こらぁ!おらを置いて行くなっ!」



村に着くと、前方から子供2人が自身をめがけて走ってくる。


「いーぬ!」
「い〜ぬ〜!」

衣の上から足をがっちりと掴まれ、犬夜叉はバランスを崩しそうになるのを堪えて足元で騒いでいる双子を両手で掴み、持ち上げた。


「ったく、うるせーな。」


子は犬夜叉の頭上にある獣耳を触り始める。

「みーみー!」
「いーぬー!」

「いでっ!引っ張るんじゃねー!」


嫌がりながらも抵抗はせず、時々ピクピクと動く獣耳を見た双子は嬉しそうにはしゃいでいた。


「遊んでもらっちゃってごめんね。」

声がする方へ顔を向けると、大きな籠を背負った少女が表れた。


「はーはー!」

その姿を目にした双子は更に騒ぎ出す。


「あんまり犬夜叉を虐めるんじゃないよ?」

「虐められてねぇよ!それより珊瑚、その荷物どーしたんでい?」

「これ?洗濯物だよ。近くの川でしてこようと思って。」


肩に負担を感じたのか籠を背から地面へと下ろした。


「おや、ここに居ましたか。」

2人が振り向くと錫杖を片手に、法師の装いをした青年が歩いてくる。


「ちーちー!」

再び耳元で双子が騒いだ為に、犬夜叉は驚き一瞬体をビクッと震わせた。

「また犬夜叉を虐めていたのか?だめだぞ。」


にっこりと優しいを笑顔。


「だから虐められてねぇって!こいつらどうにかしろ!」

双子の服の襟を掴んで差し出すと、弥勒は受け取って抱きかかえた。

「それほどお前が好かれているということです。お前達、犬夜叉が好きか?」


弥勒の問に双子は瞳を輝かせて答える。


「すきー!」
「きー!」


その答えを聞いた犬夜叉はそっぽを向き、珊瑚はそのやり取りを微笑ましく見ていた。


「で?俺を探してたんだろ?」


「そうでした。隣りの村から妖怪退治を頼まれたので、一緒に行ってはくれないか?」


犬夜叉は小さくため息を零す。




「しょーがねー…付き合ってやるよ。」


「ただ暴れたいだけじゃろ?」


肩で息をしながら七宝が呟き、犬夜叉の頭に手が届く高さまで飛び上がり、仕返しとばかりに犬夜叉の頭を叩いた。


「よくもおらを置き去りにしたなー!」

「うっせぇ。」


再び犬夜叉の拳骨が七宝の頭へ。


「こらこら、おやめなさい。相変わらずなんですから。」



そのとき犬夜叉の脳裏にある言葉が思い浮かび、懐かしむように空を見上げた。



__おすわり!





自然と右手が首元にある言霊の念珠へと伸び、触れる。



その仕草で珊瑚と弥勒は、犬夜叉が何を考えているのか痛いほど伝わってくる。


「さて、犬夜叉。そろそろ行きましょうか。珊瑚、留守番頼みましたよ。」

「行ってらっしゃい法師様!犬夜叉!」



珊瑚と子供達は2人の姿が見えなくなるまで見送っていた。







___








「卒業おめでとうございます。」



そのアナウンスと共に、かごめは高校を卒業。

今着ている制服を着ることもこれが最後であろう。


「卒業おめでとう、かごめ。」


「かごめも成長したのう。」


普段目にしない白いスーツに身を包み、少し涙ぐんだだ母と袴姿の祖父。



今まで親しくしていた友人ともこれからは離れ離れになってしまうのでお別れの言葉を交わした。

中学、高校と一緒に生活を送ってきた3人の友人と写真を撮ったり手紙を渡し合う。



「「「ずっと友達だからね!」」」

結局かごめは進路が決まらず、実家の神社の仕事を手伝うことにしたのだった。


「今夜はご馳走じゃな!」





___






妖怪退治を終えた弥勒と犬夜叉は、村人からお礼として貰った酒やお米を両腕に抱えながら歩いていた。




「なんでい、雑魚妖怪だったじゃねぇか。」


手応えのない妖怪退治の依頼に不満をぶつける。


「人助けに大きいも小さいもありませんよ。」



まともなことを言っているかのように聞こえるが、犬夜叉は軽蔑の目を弥勒に向けた。



「お札ぼったくりてぇだけだろ。」


「何を言うか。生活する為です。」



「まぁ…おめーんとこ1人増えたしな。」


「家族というのは良いものですよ。どうです?犬夜叉。お前も身を固めてみては。」



「けっ、バーカ。いらねぇよそんなもん。」


その言葉を残して先を歩いていく犬夜叉の背中を、弥勒は見つめていた。

小さな小屋に着き、簾を捲り上げながら弥勒は大きな荷物を地に降ろす。


「あ!お帰り法師様!」


3人の子供を寝かしつけていた珊瑚が、荷物を家の中に運ぼうと立ち上がる。

「重いから珊瑚は持てないぞ。私が運ぶ。それより子供達は寝てるのか?」


「大丈夫?うん、よく眠ってるよ。」


「そうか。」


微笑みながら寝ている子供達に目を向ける弥勒と珊瑚。
その様子を簾を通して犬夜叉も眺めていた。


この暖かい光景が今の犬夜叉には痛かった。
少しでもこの空間から逃げ出したいと思ってしまう。

「これ奥に運んでおけばいいのか?」

堪らず声をかけた。


「おかえり犬夜叉!悪いね、ありがと!」


荷物を運び入れると、すぐに外へと出て行こうとする犬夜叉を珊瑚が呼び止めた。


「お腹空いたろ?たいしたものじゃないけど作ったから食べていきなよ!」


「別に腹減ってねーよ。」


その言葉を残して足早に去って行ってしまった。


「何なんだあいつ。」


膨れる珊瑚を横目に弥勒は小さな溜息をつく。


「仕方がないんだ…本来、私達と出会う前は独りで生きてきたんだろうしな。」

「でも今は違うじゃないか。」


悔しそうに拳を軽く握りしめる。


「あいつの本当の居場所がなくなってしまったからなぁ。どうにかして埋めてやりたいのだが。」


「…かごめちゃん、元気かな。」





弥勒と珊瑚の家を後にし、森の奥深くまで歩き進んだ。

大きな大木に寄りかかって地面に座る。

空を見上げれば雲一つない青空。




「身を固める…か、そんなこと出来るわけねーよ。」



小さく呟いた。




(女1人を幸せにしてやる力なんてない)




___







今夜の食材の買い物を済ませ、自宅へと戻ってくると早速母は、料理の準備へと取り掛かる。



着替えを済ませる為にかごめは部屋へと向かった。


箪笥を開けると目の前には緑色の制服。



これを捨ててしまったら、思い出までも消えてしまいそうで捨てられなかった。


「報告してこよう。」




着替え終わり、外に出ると小さな祠へと向う。


中には手を添えただけでギシッと音の鳴る木の痛んだ古井戸。




「ただいま。卒業式行ってきたよ。」




虚しく、自分の声だけが響き渡る底の見えない暗闇。






その暗闇に不安を感じるのは何故だろうか。




「冥道に独り取り残されたとき怖くて…あれ以来、この暗闇に飛び込もうとしていないからなのかな。」






かごめは覚悟を決めて井戸に足をかけた。




すると、いきなり暗闇から風が巻き上げ、驚いて足を下ろす。




恐る恐る覗き込むと、あるはずのない青空が広がっていた。


「そ、空が…!」


「かごめご飯よ?こんな所で何してるの?」


振り向くとエプロンを付けた母が驚いた様にかごめを見下ろしていた。


「ま、ママ!井戸の中に空が!」



その言葉を聞いた母はかごめの肩を抱いて優しく微笑む。




「どうしたいのかはかごめが決めて。」


かごめの頭の中には“行きたい”という言葉だけが木霊していた。




「うん…ありがとう!」


「やっとかごめらしく笑った。」


「え?」


「向こうの世界に行けなくなってから、笑っていても何処か辛そうだったのよ。部屋で泣いていたのも知っていたの。いつものかごめに戻ってくれてよかったわ。」


「…ママ。」


母の言葉に視界が歪んでゆくのが分かる。


「でも、せっかくご馳走作ったんだからご飯は食べててって?」




普段よりも豪華な料理を食べ終えると、食器を片付けた。


少しでも早く向こうに行きたい気持ちが行動に現れていたのか、弟が口を挟む。





「ねぇちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」


「あ、うん…ちょっとね。」


「かごめは犬夜叉くんに会いに行くのよ。」


「犬の兄ちゃんに?会えるの!?」


「愛じゃのう。」


「うん…まだ気持ちの整理がついてないんだけど。」


「きっと犬の兄ちゃん待ってると思うよ!」


「行ってらっしゃい。」



家族は笑顔で送り出してくれた。





昔のように古井戸に足をかける。
高鳴る胸の鼓動が収まらない。


気持ちに身を任せて井戸の中に飛び込んだ。








___








木にもたれながら犬夜叉はうたた寝していた。




すると、気になる匂いが鼻をかすめ、目を見開く。


「これは…。」


懐かしく、忘れるはずもないこの匂い。




勢いよく立ち上がると駆け出した。
目指す先には古い井戸。


「まさか…来たのか?」


恐る恐る井戸の中へ手を伸ばした。






___





暗い井戸の底から上を見上げると、真っ青な空が見える。

ひんやりと冷たく湿った空気や土の感触は3年前と何一つ変わっていない。

早まる鼓動とは別に、地に着いた足が重く、勢いで来てしまったものの期待と不安が入り交じりそこから動くことが出来なかった。



ガサッ



物音が聞こえ、顔をあげると手が差し出されていた。

見覚えのあるたくましい腕、大きな手のひら、何よりちらりとのぞく赤い衣がかごめの心臓の鼓動を更に早める。その音が静かな井戸の中に響き渡り、差し出された手の主に聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。


恐る恐るその手に触れる。

すると、力強く握られると同時に、上へと引き上げられて視界には青と緑の綺麗なコントラストが瞳に飛び込んできた。



「かご…め?」


風に掻き消えてしまいそうなその声は確かにかごめの耳へと届く。

黄金色した瞳はこれでもかというほどに見開き、凛々しい眉毛は持ち上がっている。


彼の瞳に映る自分が見える。
彼もまた、私の瞳に映る己の姿を覗いているのだろうか。

見つめ合って数秒、やっと呼吸が落ち着き軽く息を吸って吐き出した。

「た…だいま、犬夜叉。」

発した言葉と共に、視界が歪んでいく。

「かごめ!」

その言葉を聞いたときには既に彼の腕の中に居て、背中に回された手が小刻みに震えながらもしっかりと抱いてくれていた。

更に力を込められたことにより、衣服の擦れる音がする。

「かごめ…!っく…かごめっ!」

顔は見えないけれど、嗚咽を込めた声で泣いているのだと分かった。

まるで子供が泣きじゃくっているようだと可笑しかったが、あやすように背中を優しく撫でてやる。

「顔、見せて?」


腕の力が緩み、涙でぐしゃぐしゃになった最愛の彼の顔が露わになった。


「遅くなってごめんね。」


嗚咽の止まらない犬夜叉は恥ずかしくなって顔を逸らしたが、かごめは優しく犬夜叉の顔を両手で包んで自らと向き合わせた。

「私はここに居る。だからもう泣かないで?」

「嬉しくても…涙は出るんだ、ろ?おめーだって泣いてんじゃねぇか。」

「それ、3年前に私が言った台詞ね。」

小さく肩で笑うと、犬夜叉はその様子をじっと見つめながら呟やく。

「夢じゃ、ねぇよな?」


その答えを返す代わりに、今度はかごめが犬夜叉を強く抱きしめる。


この温もりに触れたかった。
この匂いに包まれたかった。


「ずっと待ってた。」


その言葉にやっと緊張の糸が解れる。


それは犬夜叉も同じだった。


少し大人びたけれど、笑顔や匂い、彼女の持つ優しい空気は変わっていない。



改めてお互いを見つめる。


「あれ?背伸びた?前より見上げてる気がする。」


「そうか?」



2人を包む風が祝福するかのように優しく吹いていた。



「か、かごめなのか!?」


後方から声がして2人で振り返る。
目を丸くし、口を大きく開けた子狐妖怪が立ちほうけて居た。


「七宝ちゃん!」


かごめがその名を呼ぶと、目に涙を浮かべながら七宝は走ってくる。
かごめはしゃがみ込み、両手を広げて出迎えた。胸にすっぽりと収まった七宝は泣きじゃくる。

「ひっく…かごめぇーおら、ずっと会いたかったんじゃぞ!」

「ごめんね…遅くなっちゃって。私も七宝ちゃんに会いたかったよ!」


小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「かごめ様?」
「かごめちゃん!」


弥勒と珊瑚が走ってきた。


「弥勒様…珊瑚ちゃん。」


「…これは幻では…ないですよね?」


目を見開きながら己を見つめる2人の姿に、かごめは笑いながら答える。



「ただいま!私、帰ってきたよ!」



珊瑚が涙ぐみながらおかえりと言葉をこぼすと、弥勒に抱かれている双子がその様子を見て口を開いた。


「はーはー泣いてるー!」
「だーれー?」

「かごめちゃんだよ。私達の大切な仲間だ。」

「かごめー?」
「めー!」

「弥勒様と珊瑚ちゃんの子供?…2人は結婚したのね!おめでとう!」


旅の中で2人の関係を秘かに応援していた為に、心の底から嬉しいと思った。


弥勒は双子を地面に降ろすと、かごめへと向って双子が走り出す。


飛びついてきた双子の頭をかごめは撫でる。

「こ、こら!今はおらが久しぶりにかごめと再会しとるというのに!」


「かごめちゃんは人気者だね。」

珊瑚と弥勒はその様子を見ながら微笑んだ。


「姫達、そろそろ帰りますよ。1番かごめ様の帰りを待ってたのは犬夜叉ですから、2人に時間をあげましょうね。」

その一言で犬夜叉の顏は真っ赤になる。

「ばっ…!何言ってやがる!///」

「そうじゃな…今は譲るとするかの。」


七宝も悪戯っぽく笑い、地面へと降り立つ。

「お、お前ら!勝手なこと言うんじゃねぇ!ったく…楓にも顏出すだろ?とりあえず村に行こうぜ。」

「あ、うん。」

「我々も行きましょうか。」


ドロンッと音をたてて七宝は変幻をし、宙に浮かびながら村の方へと向かう。

前には弥勒と珊瑚と七宝。かごめの横には犬夜叉が居て、3年前このように並んで歩いていた思い出が蘇り、かごめは嬉しくなった。


(私…本当に帰ってきたんだ。)






村に到着すると、村人が集まってくる。見覚えのある顏ばかりが並んでいた。

「かごめ様!帰ってきたのですね!」
「いや〜驚いた!」

その人混みの間から巫女の衣装を纏った老人が現れ、驚いた顏でかごめを見つめた。

「おぉ…かごめ!」

「楓おばあちゃん!ただいま!」

かごめが抱きつくと、楓は優しく頭を撫でてくれた。

「おかえり。ずっと帰りを待っていたよ。」





日が沈み始め、辺りはオレンジ色に染められていく。


声をかけてくれた村人達と話し込んでいたのだった。



「そろそろ日が暮れるでな、今日はこの辺にしようか。久しぶりに集まったのだから、今夜はわしの小屋に皆で来ると良い。」


「そうだ、かごめちゃんのお祝いしようよ。私が料理作るからさ。」


「おぉ!何だか楽しそうじゃのう!おらも手伝うぞ。」


「宴ですか。それは良いですねぇ…犬夜叉も賛成でしょう?」


「俺は別にどっちでもいいけどな。」


犬夜叉はそう言った後、かごめの方を見ると嬉しそうな表情を浮かべていた為に賛成せざるを得なかった。


その姿を横目でしっかりと見ていた弥勒は言う。


「犬夜叉も賛成の様です。」





___


楓の小屋からは美味しそうな匂いが漂い、いつもより賑やかであった。


宴の準備が着々と進められ、珊瑚の指導の元に七宝が食材を持って行ったり来たりしている。



「あたしも手伝うわ。」


かごめが立ち上がると、赤ん坊1人を背におぶせながら料理をしている珊瑚が言った。


「かごめちゃんはお客人なんだから、今日はゆっくりしてて?」


そのたくましい姿に、珊瑚は母親になったのだと改めて実感する。


「珊瑚ちゃんはもうお母さんなんだね。凄いなぁ。」


すると、背におぶさっている赤ん坊が泣き出してしまった。


「珊瑚ちゃん!抱っこしてもいい?」


いいよ、という返事と共にかごめの前に赤ん坊が差し出され、恐る恐る優しく抱いた。


「結構ずっしりくるのね…でも可愛いなぁ。この子弥勒様に似てるね。」


「スケベな所まで似なきゃいいんだけど…。」



2人顏を見合わせて笑った。








骨食いの井戸に腰かける弥勒、寄りかかりながら寝そべっている犬夜叉は夜風にあたっていた。


虫の音や草木が揺れる音が木霊する静かな夜。


「なぁ、犬夜叉…お前はこれからどうするのです?」

「どうするって何がだ?」



唐突で意味の分からない質問に、犬夜叉は眉をひそめながら顔を向けた。



「かごめ様のことですよ。ずっと待っていたのだろう?男なら好いたおなごを嫁に貰いたいとは思わんのか?」



先程とは違い、真剣な眼差しになりながら体を起こす。



「俺は半人前の半妖で、あいつは人間だ。おふくろと親父もそうだった…親父が先に死んでからは、ガキの俺にも分かるほどおふくろは寂しそうでよ。だから幸せにしてやれるのか不安なんだ。またかごめに会えたこと、生きてたってことが分かっただけで俺は嬉しいんだ。」


普段口にすることのない胸中の想いを並べていく。


「それに、あいつの生国は向こう(現代)で家族も居る。そう簡単にここで一緒に暮らしてくれなんて言えねぇだろ。」


反応の無い弥勒に目を向けると、弥勒は目を大きく見開き、驚いたような表情をしていた。


「な、なんだよ。」

「お前…そんなこと考えていたんですか。いつからそんなに物分りよくなったんです?」


「そんなこととは何だ!…冥道から現代に連れ帰ったあの日、かごめの無事を喜んであいつの家族は泣いてたんだ。それを見たらかごめの本当の生きる場所はここなんだって…大切に思ってるのは俺だけじゃねぇんだなって思ったんだよ。」


弥勒が腰かけていた体制を変えると、錫杖がシャランと音を鳴らす。



「今までお前の気持ちをかごめ様に伝えたことはあるのか?言わなければ分からないことなんてたくさんある。3年の時を経て井戸が繋がり、どうしてかごめ様が自ら会いにきてくれたと思う?」


その言葉を聞いた犬夜叉はピクッと耳が反応し、身を縮こませながら問う。



「…どうしてだ?」

弥勒は大きな溜息を一つ。


「だからそれを自分で聞けっつってんだろ。」



笑顔ながらも目の笑っていない弥勒の顔に、更に犬夜叉は小さくなる。




「犬夜叉ー!弥勒様ー!」


噂をすればかごめが片手を挙げ、走ってこちらに向かってくる姿が見えた。


「ご飯出来たよ!行こう!」

肩で息をしながら嬉しそうに言った。








目の前には食欲のそそられる匂いと共に、たくさんの料理が並ぶ。


「おら、もう腹ぺこじゃ。」

料理の数々を見つめながら目を輝かせる七宝。


「手伝ってくれてたもんね。今日はたくさんお食べ。」


「それじゃ皆準備はいいかの?」

楓の言葉にかごめ以外が小さく頷いた。

「え?何?」


「「「「「おかえりなさい!」」」」

「「なさーい!」」


双子含め、皆の祝福の言葉にかごめは目頭が熱くなるのが分かった。

「皆…、ただいま!」




現代と戦国の3年間の出来事をお互いに話し、変わらない犬夜叉と七宝の料理の奪い合いに笑ってかごめ歓迎会は幕を閉じる。


「かごめ、ちょっと来い。」


片付けをしてる最中に犬夜叉に呼び止められると、珊瑚は笑顔で後はやっておくからと言って送り出してくれた。


暗闇の中、無言の犬夜叉の背中を追いかけて歩く。


「どこまで行くの?」


返事がなく、かごめは少し不安になり立ち止まる。自分の後ろから足跡が聞こえなくなった犬夜叉は振り返った。


「もうすぐだ。来いよ。」


その真剣な瞳に不安が消えることはない。

言われた通りについてゆくと、楓の村全体が見渡せる丘へたどり着く。


昼間快晴だったおかげなのか、星々が煌めいていた。


「…綺麗。」


「よくここで昼寝してたんだ。昔、星が綺麗だの何だのって言ってたからよ、連れて来ようって思った。」



「覚えてたんだ…凄く綺麗ね!ありがとう犬夜叉!」



かごめに言われる『ありがとう』には昔からとても気持ちいいものがある。


ドカッとその地に座り込んだ犬夜叉は、かごめの顔を見つめる。座れというサインなんだろうと感じ取り、隣りにちょこんと腰掛ける。



「いつもの着物はどうした?」


何を言っているのだろうと思ったが、かごめは自分の服に目を向けてその質問の意味を理解した。
3年前は中学生であり、制服を着ていた。卒業を迎え高校生となり、そして卒業した。今着ているのは白のシャツに淡いピンクのスカートで、私服というものだ。


「うーんと、学校を卒業…って言っても分からないわね。でもあの服を着ることはもうないかな。」


「そ、そつぎょー?妖怪か?」


「違うわよ。んー、私がよくやってたテストってあったでしょ?あれを全部終わらせてきたの。」

「あの雑魚妖怪を全部倒したのか!?」


「そうよ。」

かごめは小さく笑った。


「犬夜叉はどう過ごしてたの?」


「俺は…。」


弥勒と一緒に妖怪退治をして稼いでいたこと。双子の御守りをよくしていたこと。


どんな風に生活してきたのかを淡々と話した。


「珊瑚ちゃんと弥勒様の結婚は本当嬉しいわ。お互いが好き合ってるって言ってたの間違いじゃなかったでしょ?」


「相変わらず弥勒の女癖は直らねぇけどな。」

「…それ大問題よ。」


離れていた3年間が嘘のように感じられる程、2人の時間を過ごす。
かごめの話を聞いていても意味の分からない言葉がたくさんあったが、元気でやっていたことが伝わり犬夜叉は嬉しかった。



「でもね、隣りに犬夜叉が居なかったのは寂しかったよ。」

その言葉に耳がピクッと反応し、かごめの方を見ると小さく蹲りながら顔を俯かせていた。



「俺もかごめが側に居るのが当たり前だったから、変な感じがしてた。」

「それ…寂しかったんでしょ?」


遠回しな言い方に少し落胆する。




「私ね、あっちに居る間、皆のこといつも考えてたんだよ。元気かなぁとか、ちゃんとご飯食べてるかなぁとか。後…。」


言ったきり黙ってしまったかごめを不思議に思った。


「かご…。」



「犬夜叉の隣りにはもう誰かが居るのかなって。」


かごめは膝をきゅっと握ったまま、黙ってしまう。
2人の間に沈黙が出来たが、それを破ったのは犬夜叉だった。



「くだらねぇ心配してんなよ。」


呆気ない返事。
勇気を振り絞って言ったかごめは肩を落としながら涙目になっていた。

「バカ。」

小さく呟いたと同時に体が引き寄せられ、犬夜叉に肩を抱かれていた。
顏をあげると横には整った顏と銀色の綺麗な髪の毛。

散々見てきたはずなのに見惚れてしまう。


「あ…の、犬夜叉?」

「かごめ…どうしてまた逢いに来てくれたんだ?」

「どうしてって。」


「お前の生国は向こうだろ。旅の最中だってあんなに帰りたがってたじゃねぇか。」

その言葉を聞き、かごめは深呼吸を一つ。


「いざ帰ってみたものの、こっちの生活の方が私には合ってるのかなーって思ったの。家族には心配かけちゃうけど…今までのことを忘れるなんて出来ない。犬夜叉を忘れたくない。それに…。」

と言い終わるうちに、視界が赤い衣で覆われていた。
ドクンドクンと早い心臓の鼓動が聞こえ、ここで初めて犬夜叉に抱きしめられているのだと気づいた。


「ま、回りくどいのは苦手だからはっきり言うけどな!」


聞こえる鼓動が更に早くなる。


「お前の代わりなんて居るわけねーだろ。俺の隣りはかごめだけだ。」


「犬夜叉…。」


かごめを自ら少し引き離し、顔が見えるように向き合った。


「お前が嫌じゃなかったらよ、その、…嫁に来ねーか?///」


一瞬時かごめの時は止まった。
目の前には頬と獣耳まで赤く染めた犬夜叉の姿。

「な、なんだよそのツラ。」


犬夜叉の言葉で意識が我に返る。


「え…?」


「半妖の俺なんかでよかったらだけどな。一緒に居ていいことの方が少ないかもしれね…。」

受け入れてくれるのか、断れるのかは犬夜叉の中で五分五分で、期待よりも不安の方が大きかった為に目線は地面を追いながら、自嘲的な言葉を並べてしまう。

その言葉を遮るかのように甘い香りが犬夜叉を包む。

かごめが強く抱きついてきた。


「人間と妖怪に無いモノをあんたは持ってる。今までたくさんの人を助けてきたのよ。誰よりも強いじゃない。」


気持ちの宿った言葉に心が安らぐ。


「犬夜叉の側に居て、同じものを見て生きていきたい。」

思ってもいなかった返事に、体が勝手にキュッとかごめ抱きしめ返していた。


すると、かごめの体が小さく震えている。

「どうした?」

大粒の涙を流しながら、ぽつりぽつりと言葉を並べ始める。



「ずっと側に居るって言っていたのに井戸が繋がらなくなって…犬夜叉を裏切ってしまったって罪悪感でいっぱいだったの。3年経って、今更会いに行っても迷惑だったらどうしようって不安で。」


「バカ野郎!俺は裏切られたとか、迷惑だなんてこれっぽっちも思ってねぇーよ!俺だって、現代でかごめが無事に暮らしてるならそれでいいと思ってた…でも、お前が側に居ないと俺は…だからもう泣くな。」


人差し指で涙を拭ってやる。


「今日は泣いてばっかりだな。俺のよ、嫁はそんなに弱くねーはずだけどな!///」


慣れない言葉を使う犬夜叉がぎこちない。

そんな姿が微笑ましかった。


「よろしくお願いします、旦那様///」

恥ずかしそうに頬を赤く染め、はにかんでいた。


その姿が愛おしくて堪らない。


「初めて俺の願いが叶ったのかもしれねぇな。」


自分が何処へ行こうと後を追いかけてきたこの少女は、3年経っても変わっていなかった。



自然とお互いの唇が近くなる。


昔、果たせなかったこの約束を今なら…。




ガサッ




「おい、そこに居るのは分かってんだ。」


「え?」



揺れる草陰から出てきたのは、弥勒と珊瑚と七宝。




「私達のことは気にせず続けなさい。」



弥勒に目隠しをされた七宝が暴れている。

「こら弥勒!前が見えぬではないか!」


「かごめちゃんよかったね!」

覗き見していたことを申し訳なさそうにしながらも、珊瑚は喜んでくれた。



「てめぇら!覚悟は出来てんだろうな!




犬夜叉は指を鳴らし、逃げる3人目掛けて高く飛び上がる。




その様子を微笑ましくかごめは見ていた。





時を経て結ばれた2人。

紅と白の衣が肩を並べて描き出すコントラスト。

再び新しい物語が2人を紡いでゆく。









Fin.





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