あかとあおの間でゆらゆらしたむらさきは、あかにもあおにもなれない





数えきれないほどの人間、薄っぺらい会話、絶える間のない雑踏。そんな中に見つけた色は、それはそれは美しくて、儚げで、こんな街にはひどく不似合いであった。青のインクを零したようにからっと晴れた青空で金色の太陽が笑っていたあの日に、俺達がもし出会っていなかったら……、――いや、結果的には、俺達は必ず出会っていただろう。きっとそういうもんなんだと思う。俺が、どうしてか惹き付けられてしまっていただろうから。今じゃすべてが結果論になっちまう、けど



(君スッゲー可愛いじゃーん!っていうか超俺のタイプみたいな?ハッ!もしかしてこんなところで会ったのは神様のいたずらだったりして?ということは君は神からの使いで池袋に舞い降りた天使!天使は人間の男に恋してしまうもんなんだぜ〜これ常識な!オーケー?え?人間の男って誰だって?決まってるだろ、紀田正臣、この俺だ!)
(………)

(てことでさ!君、俺とお茶しない?)
(…うん、)

(よっしゃあ!)
(あ、えと、…紀田正臣くん)

(なになに?お願い事?可愛い天使からのお願い事だったら俺なんでも聞いちゃうよ?)
(……わたしたちの関係が、一瞬だけじゃ、いやだよ?)




変なこと言う奴だな、これが関わってみてのあいつの第一印象。高校に入学して、沙樹から逃げるように暮らしていく自分。沙樹から目を逸らして、たくさんの女の子と関係を持つ。あいつもただの数えきれない女の子の1人になるんだろう、と思っていた。思っていたはずだった。


それが完全に俺の思い違いであったと気づいたのはいつだっただろう。あいつは池袋にいつもいるのか、俺達は毎日のように会うようになっていた。それは偶然のようであって必然だったのかもしれない。携帯の番号やメルアドは絶対に教えてもらえず、その代わりにあいつは「会いたいなぁと思ったらいつでも会えるよ」だなんて言ってたんだ。そんなんで会えるかよアホかと思うじゃん?でも、なぜか会えたんだよ。それも毎日。あるときはサンシャイン通り、またあるときは南池袋公園。まるで俺が来るところがわかってるみたいにばったり会う。
(…いや違うか。俺がいつでも会いたかったんだ。)――本当に本当に、あいつの言うとおりになってた。


(なぁ、おまえってさあ)
(ん?)

(ふらーっと死んじまいそうだって言われたことねえ?)
(あははっ!どしたの正臣くん)

(いや、言われるはずねーか。わりぃ)



あいつと共に日々を重ねるようになって、あいつはひとりでは生きていけないんじゃないかと思うようになっていった。自殺とかそういうんじゃなくて、…なんていうのかな、ハムスターとかの小動物みたいな。誰かが周りについてないと本当に危なっかしく感じるような奴で、ほっとけねえなって気持ちがむくむくと膨らんでいく。(もしかすると、初めて会ったときから、そんな気持ちが心の片隅で生まれていたのかもしんねえ)



(…夏になったらさ)
(ん?)

(電車で、どっか緑の綺麗なとこいこうな)
(…約束だよ)



緑が眩しくなりはじめた季節に初めて触れたあいつの手。(それはひんやりと冷たくて、折れてしまいそうに細くって、握ったら壊れてしまうんじゃないかと怖くなった)俺はあいつを池袋じゃないところに連れていってやりたくて。あいつには池袋なんて街は似合わないと思っていたから、違う景色を見せてやりたくて。余計なお世話と自分でもわかってた。ほんっとだめだよなぁ、結局はあんな約束、自己満足なんだって自分がいちばんにわかってたはずなのに。(でもさ、あいつの嬉しそうな笑顔が見れるだけで俺は満たされちまうんだ)



(正臣くんはずっとわたしの隣にいてくれるんだもんね?)
(なんだいきなり、そんなんわかりきってることじゃーん?)

(正臣くんが消えちゃいそうだったから、って言ったら笑うでしょう)
(おいおいおまえに言われたかねーよ!このフェミニスト紀田正臣が姫を置いてくように見えるか?答えはノーだ!)

(約束守ってくれなかったら、わたし、しんじゃうかもね)
(…おまえが言うと冗談に聞こえねんだって、やめてくれよ、まじで)

(あはは、冗談だよ。多分)




ずっと知らないふりをしていた。俺は本当にずるい奴だった。あんな知らない振り、ずっと突き通せるはずがないのに



(あいつと同じくらいに、沙樹も大切だったんだ)



黄巾賊内で大規模な喧嘩をして入院したとき、あいつは病院に来るなんてことはしなかった。いや、できなかったのだろう。あいつはきっと知らないんだ、俺が入院してたことなんて。ま、俺にとってはそっちのほうが都合が良かったけど。なんせこの病院には沙樹がいた。沙樹にしてみたら俺がいくら他の女の子と繋がりがあっても屁とも思わないだろうし、あいつにしてみれば沙樹の存在すら知らないんだから何でもないのだろう。でも、俺が、駄目だった、

結局俺は、
自分がいちばん
かわいかったんだ



何日かして傷が癒えてから、俺は沙樹とこの街を後にした。結果的に、俺はあいつを選ばなかった。選べなかったと言うべきか。いや、違う。俺は、『選ばなかった』。沙樹をあんなふうにしたのは俺だ、沙樹が大事だ、もうこの街にはいられない。そんな想いで、俺が手をとったのは、沙樹だった




何ヵ月か経って、俺は久しぶりに池袋に戻ることになった。池袋から離れて沙樹と一緒にいたときもずっとずっと俺の心の隅にはあいつの存在があって、会いたくて会いたくて仕方なかった。自分が思っていた以上にあいつの存在はでっけぇもんだったんだ。本当に俺は最低な野郎だよ。…沙樹が、隣にいるのにさ。


数えきれないほどの人間、薄っぺらい会話、絶える間のない雑踏。池袋の街は前から全く変わっていなかった。―――ただひとつを除いて。




「(どこにいんだよ…畜生ッ!)」



いない。あいつが、いない。どこを探しても見当たんねぇ。俺が会いたいって思ったときは、いつもいたのに。一緒にアイスを食べた公園、マンガを買いに行った本屋、暗くなってもしゃべりつづけた駅前のベンチ…あいつとの思い出の場所を次から次に巡って気づいた。池袋、全部じゃねえか。池袋のどこに行ったって見えてしまう、笑っているあいつの残像。そう、あっちにも、こっちにも



「(なんでどこにもいねぇんだ…)」



(……いなくなっちゃった正臣くんが悪い)



ふ、と瞼の裏にいたあいつがつぶやいた。ばかじゃねえの、俺。そうだよ。手を離したのも、全部全部、俺。紛れもない俺なんだ。(約束を破った今、あいつと会えるはずなんて、ない)




(すきだよ正臣くん)

ちいさな公園で、黒がオレンジを侵食していくのを二人でぼんやり眺めてながら、初めてあいつの気持ちを聞いたあの日。ちいさく、消えてしまいそうに呟かれた言葉を、俺は聞いていなかった振りをしたんだ、。





ふと顔を上げると抜けるような青空が広がっていて、ビルの隙間からは輝く太陽がこっちをじろりと見ていた。…まるであいつと出会ったときのような空だな、なんて考えてしまうなんて、悲劇のヒーロー気取りもいいところだ。俺はひとつ大きく深呼吸をして、そうっと目を閉じた




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1100912 ちせ
silencio様に提出

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テーマ「人外ファンタジー」
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