俺は榛名から無謀な恋愛をしそうだと笑われたことがあった。榛名いわく「おめーは周りを気遣いすぎ」らしい。はぁ、俺はあんたの性格見習いたいよ。でもまあ、さすが榛名、だてに長い付き合いしてないな。そうだ、確かに「いい人」以上にはならないって、昔言われたことがあったかもしれない



じーじーじー。俺は休養日の今日、武蔵野高の近くの小学校で自主トレをしていた。これは休養日でもそうじゃなくても、土曜日には毎週必ずしていること。太陽が空高くで汗をかく暑い昼も過ぎて、校舎の時計の短針は5を指していた。みんみんみん。絶えず鳴き続ける蝉が耳をおかしくさせる。あー、なにか冷たいものが飲みたいなあ



「あ、きまる、くん?」
「えっ」


振り返るとそこにはクラスメイトの女の子が立っていた。俺と彼女の距離はおよそ5メートル、微妙な距離。俺はちょっとドキッとした。…いや、ギクリとしたという表現のほうが適切かもしれない。だって昨日の練習中に榛名から、このこが好き、ってカミングアウトされたばかりだったから


「秋丸くん自主トレ?」
「うん」
「ひゃーすご!えら!」


彼女がまっしろなワンピースを着て頬をチーク(だっけ?)で淡く染め、小さなバックを持っているところを見ると、どこかに出かけた帰りのようだ。笑った顔が、すごくかわいい。俺がそうやって見惚れていると、彼女が不意になにか思い出したように「待ってて」と自販機のある道路に向かってワンピースをひらひらとさせながら走っていった


彼女が戻って来るまでの間、俺は素振りをしていた。榛名の好きな子、かあ。練習を止め、耳を澄まして蝉しぐれを聞く。よく聞く話だけど、蝉は3年も土にいるのに地上には一週間しかいられないらしい。暗い土の中でずっとうずうず辛抱しなければ日の光を浴びることができないのに、やっと浴びれたと思ったら七回しかお日様と会えない。なあ今聞いている蝉の声ははたして一週間前に聞いた蝉と同じ声をしているのかなあ


「あーきーまるくん!」


自販機のほうから彼女がばたばたと走ってきた。手には二つの缶ジュースが握られている



「どっちがいい?」
「じゃあポカリで」

「どうぞ」
「ありがとう、今度俺にもおごらせて」

「じゃー、頼むよ」



彼女はそう言ってにこりと笑った。俺はポカリをプシュリと開ける。彼女も同じようにお茶を開けた

「あのさあ、」

「ん?」
「あ、やっぱなんでもない」

「ふうん、?」
「、元希って、好きな人いんのかなあ」

「(きみ、だよ)」



ずきん。左胸にいる誰かが俺をガンガン叩く。ああ痛いからやめてくれ。彼女は何を言いたかったのだろうか、そんなこといやでも分かった。でもまさか追い討ちをかけるように一週間後、土曜登校の学校でまた左胸の誰かが暴れはじめるだなんて



「秋丸君!」

いつものように、廊下の遠くから彼女が俺の名前を呼ぶ。ばたばたと走って俺のもとに来た彼女の息は切れていて、それでもはち切れちゃいそうな笑顔はいつも通りにすっごく可愛くて


「あのね、わたしさあ、元希と付き合うことなったよ!」


ああ、やっぱりか。彼女のしあわせな顔を見ると、俺は複雑な気持ちになった。傍にいられるだけで充分だとか、言い訳探しばかりしている自分に腹がたった。結局俺はなにも、できなかった。なにかしようともしなかったじゃないか


「、おめでとう、」


外からみんみん、じーじーと蝉の鳴き声が聞こえる。一週間前と同じような蝉しぐれ。なあ、今日で終わりだと泣いているのか、それとも、俺が聞いたあの蝉たちとはもうちがうそれなのかな






生命の終わりに適した日






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110822 ちせ
 title by 花洩
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