※君シンドロームの続き
「ここら辺で一番高い家具屋、連れてって」
「いやいやいやいや流石にそれは駄目ですってお金無いんですから」
「だーいじょーぶだって」
大丈夫じゃないから白蘭さんそれ万引きするつもりですか法は犯したくないんですがわたし!でも笑顔の裏に書かれた「連れてけ」の文字が怖くて怖くて連れて行くしかなかった。
「そもそもどうして高い物なんですか」
「堅いベッド嫌いなんだよね僕。あのベッドも寝心地悪かったし。どうせなら寝心地良い奴で寝たいじゃん。名前チャンもそう思うでしょ?」
「……」
前から思っていたけれど、白蘭さんは時々お坊ちゃまのような話し方をする。天使はみんなお金持ちなのだろうか。いや、天使にだって格差くらいはある筈だ。全ては憶測でしかないし、白蘭さんが話してくれることは無いのでわからず終いだ。
「一番高いベッド見せて」
「かしこまりました」
でも本当、大丈夫なのかな、わたしお金持ってないんだよ?白蘭さんも空から降ってきたんだし、持ち物でお金なんて見たことないし…そう思いながら店員さんの後をついてゆく。
「こちらでございます」
「ふぅん、こんな安っぽいのしかないの?駄目だね、次行こう名前 チャン」
「えっ白蘭さん!」
ベッドに付いた値札表示はゼロがいくつも並んでいてこんな高級なもの買える訳ないのに少し手で触っただけで安物としてしまった。白蘭さんどれだけお坊ちゃま…って、もうこれ以上高い家具屋なんて知らないよ!
「お待ち下さいお客様!」
「何」
「あとはVIPルームになりますが…」
「なぁんだ、あるなら最初から見せなよ」
「申し訳ありません」
この店VIPルームなんてあったんだ…!それを向こうから出させる白蘭さん何者!?でもこのわたしがVIPルームに入れるなんてそうないからちょっと楽しみ。連れてこられたのは奥の奥のそのまた奥の部屋。今までの店内とはがらりと雰囲気を変え、重厚感のあるゴージャスな部屋だ。
「で、どれ?」
「こちらでございます」
「うん…ダブルか。キングのロングは?」
「注文していただければ1ヶ月後には御自宅へ…」
「1ヶ月?はぁ…でもこれじゃなきゃヤだし…いいよね名前チャン?」
「え、あの…」
触り心地を確かめた後、この種類に決めたらしく、どんどん話を進めていく。キングサイズって、本当に部屋をベットで埋める気なのね…。でもお金…わたしの全財産出してもこんな額手が届かない。
「おーい名前チャン?」
「こんな高いベッド…無理ですよ…」
「今値段のことなんか聞いてないの。名前チャンはこのベッドでいいかって聞いてんの。ほら此処座ってみて」
「おわっ」
強制的に座らされたベッドの上、こんな高い商品の上に座ってしまっていいのかという焦りの中、ベッドは今まで座ったどのソファや椅子、ベッドよりも柔らかく、わたしを睡眠へと誘った。
「これ、凄いですね…」
「でしょ?じゃあ決定ね。これでお勘定宜しく」
「かしこまりました」
白蘭さんが店員さんに渡したのは真っ黒な四角い物だった。…ってあれはもしかしてお金持ちしか持てないという有名な…
「ブラックカード!?」
「名前チャン煩い」
「すみません…」
ブラックカードって本当に実在するんだ、初めて見た…ということは白蘭さんは本当に本当のお坊ちゃま…!天使界と此処と、ブラックカード共通…!?
白蘭さんは何者なのか、どうしてそんなにお金を持っているのか、聞きたいけれど、何となく昔の話はタブーな気がしてそう簡単に口にはできない。
*****
「今日の夕飯何にする?」
「何食べたいですか?」
「質問に質問で返さないでよ」
「…だって」
白蘭さんが何食べたいか、それが夕飯の基準に決まっているじゃない。わたしのことはどうだって良いんだもの。そもそも不味いと言い始めたのは貴方だし。
「あれ、拗ねてる?」
「拗ねてません!」
「拗ねてるんだ、かわい〜」
「っ…!」
いま、白蘭さんかわいいって…!初めて可愛いって言ってくれた…。赤くなった頬を隠しながら白蘭さんを見るとお菓子コーナーに飾られたパッケージの商品を見ながら可愛いなんて言っている。くそ、自分だけ自意識過剰じゃないか。そうだ、白蘭さんがわたしを可愛いなんて言う訳ないって…何考えてるのわたし!
「これ買って」
「嫌です」
「僕マシマロ無いと生きられないの」
「今まで生きてたじゃないですか。それにマシュマロです」
「もう死にそう。買って、マシマロ」
「1袋ですよ」
「それじゃ足りない、1日3袋…」
「どれだけ食べるんですか!糖尿病で死にます!」
「じゃあ1日1袋だから…」
「5袋しか買いません!」
真っ白な人がマシュマロ好きってどういうことなの。とことん天使ポジションを確立したいのだろうか。
「…何そんなに怒ってるの?」
「怒ってません!」
「名前チャン怒ってるよ」
「それよりご飯どうするんですか」
「オムライス」
「卵とチキンライスになりますけど」
「ホンット下手だねー」
「じゃあ白蘭さんやってくださいよ」
「ヤだってば〜」
我が儘天使は今日も折れないらしい。白蘭さん、本当に料理出来ないのかな、何でも自分でこなしちゃうようなイメージがあるから料理くらい出来そうなのに。めんどくさいって言っただけで、本当は出来るのかも。
「料理なんてしたことないし」
「ないんですか」
「うん。卵割ったこともご飯炊いたこともない」
「えっ…」
それはそれで───凄いな。随分と甘やかされて育ったんだな、きっと。包丁も持ったこと無さそうだし、料理未経験者をキッチンに立たせる訳にはいかない。もしこれで包丁持ったことあるなんて言われたら恐怖だ。
「ねえねえ」
「はい」
「あとで服買って」
「あぁ、はい。そうですね、ないですもんね」
「うん」
結局、オムライスの材料を手に入れて、その後、これまた高値がついている紳士服店へ。白蘭さんのファッションショーを見たあと、気に入ったものだけ購入した。殆どの服を着こなしてしまうので凄いというか流石白蘭さんというか…。買って、とか言っていたのに結局自分のカードで払ってしまう。よくわからない。
*****
「…白蘭さん」
「ん?」
「何してるんです?」
「名前チャンを抱きしめてる」
「それはわかってます!後ろから抱きつかれてちゃ料理できないんですが!」
「頑張って〜」
「他人事だと思って…!」
さっきまでマシュマロを食べていた筈の白蘭さんは、いつの間にかわたしの背後に立っていて、あまつさえ抱きつかれた。マシュマロはわたしが出した大きな瓶に収められ(白蘭さんがそれを望んだのだけれど)テーブルの上に置かれている。
自分よりも大きな人が抱きついてるんだからあまり動けないし、たまに顎を肩に乗せてわたしの反応を伺うから気が気じゃない。というかそのうち手元狂いそうだよ。…失敗しても白蘭さんの所為だから!
「失敗を他人の所為にしないでよ」
「えっ!今、見っ…」
「さぁ?」
白蘭さんに構っていると「ほら、焦げるよ」なんて言われてしまって誰の所為でと思うけれど口には出さない。白蘭さんに構わないことが賢明だって気付いた。
「よし、できた」
「名前チャンのオムライスにケチャップかけてあげるよ〜」
「あ、はい」
冷蔵庫からケチャップを取り出してきて、わたしのオムライス(チキンライスと卵っていうのは白蘭さんが非常に嫌がったので乗せただけだけれど)に「ビ ャ ク ラ ン」と書いた。
「どういうことですか?」
「ん?僕の名前」
「知ってますよ、そんなことは」
「名前チャンも書いて〜」
「えっ」
まじでか。ケチャップを渡され少しサイズの大きいオムライスをわたしへ寄越した。どうしよう、この流れだと相手の名前を書くんだろうけど、わたしはわたしの名前を書くなんてことは出来ないし…勿論恥ずかしいからだけど。
「名前チャン早く」
「あ、えっと」
「……ようこそ」
「はい。わたしの家に、いらっしゃいませってことです」
良く来てくださいました。拾ったばかりの頃はこんなこと思うなんて少しも思ってなかったけど、時間って恐ろしい。人の考えまで変えてしまう。今更だけど、いや、今だからこそ、言ってもいいんじゃないかって、思ったんだ、この言葉。ようこそ、わたしの家へ。
終わった幸福
「不味い…」
「えっ」
120513 written by Aoko