記憶の彼方


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11章


「ユウナ、大丈夫かなぁ……」

「ふふ、サクラは本当に心配性ね。ユウナならきっと大丈夫よ」

「キマリ、ユウナを信じる」

「そうだね。信じて待つしかないね」

私は今ビサイドの寺院、控えの間で召喚士を待っていた。
正確には従召喚士か。
キマリ、ルールー、そして私。
今祈り子様に会いに行っている従召喚士ユウナのガードだ。

10年前、私はキマリに連れられユウナと一緒に、ここビサイドに来た。
キマリに会う前、私はベベルのお祭り騒ぎの中にいた。
何故お祭り騒ぎをしているのか、ここがどこだかも分からない。
何故自分がここにいるのか、どうやって来たのかも分からない。

分かるのは自分の名前だけ。


そう、記憶がなかった。

よく分からないまま、長い橋のほうへ向かうとひとりの少女がいた。
少し離れたところで、彼女と同じように広い平原を眺めていたらキマリが現れたんだ。
ブラスカの娘、そして赤いブレスレットをしたサクラという女を探しているって。
少女は一歩後退りながら『わたしがブラスカの娘です』って凛として答えた。
私も見たことのない獣のような風体に身構えながら答えた。

『私が……サクラです』

そしたらキマリは私の手のブレスレットを見て言ったんだ。

『ベベルから一番遠いところへお前たちを連れていく』

『これは死にゆく者の願いだ』

それを聞いた少女は堰を切ったように泣き始めた。
少女には心当たりの人物がいたのだろう。


死にゆく者……


私には頭をよぎる者すら思い付かなかった。
それからベベルを離れ、ビサイドまで3人で旅をした。
ビサイドに着けばユウナは泣いて、寺院から出ていこうとするキマリに行かないでってしがみついてたっけ。
ビサイドではワッカやルールー……チャップと会って、皆家族同然で過ごしてきた。
何も分からない私に皆は色々教えてくれた。

スピラのこと、『シン』のこと、召喚士のこと―――

ユウナが召喚士になるって言った時も皆で反対したよね。
でもユウナの決意は揺らがなかった。
だから皆でユウナのガードになったんだ。
足手まといにならないように白魔法、黒魔法も覚えた。
キマリを除けば私が一番歳上なはずだし、しっかりしなきゃ。

しかし、祈り子の間の前で待っているとどうしても心配になってしまう。
我が子を初めておつかいに出すお母さんの心境だ。


丸一日待ったのではないか。
しかし、私達が待ち望んでいた方とは反対の扉が開いた。

そこから出てきた人物にルールーは深い溜め息をつく。

「なんであんたがくるわけ?私たちじゃ不安だった?」

「いや、その、つい……ほら、やっぱり怒っただろーが」

扉から出てきたもう一人のガード、ワッカはルールーの言葉にビクビクしながら隣にいる少年に耳打ちする。

少年?

ビサイドでは見かけたことのない子だった。
だけど……なんだか彼に似ている。
ルールーも少年を見て一瞬目を見開いた。
君は?と聞く前にその少年は疑問をぶつけてくる。

「ショーカンシは大丈夫なのか?」

「あんた、誰……?」

私が疑問に思っていたことをルールーが代弁してくれた。
だってここは召喚士、従召喚士、ガード以外は入れない場所。
ユウナのガードは私を含めて4人のはずだ。
この少年の正体を予想しようと頭を回転させ始めた時、待ち望んでいた扉が重たい音を鳴らし開いた。


我らが従召喚士は扉から出てくるなり倒れ込みそうになる。
咄嗟に手が出るがそれより先にキマリの足が動く。
やっぱり頼りになるなぁなんてほっとしてキマリの方を向けば、支えられていた少女は自分の足でしっかりと立ち自信に満ちた笑顔を私達に向けた。


「できました!私召喚士なれました!」


その言葉を聞いて嬉しさの反面、胸が締め付けられるような感覚にもなる。

「ユウナ、お疲れ様。おめでとう」

「ありがとう、みんな」

それでも私はユウナを祝福した。
だってこれがユウナが望んだことだから。
この先に待っている事も承知の上で。


それから私達は寺院の外に出た。
ビサイド中の人達がユウナを囲む。
無事召喚士になれたからという理由もあるのだろうが、ユウナだからこんなにも皆が祝福してくれるのだと思う。

ワッカの「いいぞ!」という言葉に返事をし、ユウナはヴァルファーレを召喚した。

召喚獣を見たのは実はこれが初めてだった私は、他の人達と同じく歓声を上げていた。

「綺麗だね……」

「そうね」

その召喚獣は美しい羽根を身に纏い優雅に空を飛んでいた。

これが召喚獣。
これからユウナの力になってくれる子。
自然と私はヴァルファーレにあいさつをしていた。

「よろしくね、ヴァルファーレ」

『こちらこそ』

「!?」

「どうしたの?サクラ?」

すぐ隣にいるルールーには聞こえなかったのだろうか?

「今ヴァルファーレの声が聞こえなかった?」

「私は聞こえなかったけど……」

幻聴?

でもはっきりと聞こえた。
ユウナがヴァルファーレを戻してしまったので再確認は出来なかったが。

そういえば、さっきの少年は……
あ、ワッカと一緒にいるみたい。
彼のことも気になったが、今はユウナを休ませることが優先だ。
少年のことはワッカにまかせて、私とルールーはユウナのもとへと駆け寄った。

「ユウナ、お疲れ様」

「サクラ、ルールー」

「夜までひと休みしよう」

私とユウナは今、同じ家に住んでいる。
このビサイドに着いてからずっと一緒だ。
自分の歳もよく分からないが、歳の離れた姉妹のような……はたまた親子のような……前者のほうでありたいと願うが。
私はユウナと長年暮らしてきた家へ向かった。
ユウナが召喚士になったということはここにはもう一緒には戻って来られないかもしれない。
私は一歩一歩踏みしめるように帰路についた。


―――――


その日の夜。

召喚士の門出を祝う為、村人皆で集まっていた。
ユウナの所に先程会った金髪の少年が近付いてくる。
周りのご年配方は「掟やぶりめ!」「召喚士様に近づくでない!」とユウナから少年を遠ざけている。
私はそこまで掟だのなんだのは気にしない方だったから、少年のやったことがそこまでとは思っていなかった。
むしろ心配して来てくれたのだから、心優しい少年なんだろう。

「でも元はといえば私のせいですから」

ユウナはそう言ってその場から立ち上がり、散々お婆様方に煙たがられていた少年に歩み寄る。

ワッカから少し聞いた。
ティーダという名前。
ワッカと一緒にブリッツをやるということ。

『シン』の毒気にやられたようだということ。

……ザナルカンドから来たということ。

最果ての地、ザナルカンド。
これからユウナが目指す場所。
今は遺跡となっている場所。
でも私には何だか懐かしいような場所で。
行ったことなんてない筈なのに、頭の片隅に何かがひっかかっている。

「ユウナです。さっきはありがとうございました」

ユウナの柔らかい声で現実に引き戻される。
掟やぶりと言われた少年にお礼なんか言っちゃってる。
なんの偏見もなく人を信じ、真っ直ぐに向き合える。
これがユウナなんだ。
そのユウナの言葉に私も自然と口角が上がる。

「え?あ、助けに行ったことか?でもさ、アレまずかったんだろ?俺余計なことしちゃったよな」

「いいの、私が未熟だったから」

「ああ、あのさ召喚獣見たぞ、すごかった」

「ほんと?私大召喚士になれると思う?」

その問いにティーダは直ぐ様頷く。
『シン』の毒気にやられているということは大召喚士になるということがどういう事なのかもわからないということか……
……まぁ私だって10年前は似たようなものだったな。
もしかして私も『シン』の毒気にあたったのかな、なんて。

ユウナとティーダの会話に傾けていた私の耳に幼い声が入ってくる。

「ユウナさま、もっとお話ししようよ!」

小さいその子の目線に合わせるようにユウナはかがんで頷き、そしてティーダに向き直る。

「じゃあ、また明日」

「明日って?」

「明日は同じ船で出発でしょ」

「あ、そうなの?」

ワッカのチームとしてブリッツの試合に出るということは行き先は同じ、ルカだろう。
本当に何も知らない、10年前の私を見ているようだ。
しかし、この子は明るい。
その髪色と同じ、太陽のような少年だ。
その雰囲気がまた私の頭の奥を刺激する。
底抜けに明るい、そんな男も知っているような……

「サクラ?」

ティーダを眺めていたら声をかけられた。

「ふえ?」

「どうしたの?彼のこと知ってるの?」

いつの間に戻ってきたのか、私の顔を覗き込むユウナ。

「いや、なんか昔彼にそっくりな人を見たことがあるような気がするなぁ……なんて考えてたの」

「そっか……明日同じ船だと思うし、一緒にお話ししてみようよ。……記憶が戻るきっかけになるといいね」

「うん……そだね」

もう10年も前のことだ。
私にはユウナ達と過ごしてきた10年がある。
そこまで過去に執着することはなくなっていたけど、何か大事なことを忘れているような気がする。
出来れば思い出したい。
この旅でスピラを回れば、もしかしたら記憶を取り戻すことが出来るかもしれない。
そんなことも考えていた。


―――――


「そんなに荷物持っていくの?」

夜が明け、出発の準備中。
ユウナは一人で持って行くには大きすぎる荷物をまとめていた。

「だって寺院にお世話になるんだからお土産は必要でしょ?」

「そうかなぁ……」

絶対ルールーに突っ込まれると思う。
重たそうに荷物を抱え、扉を開ければ早速ルールーからの突っ込み。

「そんな荷物、邪魔になるだけよ」

「あ、私のものは何もないの。お世話になる寺院へのおみやげ!」

「ユウナの旅、そんなんじゃないだろ?」

そう、ただの旅行とは違うのだ。
ワッカの言葉にうつむいてしまう。

「そっか、そうだよね」

持ってきた大きな荷物をその場に置いて、皆の元へと歩き出す。

「じゃあ、しゅっぱぁつ!」

ワッカ、ルールー、ティーダが先へと歩を進める中、ユウナは今来た方を振り返り寺院に向けてお祈りをする。
そんなユウナと目を合わせお互い笑顔で頷く。

「行こう!」

「うん!」


―――――


港までの道のり、キマリがティーダに襲い掛かる。

「キマリ!?」


それまで武器を使ったこともなかった少年がキマリとほぼ互角に渡り合っている。
ブリッツ選手ってそれだけで運動神経がずば抜けているのかしら。
自分の運動神経のなさが恥ずかしい。

「もういいだろ!」

ワッカの言葉でキマリはその槍を下ろす。
いきなり襲われた当の本人は驚きとも怒りとも取れる言葉を口にする。

「なんだよアイツ!」

「キマリ=ロンゾ……ロンゾ族の青年。魔物の技をおぼえて使いこなす」

「そういう意味じゃなくて」

きっと何でいきなり襲ってくるんだよ!という意味なんだろう。

「たぶん君のこと試したかったんだと思うよ」

「はあ?」

「キマリもユウナのガードだからね」

「そういえばあんたは……」

「あ、ごめん。私はサクラ、私もユウナのガードだよ。よろしくね、ティーダ」

「お、おう」

「キマリってとっても無口だから私達にもよくわからないんだ。でも10年前から私とユウナのことずっと守ってくれてるの」

「ふうん」

ちゃんとティーダと話したのはこれが最初だったと思う。
キマリのこと誤解されたくないから、私は説明した。
無口ってそれだけで損だよ、キマリ……


次に私達を襲ったのは紛れもない魔物だった。

「飛んでるヤツはワッカの担当だろ?」

「まあ、まちがっちゃねえけどよ……せっかくだ!召喚士様にいいとこ見せてもらおうぜ!初の実戦ってやつだ、いっちょキメてくれ!」

「修行の成果見せてちょうだい、がんばって!」

「ユウナ、ファイト!」

「はいっ!」

昨日ビサイドで召喚してみせたヴァルファーレをユウナは呼んだ。
やはり召喚獣の一撃は強力で、魔物はあっという間に幻光虫となり消えていく。

そういえば……

昨日ヴァルファーレの声が聞こえたような気がした私は、今度は心の中で話しかけてみた。



ヴァルファーレ、聞こえる?

『うん、聞こえるよ』

やっぱり、これはヴァルファーレの声なんだ。
周りを見ても皆不思議そうにしている人はいない。
私にしか聞こえない声。

逆に今度はヴァルファーレの方から話しかけられる。

『サクラ……今度こそ、この死の螺旋を終わらせてほしい』

死の螺旋……?

『そう、わたしたち全ての召喚獣の願いでもある。頼んだよ』

そう言い残してヴァルファーレは戻っていった。

何の話し……?
今度こそって?

「サクラ!行くっすよ!」

「あ、うん」

ティーダに呼ばれた私は考えることをやめ、皆を追いかけた。



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