記憶の彼方


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10章


俺に寄りかかって眠る女。
規則正しい寝息が聞こえる。
その寝顔は夕焼けに染まってとてもきれいで……儚く見える。
ここに二人きりだったら思わず抱き締めてしまいそうだ。
今ではそれ程に愛おしく想う。

お前はいきなり俺の目の前に現れた。
初めは得体の知れないお前に正直警戒をしていた。

……お前の涙を見てからかもしれない。
心からお前を守りたい、そう思うようになったのは。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
気付かせてくれたのはお前だったな。

……いや、この気持ちが何かなんて自分でも気付いていたのかもしれない。
人を愛することが俺にも出来るなんて信じられなかったのかもな。

このザナルカンドが近付くにつれて、お前はブラスカ様を死なせないようにするにはどうしたらいいんだろうと何度も相談してきたな。
結局答えは出ないままだ。
俺だってそんな方法があるなら真っ先に知りたい。
正直今だって心が揺らいでいる。
この先俺はブラスカ様を見届ける覚悟があるのかと。

なぁ、目が覚めたら今度は二人で言ってみないか?
旅やめましょう、帰りましょうって。

しかし、ふと思う。
お前はスピラではない、どこかから来たということを。

『元の世界に戻れるまで守ってやる』

そんなことを言ったのを。
お前はいずれ……いなくなってしまうのではないかということを―――

ナギ平原でお前のペンダントが光った時、俺は不安に駆られた。

お前が元の世界に戻れる―――それはお前にとって喜ばしいことなのに、俺はそんな日が来なければ良いとさえ思ってしまった。

……最低な男だな、俺は。

お前を―――サクラを失うことが怖かったんだ。

だからあの時、ここから消えてしまわないように、俺から離れてしまわないようにサクラの手をとった。
これからも常にサクラと共に在りたい。
ペンダントの光は俺の杞憂であってほしい、そう願った。

それなのに―――眠っているサクラの胸元で光るそれは更に輝きを増している。
どうしても不安を拭い去ることができない。
俺はたまらずサクラの髪を掬い取るように撫でる。

その目を開けて、その優しい声で、その触れたくなるような唇で、また俺の名を呼んでくれ……


サクラの髪を掬い上げていると、その髪は夕陽の光を浴びてキラキラと煌めく。

「!?」

気付けばその煌めきはサクラの身体全身に及んでいた。

「サクラ!!」

「サクラちゃん!?」

「サクラさん!?」

俺の叫びに反応した二人もサクラの姿を見て驚いている。

何が起こっている?

「おい!!起きろ!!」

いくら身体を揺さぶってもその人は目を開けない。

頼む……!
行かないでくれ!!
俺の側から離れないでくれ!!

俺はサクラをこの場に留めたい一心で、きつくその身体を抱き締める。
まだ体温を感じる。
しかし、俺の願いは虚しく。
その身体を包む淡い光は徐々に濃くなっていき―――





ふわぁっ……






俺の目の前に現れたその時と同じように。





消えた―――






「サクラ……?」




つい数秒前まで俺の胸の中にあった愛しい存在の名を呼ぶ。

名を呼べばお前のいつもの返事が返ってくる気がして。

だが、もう俺の胸の中は空っぽで。

返事は何も聞こえなくて。

まだ温もりの残る自身の手を見つめ呆然とする。





「嘘……だろ……」




これはジェクトの声か。



嘘であってほしい。
夢であってほしい。

そう思わずにはいられない。





「……俺、辺りを探してきます。まだ近くにいるかもしれない」

「アーロン……」

立ち上がるとふらついた。
何だ?
上手く足が動かない。

よたよたと歩を進め、辺りを見回すがそれらしき姿はない。


どこにもいない―――


そんなことは分かっていた。
こうなる予感もあった。
でも認めたくない。
覚悟なんて到底出来ていなかった。







「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」









「アーロン……」

「サクラちゃん、どこ行っちまったんだ……?」

「わからない……だがあの消え方……もしかすると元の世界に戻れたのかもしれないね」

「ああ、そうか……そういやスピラの人間じゃなかったんだよな」

「アーロン……大丈夫だろうか」

「サクラちゃんにゾッコンだったしな……俺達のショックなんかとは比べ物になんねぇだろうな」








胸を抉られるような痛み。
全身から血の気が引いていく感覚。

自分の中に堪えきれず吐き出した。

「あ……あっ……」

なんて情けない姿だ。
こんな姿をあいつが見たらなんと言うか。


『アーロンさん』


サクラの声が甦る。
きっとあいつは元の世界に戻れたのだろう。
それはあいつの幸せだ。
それをこんな情けない姿で送り出してどうする。
俺は両手で自身の頬を思い切り叩く。


ぱしぃん!


そんな音が響き、ひとつ大きく息を吸い吐き出す。
呼吸を整え、元来た道を戻る。


戻れて良かったな。
幸せになれ。

そう愛しい人に呼び掛けながら―――


―――――


「取り乱してしまって申し訳ありませんでした」

ブラスカ様の元に戻り、自分の行動を詫びる。

「そんなことはないよ」

「もういいのか?」

ジェクトにまで心配をかけさせてしまったのか。
本当に情けない。

「ああ、悪かった」

「何も悪いことなんてねぇよ。大切なヤツと離れるってぇのは……その……なんだ……」

「……ああ、後は幸せであってほしい、それだけだ」

ジェクトも大切な者達と離れるという経験をしている。
その気持ちが今ではわかる。
願うことしか出来ないが、心から思う。
大切な者の幸せを。



人を愛する幸せを教えてくれた君へ



願わくは


この先、幸多き人生が待っていますことを―――



―――――



翌朝。

「……時間だ」

ブラスカ様は予定より出発時間を遅らせてくれた。

「はい、参りましょう」

いくら待ったってサクラは戻ってこない。
心の隅では少しは期待していたのかもしれない。
しかし、これ以上待つわけにはいかなかった。
本来の目的があるのだから。

それから俺達はエボン=ドームの中へと入っていく。

「なぁブラスカ、やめてもいいんだぞ」

「気持ちだけ受け取っておこう」

「……わーったよ、もう言わねぇよ」

「いや、俺は何度だって言います!ブラスカ様、帰りましょう!あなたが死ぬのは……いやだ……」

ジェクトも同じ気持ちだったようで、これからブラスカ様が行おうとしている事をとめようとする。
ここにサクラがいたら同じことを言っただろう事を、俺は情けない声で懇願していた。
こんなことを言ったってこの人の決心は揺らぐことはない、そう分かっていたって言わずにはいられなかった。

「君も覚悟していたはずじゃないか」

「あの時は……どうかしていました」

「はっはは、私のために悲しんでくれるのはうれしいが……私は悲しみを消しに行くのだ。『シン』を倒しスピラをおおう悲しみを消しにね。分かってくれ、アーロン」

……分かっている。
あなたがこのスピラを想う気持ちは痛いほど分かっている。
だからもう何も言えなかった。

ブラスカ様の足は止まることなく進む。
そして、遂に祈り子の間に着いてしまった。

「では行ってくるよ」

「ああ」

返事をするジェクトとは対象的に、俺は視線を落とし見送ることが出来なかった。
だが、思ったより早くその人は戻って来た。

「いない……祈り子様がいないんだ……究極召喚がない」

「ああん?究極召喚がねえだぁ!?」

その言葉に俺は顔をあげた。

嬉しかった。
究極召喚がなければブラスカ様が死ぬこともない。

「来てみてくれ」

ブラスカ様に促され、俺達は祈り子の間に入った。
そこにあったのはゼイオン様の像。

「これはただの石像なんだ」

すると、老人が現れる。

「その像はすでに祈り子としての力を失っておる。ゼイオン様はすでに消えてしまわれた」

「では究極召喚は……」

「安心なされい。ユウナレスカ様が新しい究極召喚をさずけてくださる。奥へ進むがよい、ユウナレスカ様のみもとへ」

俺の淡い期待はすぐに崩れ去った。
究極召喚がなくなったわけではないのか―――

ブラスカ様はその老人が示した先へと進む。
俺達もその後を追った。





「ようこそザナルカンドへ」

「ユウナレスカ様……」

俺は自分の目を疑った。
初めて究極召喚を行い、ナギ節を作った人物。
約1000年前の人物がそこにいた。

「長い旅路を越え、よくぞたどりつきました。大いなる祝福を今こそさずけましょう。わが究極の秘儀……究極召喚を……さあ、選ぶのです」

選ぶ?
何をだ?

その人は淡々と言う。

「あなたが選んだ勇士をひとり、私の力で変えましょう。そう……あなたの究極召喚の祈り子に」

「何だって……」

その言葉に今度は耳を疑った。

「想いの力、絆の力、その結晶こそ究極召喚。召喚士と強く結ばれた者が祈り子となって得られる力。ふたりを結ぶ想いの絆が『シン』を倒す光となります。1000年前……私は我が夫ゼイオンを選びました。ゼイオンを祈り子に変え私の究極召喚を得たのです」

究極召喚のまだ知らなかった真実に驚きを隠せない。

「……少し考えさせてください」

ユウナレスカ様は柔らかい笑顔を携え頷き、奥の間に消えていく。


少しの沈黙の後、最初に声を出したのは俺だった。

「まだ間に合う、帰りましょう!」

「私が帰ったら誰が『シン』を倒す。他の召喚士とガードに同じ思いを味あわせろと?」

「それは……しかし、なにか方法があるはずです!」

「でも今はなにもねぇんだろ。決めた。祈り子には俺がなる。ずっと考えてたんだけどよ……俺の夢はザナルカンドにいる。あのチビを一流の選手に育て上げて……てっぺんからのながめってやつを見せてやりたくてよ。でもな……どうやら俺、ザナルカンドにゃ帰れねぇらしい。アイツにはもう会えねえよ。となりゃ俺の夢はおしまいだ。だからよ、俺は祈り子ってやつになってみるぜ。ブラスカと一緒に『シン』と戦ってやらあ。そうすれば俺の人生にも意味ができるってもんよ」

「ヤケになるな!生きていれば……生きていれば無限の可能性があんたを待っているんだ!」

無限の可能性……
俺は自分に言い聞かせるようにジェクトに言った。

「ヤケじゃねぇ!俺なりに考えたんだ。それによアーロン、無限の可能性なんて信じるトシでもねぇんだ俺は」

俺は友たちを止めることが出来ないのか。

サクラ、お前だったら何と言う?
どう言って止めたらいい?

「ジェクト」

「なんだ、止めても無駄だぞ」

「すまん……いや、ありがとう」

「ブラスカにゃまだ『シン』を倒すって大仕事が待ってる。俺のぶんまでブラスカを守れよ」

「ぐっ……」

「んじゃ行くか!」

「ブラスカ様!ジェクト!」

ユウナレスカ様の元へ行こうとする友たちを呼び止める。

「まだなんかあんのかぁ!?」

「『シン』は何度でもよみがえる!短いナギ節のあとで復活してしまうんだ!この流れを変えないとふたりとも無駄死にだぞ!」

「だが、今度こそ復活しないかもしれない。懸けてみるさ」

「ま、アーロンの言うことももっともだ。よし、俺がなんとかしてやる」

「なにか策があるというのか?」

「ジェクト?」

ジェクトの自信ありげな発言に期待をこめて彼を見る。

「無限の可能性にでも期待すっか!」

いつもの調子のジェクトに愕然とする。
大きな笑い声を聞くのが苦しい。

ジェクトはひとしきり笑うと、歯切れ悪く話し始める。

「最後だ……いっこだけいいか?あのよ……わりぃ、やっぱやめとくわ」

「いいから言えよ!」

「そうか、じゃあ言っちまうぞ。息子をたのむ」

あ……

「ザナルカンドのあいつをたのむ。あいつ……泣き虫だからな。誰かついててやんねえと心配で心配でよ。だからよ……たのむわ」

「しかし、ザナルカンドなんてどうやって行けば……」

見たこともないジェクトのいたザナルカンド。
行き方なんて全く想像もつかない。

「へっへへ、なんでえなっさけねえな!おめえの言う『無限の可能性』ってヤツでなんとかしてみろよ」

無限の可能性……

「……ああ!やってやろうじゃないか!約束しよう。あんたの息子は俺が守る。死んでも……守ってやる」

「すまねえな、アーロン。おめえはカタブツ野郎だが……そういうとこキライじゃなかったぜ」

そして、ブラスカ様と共に奥の間へ消えていく。

俺はその場に崩れ落ちた―――




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