記憶の彼方


↑old↓new

[list]

29章


ガガゼト山。

キマリの故郷、ロンゾ族が守護する山だ。

さすがに……


寒い。


けれど黒魔法を扱えるようになった私は、自身の衣の内側に暖気をまとう。

「寒くはないのか?」

アーロンさんが優しく声をかけてくれる。

「10年前は寒いと騒いだものだがな」

「う……これでも黒魔法使えるので体表面の温度の調整は多少出来るようになりました」

「そうか……便利なものだな。前は白魔法しか使えなかったからな」

私ってすごく足手まといだったんじゃなかろうか……
たいしたことも出来ず迷惑かけてるだけとか。
10年前の自分の未熟さに落ち込んでしまう。

「成長しているということだ、自信を持て」

俯く私の頭にぽんと手を置いて慰めてくれる。
マカラーニャの森でアーロンさんと結ばれてから、更に優しくなったような気がする。
隠す必要がなくなったからなんだろうけど、恥ずかしくて仕方ない。

……嬉しいけど、ね。




登山道に差し掛かった時だった。
大きな体、ロンゾ族が二人、道を塞いでいた。

「何だぁ?」

「召喚士は通す。ガードも通す。キマリは通さない。キマリはロンゾの面汚し。ロンゾの使命を捨てた者」

「一族を捨て、御山も捨てた!小さいロンゾ、弱いロンゾ!」

「御山は弱く小さい者を嫌う。登りたければ……」

立ちはだかる二人のロンゾ族はキマリを執拗に罵る。
ユウナと私をずっと守ってきてくれたキマリを悪く言われるのは良い気分ではない。
ムッとその二人を睨み、文句言ってやろうかと一歩進み出ようとするがキマリの腕に止められる。

「これはキマリの問題だ。……力を示せばいいのだな」

私を止めた後、二人のロンゾ族に向き直り強い眼差しを送る。

「勝てると思うか?誰がキマリのツノを折ったか忘れてはいまい」

「キマリは一度もビラン大兄に勝てなかった」

「今度は勝つ、勝つと決めた」

キマリはこの人にツノを折られたのか……
例えキマリに非があったとしてもロンゾの誇りであるツノを折るなんて……!

「キマリ!やっちゃえ!!」

やっぱりムカムカは収まらなくて口出ししてしまう。
それでもキマリはそれに応えて頷いてくれた。

そして、ロンゾ族……キマリの誇りをかけた戦いが始まった。



「キマリ=ロンゾ、見事なり!」


2対1という不利な状況ではあったが、キマリは何とか勝利した。

「強くなったな、キマリ。ビランは嬉しいぞ。霊峰ガガゼトよ!ビランを負かした強者の栄えある名前を伝えよう!しかと覚えよ、ガガゼトよ!その名はキマリ=ロンゾなり!」

ビランは潔く負けを認める。
これがロンゾ族の掟か……見ていて気持ちがいい。
ビランはガガゼト山に大きな声でキマリの勝利を伝える。

「御山はキマリの強さを知った。キマリを受け入れるだろう」

あ、もしかして……この人達はキマリがこの山を登るのに劣等感を感じていると思って戦いを挑んだ?
ロンゾ族にとってガガゼト山は神聖なるもの。
ツノを折られたキマリはきっと少なからず気が引けていたことだろう。

ツノを折った張本人を倒して力を示した。
これで気後れすることなく山を登れるだろう。

「キマリ……良かったね」

「ああ……ビランもエンケもキマリのことを考えてくれている」

「うん」

キマリにも彼らの心が伝わっている。
嬉しかった。
キマリと微笑み合うと、後ろから鋭い視線が刺さるような錯覚を覚える。

「……サクラ、早くアーロンの所に行け」

「え?」

キマリの忠告にアーロンさんを振り向くと、そこには黒いオーラを纏った彼がいた。

「キマリはアーロンが怖い」

「あ……はは……」

キマリにも嫉妬するって……
私はキマリから離れ、アーロンさんの隣に落ち着く。

「……アーロンさんのヤキモチ焼き」

ボソッと、可愛いといった意味を込めて言ってやる。
いつも上の立場にあるアーロンさんに一矢報いたつもりだった。

「それだけお前を愛しているということだ」

「っ……!」

またそういうことを……!
アーロンさんの恥ずかしげもなく言う言葉に、また私は顔を赤くし小さくなってしまう。
やっぱりアーロンさんの上に立つなんて無理だぁ……

言った本人は当然のことを言ったまでだと何食わぬ顔。
今はキマリのことに皆が集中していた為、近くに人はいなかったのは幸いだった。
顔の熱を下げようとしていると、頬からちゅっとリップ音が響く。
驚いたのも束の間、今度は耳元に低く甘い囁き。

「お前は俺のものだ」

……この雪山で私は溶けてしまうのではなかろうか。
今まで恋人として接することが出来なかった分なのか、アーロンさんはとことん私を愛してくれる。
この先にある、避けては通れぬ別れ。
それがあるから余計に、なのかもしれない。

ぽーっとしている私を置いて、アーロンさんは先に皆の元へ戻って行った。



「うっわ!サクラ顔真っ赤!」

「……ほっといて」

あんなことをされ、言われればそう簡単に顔の熱は取れるものではなかった。
ティーダに指摘され、更に下を向く。

「まーたアーロンか?」

「……」

「おっちゃんって大人だけど子供みたいだよねー」

「……何だと?」

「サクラを取られないように必死っていうかさー」

「……当たり前だ。サクラは俺のものだ」

皆の前で先程私の耳元で囁いた言葉を復唱する。
その言葉に私だけでなく、その場にいた皆が頬を染めた。

「わぁお……」

「ストレートだなー……」

「……サクラ、あなた結構大変な人を好きになってしまったのね……」

「は、はは……」

ルールーにそう耳打ちされ、乾いた笑いで応えるしかなかった。

アーロンさんの愛情表現、嫌な訳じゃないし……むしろ嬉しい。
もしアーロンさんが他の女の人と楽しげに話していたら私だってきっと同じくらい……いやもっと嫉妬しちゃうかも。
だから私はアーロンさんと同類?

アーロンさんの方に笑顔を向ける。

「ありがとうございます」

こんな私を愛し続けてくれて。

流石に皆の前で俺のものだ発言をしてしまった手前、居心地が悪くなってしまったのだろう。
アーロンさんは「……ふん」と軽く返事をして先を急ぐ。

ニヤニヤとした皆と一緒にその後を追い掛けるが、そんなピンク色の気持ちはすぐにどこかへ飛んでしまう。

私達が見たのは、墓標。

「ここで力尽きた召喚士やガード達の墓標よ」

ルールーが説明してくれてる。
先のナギ平原もそうだったが、ここに来てどんどんと魔物が強くなってきている。
それを倒せるだけの力がなければ究極召喚は得られない、そう言っているかのように。
その墓標はこの旅の過酷さを実感させてくれた。

「ここまで来て倒れるなんて……悔しかっただろうね……」

「……行こう」

ユウナはそれでも立ち止まらない。
それが彼女の覚悟だから。
私達ガードはその彼女についていくだけ。
皆口数が減っていっているのがわかる。
それまでの旅で力をつけていた私達は特別苦労することなく、少しずつ山を登って行った。



「山越えたら……ザナルカンドだよ」

リュックの苦しそうな声。

ザナルカンド。

この旅の最終目的地。

本来なら旅の目的地に着くことは喜ばしいことだろう。
しかし、この旅で目的地に着くこと……それは召喚士の死を意味する。
そんな切ない旅があるだろうか。

「ユウナ……究極召喚手に入れちゃうよ」

「うん……」

「分かってるよ……」

「あたし……何も思い付かない」

「俺もだ」

「私も……」

「どうしよ〜……」

私達はまだもがいていた。
ユウナが死ななくてもいい方法はないものかと。
だけど何も思い付かない。

「何とかなる。今の俺達は何も知らない。このままじゃユウナを助けられないけど……ザナルカンドへ行こう、行けば何か分かるって。きっと、そこから始まるんだ」

スピラのことを何も知らなかった少年にこんなにも勇気付けられるとは。
そう、私達はきっとまだ何も知らない。
究極召喚の真実を。

「今頼れるエースって感じしたよ」

「ザナルカンド・エイブスのエース!最初っから言ってんだろ」

明るい二人の声に救われる。
だけど、私の頭にはもう一つ気掛かりなことがあった。

……アーロンさんのこと。

死人である彼を何とかこの世界に引き戻すことは出来ないか……
10年前の恋人に折角逢えたのに、あと少しでお別れだなんて酷すぎるよ……

「サクラ?」

「ん?」

「どしたの?」

「ううん、何でもない。とりあえず今は進むしかない……よね」

「そういうこと。ザナルカンド・エイブスのエース様が言うんだからね」

「……その言い方ちょっと気に障るな」

「ふふ……」

今は進むしかない。
若い二人に背中を押され、私は前へと進んだ。


ガガゼト山の峠を越えた所、道の脇にある大きな岩……?

「!?」

岩じゃない……!?
良く見れば無数の人間の姿。

「何だこれ!?」

こう言っては失礼なのかもしれないけれど、それは不気味な光景だった。

「祈り子様だよ」

これが祈り子様……
私達は祈り子の間に入ったことはない。
だから実際に見たことがあるのはユウナだけ。
そのユウナが言う。

「あ……召喚されてる……誰かが召喚してる……この祈り子様達から力を引き出してる」

「こんなにいっぱい?」

「並外れた力ね……」

「いったい誰が……何を?」

こんなにたくさんの祈り子様から一度に召喚している……
何を召喚しているのだろう……

「ねえ、何か知ってるんでしょ?教えてよ!」

リュックは以前に同じ旅の最後まで見守ったアーロンさんに問い詰める。
だけどアーロンさんは、

「他人の知識など当てにするな、何の為の旅だ」

そう言って突き放す。
自分で真実を見極めろ、そう言っているんだろう。

「ユウナの命がかかってるんだよ!」

「いや……アーロンの言う通りだ」

「へ?」

「これは俺達……俺の物語なんだから……」

そこまでティーダが言った時だった。
祈り子様達に手を触れた瞬間、

「うわっ!?」

「ああっ!?」

頭に何か流れ込んでくる感覚。
私はそのまま意識を失った。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -