記憶の彼方


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20章


北岸に着き、シパーフから降りた。
私はそれまで羽織っていたアーロンさんの上着を脱ぎ、持ち主へと返す。

「ありがとうございました」

「もういいのか」

「だいぶ乾きましたし、今度はアーロンさんの上着が濡れちゃいましたし……」

「気にすることはないと言っている」

ミヘン・セッションの時も枕にしちゃったり、相当汚してるな私……
ホントに後で洗濯させてもらおう。

岸に着くや否やユウナは住民達に囲まれてしまい身動きがとれなくなっていた。
ブラスカ様の娘で性格も容姿も良しとくれば人気が出ないわけがない。

「しばらく動けそうにないわね」

「そだね……」

ルールーが溜め息混じりに言えば私も同意する。

「サクラ」

珍しい声に振り向けばそこには大きな体があった。

「キマリ?どうしたの?」

あまり自分から話すことのないキマリに話しかけられ多少なりとも驚いた。

「キマリはシパーフの上で油断していた。もう二度と油断しない」

何を言うかと思えば。

「キマリはユウナを守ってたじゃない。私が油断してただけだよ」

「すまない」

何も悪いことないのに。
キマリはいつも私とユウナを守ってくれた。
私は謝るキマリに困ったように笑いかける。
気にしないでと。
私なんかより覚悟を決めたユウナをその時まで守ってあげてと。

ユウナの歓迎はしばらく収まらなかった。
その間にティーダは少し先へと様子見に行ったようだ。

徐々に人垣が崩れてきて、やっとのことで先へと進む。
ティーダ以外の皆で彼の行った方へ進むと、見たことのない少女が目に入る。

誰だろう?

「知り合いか?」

ワッカの質問にティーダは答え辛そうに歯切れの悪い返事をする。

「えっと、まぁ……そんな感じ」

「ど〜も!リュックで〜す!」

そんなティーダの態度とは一転、少女は元気よく返事をした。
ザナルカンドから来たというティーダと知り合い?
どういうこと?

「ほら、ユウナとルールー、サクラにはルカで話したよな。ビサイドに着く前に俺が世話になった……あ〜……」

あ〜なるほど。
ティーダのはっきりしない言葉の意味がわかった。
ルカでのユウナ誘拐事件の時に彼はアルベド族に世話になったと言っていた。
その時にユウナがアルベドとのハーフであるということも彼は知ったわけだが、ワッカはアルベドというだけで毛嫌いしている。
ワッカには言わないでとルールーと私に念を押されたのだ。
ワッカのいるこの場でアルベドという言葉は禁句だと承知しているのだろう。
なんと紹介したら良いか悩んでいる様子だ。
事情を知っている私達は「ああ……」と頷くがそれを知らないワッカはリュックに近付いていく。

「そりゃお前、恩人だろ。会えて良かったよなぁ。全くエボンの賜物だ。で、リュック?倒れてたみたいだけど、ケガないか?」

「ワッカちょっと待って」

このまま近付いてしまったらワッカはリュックがアルベド族だと気付いてしまうのではないか。
そう思った時、ルールーがワッカを呼び止めた。
もちろん、その理由をワッカは知らない訳で。

「ん?なんだよ」

その訳を聞こうとする。
なんと言いましょうか……

「ちょっと……話したいんだけど」

「おお、話せよ」

うん、そりゃそうだ。
ユウナの提案にこの場でどうぞとワッカは言う。

う〜ん……

上手い言葉を探していると、明るい声が微妙な雰囲気を吹き飛ばした。

「女子だけで話し合いで〜す!男子は待っててください!」

「そうだね!そうしよう!」

ナイスだ、リュック!
リュックの提案に乗っかれば、腑に落ちないワッカの相槌が聞こえた。





「いきなり聞くけど、リュックはアルベド……だよね?」

自己紹介を終えるや否や、私は本題に入る。

「うん、そだよ」

潔さが気持ちいい。
ティーダにリュックのことを聞いていた私達はさほど驚かなかった。

「ねぇ、リュック。シドって人知らない?」

「シド?あたしのオヤジだけど?」

……マジか。
ユウナの問いの答えにリュック以外の皆が驚いた顔をする。

「ということは……」

「ユウナと従姉妹だよ♪オヤジからユウナのことは聞いてるし」

リュックはそう言ってにっと笑い、目を丸くしたユウナを見た。

「スピラは狭いね〜、見たことのない従姉妹と会えちゃうなんて」

「まぁあたしの場合はユウナを探してたってのもあるけどね」

「探してた?」

「あっ!……と〜、だってほら会いたいじゃん!従姉妹にさ」

「まぁね……」

私が話せばリュックはユウナを探していたと言う。
もっともな理由を言ってはいるが何か他に理由があるような、そんな返事だった。

「ねぇねぇあたしさ、ユウナのガードになってもいい?」

「え?」

突拍子もない申し出にまた目を見開く。

「折角会えたんだしさ、あたしもユウナ守りたいし」

「私はいいんだけど……」

ユウナはルールーに目を向ける。
ルールーは溜め息を一つつき、リュックを見て言った。

「あそこにいるワッカ、大のアルベド嫌いなの。それでも大丈夫?」

「了解でーす……」

「あとは、アーロンさんに聞いてみようかな」

このパーティで一番頼れる御仁。
その人の許可が得られれば両手を広げて同行出来るだろう。

「なんか怖そうなおっちゃんだね……」

「アーロンさんは優しいよ?」

私が言うとユウナとルールーはにこやかにこちらを見る。
そして、「私聞いてくるよ」とユウナはアーロンさんの元へと向かった。





「アーロンさん、リュックを私のガードにしたいんですけど……」

ユウナのお願いを聞いたアーロンさんはリュックに向き直る。
リュックは自分がアルベドだということを隠そうと俯いているが、勿論アーロンさんは不自然なその行動の理由を探る。

「顔をあげろ」

「え?」

「顔を見せろ」

「あ、いいよ」

「目を開けろ」

リュックが目を開けるとアルベド特有の渦巻き様の瞳が見えた。

「やはりな」

「ダ……ダメ?」

「覚悟はいいのか」

このスピラではアルベド族は煙たがられている。
ユウナのガードをやるということは嫌でも寺院に立ち寄るということ。
絶対寺院の人達に何か言われるんだろうなぁ。
それでもリュックはガードになるんだろうか。
こちらの余計な考えはお構い無しに明るい返事が響く。

「ったりまえです!というわけで、いいんだよね?」

「ユウナが望むなら」

「私は是非」

そんなことで、簡単にガードになったリュック。
後ろでワッカの「う〜ん……」といううなり声が聞こえる。

「リュックはいい子だよ。俺も世話になったし」

「そうだな、ニギヤカになっていいかもな!」

「そうそう!じゃあたしはニギヤカ担当ってことで!」

ティーダが、ワッカを納得させるように言うとワッカはあっさりと受け入れた。
アルベド族が嫌いだとは言うけれどアルベド族の見分けはつかないみたい。
ほっとして改めて挨拶をする。

「よろしくね、リュック」

「よろしくお願いしま〜す!」

こうして賑やかな少女、リュックが仲間になったのでした。



先へ進もうと歩を進めた時だった。
私はリュックに呼び止められた。

「あ、ねぇねぇサクラ」

「ん?」

「さっきはごめんね」

「え?何が?」

謝られる理由が思い当たらず私は聞き返す。

「幻光河で河に引きずり落としちゃったこと」

「え?」

何でそれを?
というか、何でリュックがそれを謝るの?

「まだ詳しくは言えないんだけどさ、ちょっとした手違いでサクラを落としちゃったんだ」

そう言ってリュックは顔の前で両手を合わせる。
さっきの『ユウナを探してた』台詞といい、この子は何か隠している。
でも、『まだ言えない』ということは後で話す意志があるということ。
今は彼女を信じよう。
それに、リュックが悪い子だなんて到底思えない。

「大丈夫だから、気にしないで。でも話せる時が来たら今は言えないこと、教えてね」

軽く首を傾げて言う。

「サクラめちゃめちゃいい人〜!」

飛び付いてきたリュックの腕によって首を絞められ私はリュックの背中をタップしていた。

「く、苦しい……」


―――――


次の寺院、マカラーニャ寺院へと向かう途中グアドサラムにたどり着く。
そこはグアド族の故郷。
外の世界とあまり干渉を持たない彼らの居場所とあって、独特の雰囲気を持つ場所だった。
グアドサラムに着くとすぐに一人のグアド族が話しかけてきた。

「お待ちしておりました、ユウナ様。ようこそグアドサラムへ。ささユウナ様、こちらへ」

いきなり待っていたなんて言われ、誘導されそうになるユウナをワッカを筆頭に庇うように立つ。

「あなたは誰ですか?」

名乗りもせず誘拐まがいのことをしようとしたその人に、警戒しながら聞く。

「ああ、これは失礼。わたくしトワメル=グアドと申します。グアドの族長、シーモア=グアドの身内の者でございます。シーモア様がユウナ様に大事なお話があるそうで……」

「私にですか?どんなお話でしょう?」

トワメルさんは丁寧に自己紹介をし、用件を教えてくれた。
しかし、ユウナに大事な話って……
あまりいい予感はしない。

「ともあれ、まずはシーモア様のお屋敷へどうぞ。もちろん皆様も歓迎いたしますよ」

そう言ってトワメルさんは屋敷へと向かう。
不思議に思いながらも私達はその後に続いた。


「な〜んか強引だよね〜」

最後尾のリュックが言う。
確かに老師から大事な話があるなんて言われたら断れない。
行くしかないもんなぁ……
私達は促されるままシーモア老師の屋敷へと入った。

エントランスの奥に通されるとそこにはご馳走が用意され、とりあえず歓迎されているのだと分かる。

「わ〜美味しそう!」

リュックは早速用意された料理に手を伸ばし御満悦だ。

「んまいよ〜これ。サクラも食べなよ」

「私はいいや」

リュックのお勧めを断り、壁にもたれ掛かっているアーロンさんの方へと向かう。

「大事なお話って何でしょうね」

「さぁな。だが、警戒を怠るなよ」

「はい……でも老師のお屋敷ですよ?」

「力を持つと使わずにはいられない……そういう輩かもしれん」

「はぁ……」

「……お前は人を信用し過ぎる。少しは疑うことをしないと危険なことに巻き込まれるかもしれんぞ。この前みたいにな」

この前とはミヘン・セッションで負傷した兵士達を治療した夜のことだろう。
確かに危険なことにはならないと思って一人で夜中に外出していた。
別に悪い人という訳ではなかったけど、結果的にアーロンさんに迷惑をかけることになった。
反論できるはずもなく、私は素直にその忠告を聞き入れた。

「気を付けます……」

「ふ……その素直さがお前のいいところでもあるがな」

そう柔らかく微笑まれれば、恥ずかしさに顔が熱くなる。
顔を背けるとトワメルさんの姿が見えた。
彼はユウナ、ティーダ、ワッカと話しシーモア老師をこれでもかと崇めた。

「シーモア様は……このスピラに生きる全ての者の未来を照らす光となるでしょうな」

ここまで胸を張って自慢するなんて、よほどシーモア老師という存在が理想的な族長なんだろうな。
確かに穏やかだし、この間のミヘン・セッションの時のアルベド族を差別しない発言もあり私も少なからず好感を抱いていた。


「それくらいにしておけ、トワメル。あまり持ち上げられると居心地が悪い」

奥の扉から、待っていたその人が現れる。

「ようこそ皆さん」

シーモア老師は私達の前に立ち、優雅に挨拶をした。
その立ち振舞いに緊張してしまう。

「あの……お話って……?」

「そう結論を急がずにごゆるりと」

「ユウナは先を急ぐ身だ。手短に済ませてもらいたい」

ゆっくりしていって欲しいと言うシーモア老師の言葉をアーロンさんは一蹴した。
シーモア老師は肩をすくめ、

「失敬。久しぶりに客人を迎えたのでつい……ユウナ殿こちらへ」

そう言ってユウナを自身の側に来るよう促す。
すると、周りの景色が一変し美しい夜空が映し出された。

「これは……」

「これは異界を漂う死者の念から再現した貴重なスフィア……」

シーモア老師が言うとその景色は動き出し、見たこともない街の上を駆け巡る。
そこに見えるのは機械の灯りに照らされ、幸せそうに歩いている人々だった。
こんな街、機械を禁じているスピラじゃ考えられない。

「ザナルカンド!!」

「え……?」

ティーダはすぐさまその街の名前であろう単語を発した。
ザナルカンドって……

「そう、ザナルカンド。およそ1000年前の姿です」

1000年前のザナルカンド。
その姿を知っているということはティーダは本当にそこからやって来たんだ。

「繁栄を極めた機械仕掛けの街、ザナルカンド。彼女はここで暮らしました」

「彼女?」

映像が切り替わり、次に映し出されたのはある部屋の中だった。
そこにいるのは髪が長く露出の高い女性。
実際に見たことはないが、あれは……

「ユウナレスカ様……?」

歴史上初めて『シン』を倒した方。
その後に出てきた男性と熱い抱擁を交わすと私は恥ずかしくて目を背けてしまった。

映像はそこで途切れた。
そして、それまでシーモア老師と話していたユウナが早足でこちらにやってきてテーブルの上にある水を一気に飲み干す。
その顔は真っ赤だった。

「ユウナ!?顔真っ赤だよ!?」

「うわ、ホントだ!」

「大丈夫か?」

私、リュック、ティーダが声をかける。
ユウナはちらとシーモア老師を一瞥すると赤面した理由を話してくれた。

「……結婚を申し込まれました」

「マジッスか?」

結婚って……
『シン』を倒すために旅をしているユウナに?
シーモア老師が究極召喚のことを知らないはずはない。
それなのに何故?

「ユウナの使命を知っているはずだが」

「もちろん。ユウナ殿の……いえ、召喚士の使命はスピラに平和と安定をもたらすこと。
しかし、『シン』を倒すことだけが全てではありますまい。『シン』に苦しむ民の心を少しでも晴れやかに……それもまた民を導く者の勤め。私はエボンの老師としてユウナ殿に結婚を申し込んだのです」

「スピラは劇場ではない。一時の夢で観客を酔わせても現実は変わらん」

確かに大召喚士の娘と老師が結婚なんていったらスピラにとって明るいニュースになる。
しかも、お互いハーフ同志で種族を越えた結婚になる。
でもアーロンさんの言う通り、ほんの一時の夢って感じだけど。
だってそれで『シン』がいなくなるわけじゃないんだもの。

「それでも舞台に立つのが役者の勤め。今すぐに答える必要はありません。どうかじっくり考えてください」

「そうさせてもらおう」

「ユウナ殿、良いお返事をお待ちしています」

大事なお話とはこのことだったようで、用件の済んだ私達が屋敷を後にしようとした時だった。

「何の為に留まっているのです?」

シーモア老師がアーロンさんに向けて意味の分からない質問をぶつけた。
留まる?
アーロンさんは少し驚いたような顔をしたけれど何も答えなかった。

「これは失礼。我々グアドは異界の匂いに敏感なもので」

異界の匂い……?
ティーダがアーロンさんの匂いを嗅いでいるが、アーロンさんはそれを手でどかすと再び屋敷の外へと歩き出した。
どういうことだろう……
皆の後ろ姿を見ながら考えこんでいると、今度は私に声がかかった。

「サクラ殿」

「は、はい?」

いきなりのことに驚いた。
すでに皆は屋敷の外へと出たようで、ここには私とシーモア老師しかいない。

「貴女にも、大事なお話があるのです」



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