記憶の彼方
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18章
ジョゼ街道を進んで行けば、あちこちから「天使様!」と声を掛けられる。
勘弁してほしい。
恥ずかしいったらない。
これ使ってくださいなんて色んなアイテムを頂いた。
……中には手紙のようなものを渡されもしたが、アーロンさんが片っ端から処分していたから内容までは分からなかった。
私達は今ジョゼ寺院へと向かっていた。
途中ティーダが「ザナルカンドまでどれくらい?」とか「一気にバビュッとザナルカンドへ!……それじゃダメなの?」とか聞いてくる。
本当に何も知らないんだ……
ユウナは笑顔で接しているけど、いつその真実を知ることになるのか……
知ったときにどうなってしまうのか……
早くに教えたほうがいいのかもしれない。
けれど、私達にはそれを口にする勇気はなかったんだ……
たくさんの討伐隊の人達からアイテムを頂きながらジョゼ寺院にたどり着いた。
「あれ、ジョゼの寺院?」
ティーダがそう言えば、そうだよと返事をする。
その時寺院が揺れ始めた。
雷鳴や轟音と共に毒キノコ岩が開く。
ティーダは「すげぇ……」と驚いた声をあげている。
「あの『毒キノコ岩』はね、召喚士が祈り子様と対面した時だけ開くの」
ルールーが何も知らないティーダに説明してくれる。
もう説明係も板についたものだ。
「誰か他の召喚士が来てるってことだな」
「どんな人かな」
ワッカの言葉に以前に会ったドナが頭をよぎる。
当たって欲しくない予感ではあったが、それは口をついて出てしまった。
「ドナだったりして……」
それを聞いた皆は、あからさまに嫌そうな顔をした。
ドナ……嫌われちゃってるなぁ……
「負けたくないなぁ」
「うっす!行くッス!」
寺院の扉の前まで来ると寺院の真横に見知った姿を見つけた。
「ルッツ!ガッタ!」
その二人に声を掛ければ笑顔が返ってくる。
「天使様じゃないか」
「やめてよ、ルッツまで……」
「でも俺見てたんだ!サクラが空に浮いてて、光ってて……皆に魔法をかける姿は本当に天使に見えたんだ!」
言うガッタは興奮している。
元凶はあんたか。
「こいつはサクラだ。天使ではない」
アーロンさんの冷たい声にガッタは口を紡ぐ。
「いや、でもサクラのおかげで俺は今こうして生きている。本当にありがとう」
ルッツはそう言って手を差し出してくる。
救えた命が嬉しくて自然と笑顔がこぼれる。
差し出された手をとれば、温かくがっちりとした感触。
それは生きている証。
横では俺も俺も!とガッタが騒いでいる。
断る理由もなくガッタとも握手を交わす。
ミヘン・セッションでのダメージが全く残っていない訳ではない彼らは、ビサイドに戻ると言う。
私達は彼らを見送った後、寺院の扉を開いた。
寺院に入ると歴代大召喚士様の像達が出迎えてくれた。
その中にブラスカ様の像を見つけアーロンさんが呟く。
「ブラスカも今やエボンの英雄か」
その声は何だか皮肉に満ち溢れていた。
怒りのようなものも感じられ、私はアーロンさんから目を離せなかった。
そして、ブラスカ様……
私はあなたにもお会いしたことがあるんですね……
その時のことを覚えていないなんて本当に悔しい。
そんなことを考えていた時、奥から来た召喚士御一行に気付くのが遅れた。
「失礼だがお名前を聞かせてもらえないか?」
その召喚士と思われる男性はユウナに聞いていた。
「ビサイドから参りました。ユウナと申します」
「やはりそうか……ブラスカ様のご息女だね、お父上の面影がある」
「父の……お知り合いですか?」
「いや、直接お会いしたことはないんだ。ああ、失礼。僕はイサール。君と同じ召喚士だ」
イサールさんはドナとは違って落ち着いた感じの好青年といった印象だった。
イサールさんに続いて、彼のガードをしているというパッセ君とマローダさんが挨拶をしてくれた。
アニキのガードという言い方からして彼らは兄弟なのだろう。
この旅の先に待ち受ける運命を知っていて、見守る覚悟を持ってガードになったのか……
だとしたら凄い覚悟だ。
ユウナはイサールさんとしばし話をし、試練の間へと向かう。
するとそのイサールさんに今度は私が声を掛けられる。
「君!」
「私ですか?」
「君、ユウナ君のガードだろう?マローダが妙な噂を聞きつけてね。君達も知っておいたほうがいい」
そう言ってイサールさんはマローダさんに話しをしてくれと視線を送る。
「討伐隊の連中から聞いたんだけどよ、ここんとこ旅の途中で行方不明になる召喚士がやたら多いっつーんだわ」
「魔物にやられた可能性もあるが、それにしては数が多すぎるようだ」
「くわしーコトはわかんねーけど、とにかくおめーらも気ィつけろや。召喚士が消えちまったらガード的にシャレになんねーだろ?」
シャレにならないどころではない。
とても重要な話を教えてもらった。
乱暴な言葉遣いではあるが、ありがたい。
「召喚士が消える……ありがとうございます、気を付けます」
お礼を言えばパッセ君が「何のお話〜?」と無邪気な顔でやってきた。
「くれぐれも気を付けて」とイサールさんに念をおされ、一礼する。
「アーロンさん、心当たりなんてありますか?」
隣にいた伝説のガードと呼ばれた人なら何か知っているかと聞いてみるが、返ってきた返事は期待していたものとは違っていた。
「いや、初耳だな」
「そうですか……」
「今以上に警戒をしろということだな」
「はい!」
気を引き締めてユウナの元へ戻った。
ジョゼ寺院の試練の間を何とか攻略し、ユウナは今祈り子様と対面中だ。
何をしたら良いか分からないといった様子でうろうろしているティーダを微笑ましく眺めていると、出来れば会いたくなかった人物が現れた。
「あら、またアナタ達?相変わらず頭数だけは多いわね」
向こうも相変わらず嫌味口調は変わらないようで。
すると、いつもドナの脇に控えていたガードの男がずかずかと歩いてきてアーロンさんの前で止まる。
いきなりの行動に身構えてしまう。
「どうしたのバルテロ?そのオジサンに何か用?」
伝説のガードに向かってオジサンとか……
私はムッとしてドナを睨む。
「あんた……アーロンだな」
「だったらどうする」
しゃべった……
今まで置物のようだったから普通にしゃべったことに驚いてしまった。
「握手……してくれないか。アーロン……いや、アーロンさん!俺、あんたに憧れてガードになったんだ!」
……そうなんだぁ……
私は筋肉を誇張するバルテロさんを見て、開いた口が塞がらなかった。
言った本人は至極真面目にアーロンさんを見つめている。
アーロンさんは軽く鼻を鳴らして手を差し出してくれた。
バルテロさんの顔の嬉しそうなこと。
まぁやっぱりそうだよね。
アーロンさんに憧れてたのは私だけじゃない、もっとたくさんいるはずなんだから。
ん?
バルテロさんはアーロンさんと握手を終えるとこちらに向かって来ていた。
そして私の前で止まる。
何だろう……
「え〜っと……?」
「あんた……サクラさんだな」
「そう……ですけど……」
何故私の名前を知っているのか。
私に何の用なのか。
アーロンさんよりも高い身長に厚い筋肉。
まるで猛禽類に睨まれた小動物のような心境だ。
怖い……
「握手してくれないか!?俺、あんたのファンなんだ!」
「……は?」
なんでそうなる。
「ミヘン・セッションのあの時からサクラ親衛隊なんてのが出来てるんだ。俺も入りたいんだが……」
そう言ってちらとドナを見る。
「だから握手だけでもしてくれないか!?」
……親衛隊??
今私の顔はひきつっているであろう。
この短期間でそんなものが出来ているなんて……
とりあえず、握手を断る理由もないので手を差し出す。
私の手を取ったバルテロさんは力強く握りしめブンブンと小刻みに振る。
満足したのか手を離すと私に一礼してドナの元へ戻った。
満足げなバルテロさんとは違ってアーロンさんを知らなかったことに恥をかいたドナ。
ドナが何やら怒っているが、バルテロさんと握手した手がじめっとしていて私は気付かれないように服で拭っていた。
「サクラすげぇな!親衛隊だってよ。アイドルじゃん!!」
「もうやだ……」
ティーダが興奮気味にやってくるが私のテンションは駄々下がりだ。
「まぁ可愛いからな、サクラ。分からんでもないが親衛隊はやりすぎだろ〜」
「そうね……厄介事にならないといいけど」
「今のうちにサインくれよ!」
「サインなんてないわ!」
ワッカやルールーが困ったような表情なのに比べティーダはとても楽しそう。
ティーダとぎゃあぎゃあ言っていたらアーロンさんから一言。
「うるさい」
「静かに待て」
キマリまで。
私のせいじゃないし……
ティーダに向かって頬を膨らませれば目の前で手を合わせゴメンの合図。
それからは静かにユウナを待った。
アーロンさんから黒いオーラが見えたような気がしたけど怖いので見ないことにした。
ユウナが祈り子様との対面を終えるとまたもやドナの嫌味が始まった。
「持つべきものは偉大な父親ね。ガードの数はむやみに多いし、アーロン様まで味方につけて。それにシーモア様にも気に入られているみたいじゃない?『ブラスカ様の娘』って肩書きがあると違うわね」
ユウナは一度だってブラスカ様の名前を自ら出したりその名前を利用したりなんかしていない。
人が集まるのはユウナの人徳だ。
嫉妬とはこんなにも醜いものなのかと思う。
一言物申したかったがユウナが先に口を割る。
「父は……関係ありません。私は一人の召喚士として旅をしているだけです」
「あら、結構なことね。でも偉そうなことを言う前に自分の足でシャンと立ったら?ガードに頼ってばかりだと、いざっていう時に痛い目見るわよ」
さすがにその言葉にはぐうの音も出なかった。
実際祈り子様との対面を終えたユウナはふらふらでキマリに支えてもらいながら立っていたのだから。
でもこれってドナなりの助言なのかな?
不器用なだけなのかも……
私はユウナの元へ駆け寄り「お疲れ様」と声を掛けた。
―――――
召喚獣イクシオンを従えたユウナは、ミヘン・セッションで負傷した兵士達の治療にあたった。
もちろん白魔法を使える私も同行していた。
治療を求めて私とユウナの元に兵士達が押し寄せ列を作っている。
「……何でアーロンさんがそこにいるんですか?」
私達の後ろには、何もせずただ治療の様子を眺めているアーロンさんがいた。
「いたらまずいのか」
「そんなことはないですけど……暇だろうし先に宿に行って休んでてもらってもいいんですが」
「……俺はユウナのガードだからな。見張り役だと思え」
「はあ……」
私もガードなんですけども。
頼られてないなぁ……
にしてもさっきから治療後に握手を求められてばっかりだ。
何コレ、握手会?
皆さん怪我して痛い筈なのに笑顔だし。
「ありがとうございました!……握手してもらってもいいですか?」
「あ、はい……」
この人もか……
カサ……
ん?
手のひらに紙の感触。
何だコレ?ゴミ?
「あの、コレ?」
「後で見てください!」
え〜……
「……貸せ」
「アーロンさん?」
後ろにいたアーロンさんから声がかかる。
っていうか見てたんだ。
「でもこれ、私が頂いたものですし……」
「……」
怖い顔で私を睨んだ後、アーロンさんはふいっとそっぽを向いてしまった。
その後も治療を続け、宿に戻る頃には深夜になっていた。
宿に戻ってから頂いた紙を見ると、ある場所に来てほしいというお願い事が書かれていた。
これって……やっぱりあれかな。
会ってちゃんと断らなきゃダメだよね。
私はしん……と静まりかえった宿の外へと出掛けていった。
言われた場所に来てみれば手紙を渡してきたその人が既に待っていた。
「!!来てくれたんですね!!」
「あ、はい……一応」
夜中のテンションじゃない彼に一歩後ずさる。
「貴女と少しお話をしたくて……」
「はあ……」
「あのミヘン・セッションでの事です。私は前線で『シン』のコケラと戦っていました。不覚にもコケラの攻撃を受けてしまった私は吹き飛ばされ仰向けに倒れてしまいました。その時に空に見えたのが貴女だったのです。私は自分の目を疑いました。この世の物とは思えない美しさにただただ見惚れていたのです。あれは天女か、天使か、はたまた女神かと……そして地上に降りた貴女を見れば、何とこんなにも可愛らしい……!!私は確信したのです!貴女こそ私の運命の人だと!!」
……恥ずかしい。
よくもまあこんなに恥ずかしい台詞を噛まずに長いこと言えたものだ。
彼の鼻息はどんどん荒くなりその顔は私に近付いてくる。
じりじりと私も後ずさるが、背中に岩の冷たさを感じたと同時に歩みは強制的に止まってしまう。
「サクラさん……私とお付き合いして頂けませんか?」
きた……
予想はしていたけど、こんなに押してくるとは。
背後には岩、目の前には鼻息の荒い男。
所謂壁ドン状態だ。
「お気持ちは嬉しいんですが……私は今ユウナのガードやってまして。お付き合いは無理かな〜なんて……」
相手を傷付けないようにとやわやわと断る。
「ではガードの仕事が終わったら良いということですね!?」
「いや……」
そういう風に捉えられるのか。
「私はいつまでも待ちますから!では約束のキスを……」
げ……!!
近付く顔に鳥肌が立った。
私は咄嗟に身を屈め、壁ドンから抜け出す。
「あの!そうではなくて!」
「恥ずかしいんですね……可愛いですよ、サクラ……」
ひぃぃぃぃぃ!!気持ち悪い!!
彼に背を向けるのも怖かった為、また後ずさりながら逃げ続ける。
このまま宿にダッシュで逃げようかと思っていた時、低い声が聞こえた。
「何をしている」
「アーロンさん!」
救世主だ!
私はアーロンさんの背中に隠れるように潜った。
「アーロンさん……?伝説の!?」
そうだ!
アーロンさんには悪いけどこの場を凌ぐために協力してもらおう。
「そ、そうです。私の彼です」
「……は?」
夜でも外さないそのサングラスの奥の目が大きく開いた。
私はアーロンさんの背中でご免なさいと手を合わせる。
すると、状況を察してくれたのか私を援護してくれる。
「……そういうことだ。俺の女に何か用か?」
俺の女……
自分で振っておきながら、そう言われると顔は赤くなり心臓は早鐘を打つ。
「そんな……伝説のガードのアーロンさんが彼氏なんて、勝ち目がないじゃないか……」
ふらふらとその人は遠ざかって行った。
暗い夜空の下にアーロンさんと二人きり。
気まずい……
「た、助かりました!じゃあ戻りましょうか!」
早く戻ろう。
うん、そうしよう。
私はその場から早く逃げたかった。
「……こんな時間に出かけるなど、何事かと思ってつけてくれば……俺がいなかったらどうするつもりだったんだ」
つけて来てたんだ……
しかも何だか機嫌悪そうだし。
「……ダッシュで逃げる?」
「訓練している兵士よりも速く走れるのか?」
「う……」
それは自信ないけど……
「はぁ……いいか、お前は警戒心が足らん。こんな夜中に女が一人で出歩くなど襲ってくれと言っているようなものだ」
溜め息混じりにアーロンさんが言う。
もしユウナがこんな時間に一人で出掛けたら私だって怒るだろう。
ごもっともな発言に謝ることしかできない。
「すみません……」
「……恋人か……」
「え?」
「いや、何でもない。戻るぞ」
「は、はい」
アーロンさんは何か呟いていたが、宿に向かって歩き出してしまった。
アーロンさんと恋人かぁ……
自分で言ったことなのに意識してしまう。
……アーロンさんの大切な人ってどんな人なんだろ。
片想いって辛いな……
私はアーロンさんに気付かれないように小さく溜め息をついて後を追った。
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