記憶の彼方


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16章


キノコ岩街道を進んでいると「シーモア=グアド老師、御来臨!」という言葉が響いた。

「スピラの各地より集いし、勇敢なる討伐隊諸君。己の選んだ道を信じ、存分に戦うがよい。君たちの勇戦、エボンの老師このシーモアがしかと見届けよう」

シーモア老師の言葉により俄然気合の入った討伐隊のメンバーは「はっ!」と威勢の良い返事をする。
その様子を見ていた私達は、ワッカのうろたえるような声に視線を移した。

「どういうことだあれ……どうしてシーモア老師は討伐隊を応援するんだ?アルベド族の機械を使う作戦だぞ?教えに反する作戦だぞ?」

まただ。
ワッカは面倒見が良くてとても優しい。
だけど、このアルベド族を差別するような発言だけは好きになれない。

「ワッカ……例えアルベド族だって、例え機械を使ったって、『シン』を倒したいって気持ちは皆同じだと思うよ」

「私もそう思う。教えに背いているけど、皆の気持ちは本当だと思うな。シーモア様もそう思っていらっしゃったんだよ、きっと」

私に続いてユウナにも軽く注意をされ、ワッカはルールーに同意を求める。

「おい、ルー」

「……ただの視察じゃない?」

頭を抱えるワッカにアーロンさんは納得できないならと言葉を添えた。

「本人に聞くんだな」

アーロンさんの言葉にその人を見れば、こちらへと歩いてくる所だった。
その視線はユウナと……私?
視線が合った私は反射的に目を反らしてしまう。
すると、近くに紅い衣が近付いてきた。
それがアーロンさんだと分かると何故だかほっとする。
そして、肩を竦めたシーモア老師の視線はアーロンさんに向けられた。

「やはりアーロン殿でしたか。お会い出来て光栄です。是非お話を聞かせてください。この10年のことなど……」

「俺はユウナのガードだ。そんな時間はない」

アーロンさんはシーモア老師のお願いをあっさり蹴った。

「ア、アーロンさん……」

不機嫌そうに言うものだから、私はアーロンさんにもうちょっとオブラートに包んだ言い方しましょうよと声を掛ける。
だけど、アーロンさんは「ふん」とそっぽを向いてしまった。
子供みたい……

「それはそれは……アーロン殿がガードとは心強いですね」

それまでそのやり取りを見ていたユウナの方に向き直ると、ユウナは緊張した様子で「は、はい!」と返事をした。

「どうかそんなに緊張なさらずに」

流石に老師様と話すんだ。
緊張するなって方が無理だと思う。

そんな中、ワッカは勇気を出してシーモア老師に話しかけた。

「あの……シーモアサマは……何故にここにいらっしゃられマスのでしょうか?」

普段使い慣れていない言葉を使おうと必死なワッカに、ルールーは頭を抱え私は小さく笑ってしまった。

「普段の言葉でどうぞ」

それではまともに話が出来ないと、シーモア老師はワッカに促す。

「ええと、エボンの教えに反する作戦止めないとマズくないっすか?」

「確かに……そうですね。しかし……討伐隊もアルベド族もスピラの平和を真剣に願っています。彼らの純粋な願いが一つになって、ミヘン・セッションが実現するのです。エボンの教えに反するといえど彼らの志は純粋です。エボンの老師としてではなく、等しくスピラに生きる者として……シーモア=グアド個人として、私は声援を惜しまないつもりです」

素晴らしい考えだと思った。
私は心の中で拍手をしていた。

等しくスピラに生きる者……
皆平和を願う気持ちは同じ……
そこに討伐隊もアルベド族もない。

それなのに差別をするなんておかしい。

だけどワッカはまだ納得がいかないといった様子でシーモア老師に突っ掛かる。

「でも、アルベド族の機械はマズいっすよ」

「見なかったことにしましょう」

老師らしからぬその発言にそこにいた皆が目を丸くした。

「老師様がそんなこと言ったら皆に示しがつかないっすよ!」

「では聞かなかったことに」

「マジっすかー!」

老師というと雲の上の存在のような人で決まり事に厳しいというイメージだったけど、シーモア老師は何か違う。
若いからかな?
人間味溢れる発言に私は微笑んだ。

「私はシーモア老師の意見、賛同します」

「サクラ殿……」

「素敵なお考えだと思います。是非そのお考えでスピラを導いていってください」

「ありがとうございます。サクラ殿、あなたとは是非ゆっくりとお話をしたいものですね」

そう言って私に近付き耳元で一言付け加えた。

「二人で……」

そしてそのまま作戦司令部へと進んで行く。
私はまだシーモア老師の声の余韻が残っている耳を押さえ、その背中を見送った。
いい声過ぎます、シーモア老師……!

「……何を言われた」

怒ったような声に振り向けば、眉間に深い皺を作ったアーロンさん。

こ、こわい……

「えと……二人でって……」

「ちっ……」

「でも私以外にもシーモア老師の考えに賛同する人はいる筈なのに、何で二人でなんですかね?」

「……いいか、あいつの言うことに耳を傾けるな。分かったな」

「え、何で……」

「分 か っ た な」

「は、はい!」

そんな凄みのある顔で言われてはイエスと言う他ない。

何でこんなに怒られるんかな……



―――――


「なんで先輩だけですか!」

作戦司令部への道を勧められた私達がそちらへ進んでいくと聞き覚えのある声が聞こえた。

「ガッタ……ルッツ……」

言い合っているのはビサイドで一緒の時を過ごした二人だった。
そう、あの二人もこの作戦に参加しているのだ。
先程『シン』のコケラを運んでいる姿を見た。
前線の配置にならなかったガッタが一方的にルッツに食いかかっている。
自分も先輩のように前線で『シン』と戦いたいと。
上の命令ではどうしようもない。
さっさと配置につけとルッツに言われガッタはその場から走り去ってしまった。

「通行許可が出たのか」

私達に気付いたルッツがこちらに来る。

「ガッタかわいそうだったな」

「戦わずにすんで運がいいじゃねぇか。大体、何で戦うんだ?主役はアルベド族の機械だろ」

ティーダ、ワッカがルッツと話す。

討伐隊が戦う理由……
もしかして……

「機械の準備が出来るまでの時間稼ぎ……?」

「ああ、その通りさ」

「けっ!け――――っ!」

アルベド族のお膳立てのような作戦にワッカは不貞腐れていた。

「ワッカ……」

そんなワッカにルッツは話しかける。

「もう話す機会がないかもしれないから……謝っておきたいことがある」

「ルッツ!だめ!!」

その剣幕に皆何事かと声の主、ルールーを見る。

きっとあの事だ……
私とルールーは知っていた。

「なんだよ」

「お前の弟を討伐隊に誘ったのは……俺だ」

チャップが討伐隊に入るきっかけを作った……
『シン』に直接立ち向かう道を勧めた……
死ぬ原因を作ったのは俺だと……
ルッツはすまんと頭を下げた。

一時の間の後、

バキッ!!

「ワッカ!!」

「ワッカ!落ち着けワッカ!」

ワッカはいきなりルッツに殴りかかった。
ルッツはその衝撃で吹き飛び、ティーダがワッカを後ろから押さえてくれる。

「一緒にブリッツやっててよ……大会で一回でも勝ったら……勝ったらルーに結婚申し込むって……楽しそうに話していたのによ。ある日突然討伐隊になるだもんな」

ワッカのその声は少し震えていた。
倒れ込んだルッツが起き上がり、また話し出す。

「好きな女と一緒にいるよりも……そいつの近くに『シン』を近付けないように戦う。そっちの方が格好いいかもって、あいつは言ってた」

その言葉を聞いた後ワッカはルールー、そして私に聞く。

「ルー、サクラ、知ってたのか」

「この旅に出る前にね……聞いた」

「私はルールーから聞いた……」

そう、あの時ルールーは私の胸の中で静かに泣いた。
チャップはルールーを守るために討伐隊に入ったんだよ、本当にルールーのことが大好きだったんだよって慰めになっているのかわからないようなことを言ったっけ。

「はは……ルールーのパンチも効いた」

その時、ルチルさんがやってきて前線に配置された隊員に集合をかけた。

「悪い、時間だ」

「ルッツ!死ぬんじゃねぇぞ」

「殴り足らないか?」

「全然足りねぇ!」

死……

ワッカの口から出たその単語に嫌な予感が頭をよぎる。
私は咄嗟にルッツの行く手を遮っていた。
ユウナも考えていることは同じだったようで、私と同じく両手を広げ行かせまいとする。

「ルッツ……行かないで」

「ルッツさんダメ、行っちゃダメ」

「ありがと、サクラ、ユウナちゃん」

そこにアーロンさんの言葉がかかる。

「通してやれ。ユウナ、お前が召喚士の道を選んだ覚悟と……この男の覚悟は同じだ。邪魔はするな」

その言葉にはっとする。
覚悟……それはもう揺らぐことのないもの。
邪魔をしてはいけない、見守るしかない。
私とユウナは下を向き、そっと道を開けた。



―――――


作戦司令部の手前に着くとガッタがいた。

「まもなく戦いが始まります。いろんな準備を忘れないでください」

……なんてやる気のない声だろう。

「おいおい、何か投げやりだな〜」

「あったりまえだろ!」

ワッカの言葉にガッタは憤りを露にする。

「俺は『シン』と戦いたくてここまで来たんだ!それだってのに……ああっ、くそ!」

よほど前線の配置にならなかったことが悔しかったのだろう。
でもこれじゃあまるで思い通りにならず、駄々をこねてる子供だ。

「ガッタ……何も前線で戦う人だけが『シン』と戦う訳じゃないよ。あなたの仕事だってやってくれる人がいなければ、スムーズに作戦が進まないでしょ?」

「その通りだ。認められたいのなら、まず与えられた任務を黙ってこなしてみろ」

私が説得をしようと話をしているとアーロンさんも助言をしてくれた。
ガッタは「うっ」と言葉を詰まらせ去っていってしまう。
分かってくれていたらいいのだけど……



―――――


「おお……」

作戦司令部に入ると恰幅のいい男性がアーロンさんに近付いてくる。

「シーモアから聞いたが本当に会えるとは思わなんだ」

その人はアーロンさんに抱き付いた。
見たことはなかったけど、恐らくこの人がキノック老師だろう。

「久しいなアーロン!10年ぶりか?」

キノック老師はアーロンさんとの再会を喜んでいるようだったけど、アーロンさんはそうでもないみたい……
素直に喜べない何かがあったのかな。
そんな二人を眺めているとガッタが作戦準備完了の報せを持ってくる。
しかし、キノック老師はガッタを下がらせるとまたアーロンさんに話し始める。

「なぁアーロン、この10年何をしていた?」

「作戦が始まる。そんな話しはいいだろう」

「どうせ失敗する作戦だ。少しでも長く夢を見させてやるさ」

私は耳を疑った。
老師ともあろう御方からそんな言葉が出るなんて……
失敗が確実な作戦?
皆『シン』を倒そうって集まってくれているのに……?
どういうことなの……?

「キ……」

「キノック老師」

キノック老師に質問をぶつけようとした時、シーモア老師の声に遮られた。

「ああ、始めてくれ」

キノック老師は私を一瞥するとこちらに背を向け離れていく。

「あいつが老師とはな……」

「聞こえたぞ、アーロン」

う……地獄耳……
何だろう……
この人好きじゃない。

「この10年色々あった。お前はどこで何をしていた?」

しつこいし。

「友との約束を果たしていた。まだ終わっていない。」

「一つ教えてくれ。お前はザナルカンドを見たのか?」

二つ目の質問には答えず、アーロンさんは私に「行くぞ」と言いこの場から去る。


「アーロンさんキノック老師とお知り合いだったんですね」

「昔な……少し性格が変わったようだがな」

その時、ふと紅い着物から出ているゴツゴツとした手首に赤いブレスレットが見えた。

あれ?何だか見たことが……

「アーロンさん……そのブレスレット……」

「!?」

「私のと同じですね!」

そう、今私の手首にあるそれと全く同じものだった。
記憶を失った10年前、身に付けていたものだ。
とても大事な物……そんな気がして肌身離さず身に付けていた。

「アーロンさんとお揃い、すごく嬉しいです!」

見てくださいと言わんばかりに自分の手首についたブレスレットを見せる。

「あ……でも、アーロンさんは迷惑ですよね」

よく考えてみたら、いきなりお揃いで嬉しいだなんて言われても困惑するだけだ。
でもアーロンさんは、

「……いや、悪くない」

そう言って微笑んでくれた。
それだけで私の顔はぼんっと赤くなる。


ああもう、これ一生の宝物だ……



―――――


『シン』を呼ぶためにコケラに悲鳴をあげさせる。
その為に準備をと言われた。

「要するにコケラと戦うってことですかね……」

「そんなことをしなくても『シン』は来る……」

キノック老師の指示で檻からコケラが解き放たれる。

「ひ……」

その外見に私は全身に鳥肌がたった。
それはまるで百足のような……
何かにすがりたくて近くにあった紅い衣を握りしめる。

「どうした?怖いのか?」

「私……足の多い虫とか……ダメなんです……」

そのコケラはこちらを標的に決めると近付いて来た。

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

来ないで!!
可愛くない悲鳴をあげて私はアーロンさんの腕にしがみついた。
アーロンさんの口からは溜め息が聞こえる。

「すぐに片付けてやるから待ってろ」

拘束されていないほうの手を私の頭にポンと置くと『シン』のコケラに向き直る。
そして私を庇うようにそっと後ろに隠し刀を構えた。


……かっこいい。

私はアーロンさんに見惚れていた。

「サクラ、戦える?」

ルールーが声を掛けてくる。

「が、がんばる……」

「サクラ、顔赤いよ?」

「へ?」

ユウナが私をからかうように笑う。

「ほ、ほら戦うよ!」

しかし私がそう言えばユウナは「うん!」と凛とした表情になりコケラに視線を戻す。
すぐには顔の熱はおさまらず、自分にブリザドやウォータをかけたい気分だった。

とりあえず、プロテスやシェルといった防御魔法を皆にかけ始める。
そして腕のような部分が本体を守っていると分かると、ちまちまと黒魔法で攻撃を始めた。

……もちろん遠くから。

遠くから見ていたせいかコケラの頭がおかしな動きをしているのに気付く。


「気持ち悪いわ〜!!」

その動きを見た私は反射的にファイアを連発した。
そりゃあオーバーキルする程。
もう嫌だ……

皆の視線が私に集中する中、アーロンさんのドスの効いた声が耳に入る。

「また魔力が尽きて倒れるんじゃあるまいな」

「う……」

だって……気持ち悪いんだもん……

「介抱する身にもなれ。あとは俺たちで本体を倒す。後ろで見てろ」

それから私はアーロンさんの後ろで小さくなり、皆の戦う様子を眺めてた。
後先考えずに魔法を連発する癖直さないとな……

そんなことを考えていたら、皆の攻撃に耐えられなくなったコケラが悲鳴をあげた。



そして、海がざわつく。




―――来る。





次第にその姿が見えてくる。

視界に『シン』が入るとルチル隊長の「行くぞ!」という威勢の良い雄叫びが聞こえ、討伐隊の人達が駆け出した。




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