記憶の彼方
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13.5章
(アーロンサイド)
今まさにその爪で人の肉を抉ろうとしている魔物を一太刀で葬る。
幻光虫が舞い、次の魔物に向かおうとした時だった。
俺の背中に懐かしい声がかかる。
「アーロン……さん……?」
聞き覚えのある柔らかな優しい声。
懐かしさを感じ振り返る。
その顔を見間違える筈がない。
10年前とさほど変わらない顔。
10年間恋い焦がれていた人。
手首を見れば俺のそれにはめてある物と全く同じブレスレット。
「サクラか……?」
10年前、この腕から消えた愛しい者の名を呼ぶ。
もう逢うことは叶わないと思っていた人。
その人が目の前にいる。
俺は驚きを隠すことができなかった。
まだこの世界にいたのか。
10年間何をしていた?
髪を伸ばしたのか。
少し痩せたか?
聞きたいこと話したいことは山程あった。
そして……触れたい……そう思った。
しかし、魔物達が邪魔をする。
「話しは後だ、片付けるぞ!」
「は、はい!」
だいぶ倒した筈だが魔物が途絶える気配がない。
「なんだよ、これ!」
走ってきたティーダの叫びと同時に辺りを見渡そうとすれば、ふらふらと今にも倒れそうなサクラの姿が目に入った。
「サクラ!!」
崩れ落ちようとするその体を支える。
どこか怪我でもしているのか?
サクラの顔を見れば、その瞳は鎖で繋がれたような召喚獣を微動だにすることなく見つめているようだった。
奴の召喚獣が魔物を一掃し、還っていく。
それと同時にサクラの瞼がすぅっと閉じる。
その様子を見ていた俺は血の気が引いていくのを感じた。
あの時と同じだ。
俺の腕の中で瞳を閉じたままお前は消えた。
今度こそ離すまいと腕に力がこもる。
しかし、今回は違った。
10分程たっただろうか、瞼がゆっくりと開く。
外傷は見当たらない。
きっと自分のことを顧みず、魔力を使い続けたのだろう。
昔からそうだった。
自分のことより人のこと。
周りに心配をかけてばかりだ。
ゆっくり開いたその目を見れば、叫びながら俺の腕の中から飛び出していく。
腕から消えた温もりに淋しさを覚えながらも安堵していた。
しかし、俺の口から出てきたのは説教じみた言葉。
「少しは自分の体のことも考えろ」
歳をとったせいか、素直に言葉が出てこないものだな。
サクラからは「すみません……」と10年前と同じ口癖。
その言葉に顔が綻ぶ。
お前は変わらないな……
やはりこいつはサクラだ、そう確信を持ったが次の言葉が胸に突き刺さる。
「初めまして!」
初め……まして……?
何を言っている?
俺はその場に固まってしまった。
いや……確かこいつは10年前にも記憶を失っていっていた。
まさか……
「覚えて……いないのか……?」
声が震えていたような気がする。
信じたくない。
否定してほしい。
俺のことを忘れてしまったなど……
サクラは逆に何を言っているんだといったような顔をして。
「え……?」
……俺は何を期待しているんだ。
サクラが俺を覚えていたとして、今の俺に何が出来る。
ただ悲しませるだけではないか。
であれば、むしろ俺のことなど忘れてしまっていた方がサクラにとっては幸せだ。
「……いや、いい」
ただこうして再び逢えた。
それだけで俺は幸せだ。
これ以上望むものなどない。
俺は気持ちに区切りをつけ、話を終えようと短く言った。
「もしかして……10年前の私のこと知ってるんですか?」
しかし、今度はサクラの方から質問が飛んでくる。
知っているも何も俺達は……
何と言おうか。
「……そうだな」
歯切れの悪い言葉しか出てこない。
「何でもいいです!教えてください!私、10年前キマリやユウナに会う前の記憶がないんです……」
「……そうか」
やはり……
感づいてはいても、はっきりと言われるとやはり堪える。
俺は余計なことを言って混乱させるまいと適当に話す。
「……10年前、旅の途中で少し知り合っただけだ」
「そうですか……」
「……俺が知っていることといえば、年齢くらいか」
話を逸らすように、女には禁忌とされる話題をわざとふる。
「あ、それ気になります!サクラって自分の歳もわからなくて」
そこまで重症なのか……
ブラスカの娘の言葉にサクラを見る。
サクラは自分も知りたいと頷いていた。
「たしか10年前のあの時で23と言っていたか」
そう言えば周りの皆が驚いたような顔で一斉にサクラの方を向いた。
その様子が滑稽で俺は更に続けた。
「あれから10年だから、今は……」
「もう分かりましたから!大丈夫です!」
顔を赤くしたサクラに言葉を遮られた。
それが可笑しくてつい笑いが溢れる。
「フッ……」
「マジか……」
「思ったより上だったわ……」
「全然見えない……ルールーと同じくらいだと思ってた……」
「そ、そんなにジロジロ見ないでよ!」
奴らはサクラを凝視したまま口々に感想を言う。
初めてお前の歳を聞いた時もそうだった。
10年前を懐かしむように俺はその光景を見ていた。
その輪の中に入りきれない少年を横目にやって。
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