記憶の彼方
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12章
多くの見送りの元、ビサイドを発った。
そして、今私達は船に揺られている。
ただでさえ召喚士は皆から敬われる存在だ。
それに加えユウナは大召喚士ブラスカ様の娘。
皆が放っておくはずはなく、口々にユウナのことで盛り上がっている。
この先もこんな感じなんだろうな……
少しうっとおしくも感じたがこれもユウナが期待されているからこそ。
仕方のないことだと諦めている。
「ジェクト……」
私がその名前を聞いたのは、ユウナとティーダが話している時。
その名前を聞いたのは初めてではなかった。
以前ユウナにも聞いたことがある。
その人もザナルカンドから来たと言っていたと。
楽しい人だったと。
ティーダの父親も同じ名前だと言う。
そんな偶然あるものだろうか。
そしてその名前にも懐かしさを覚える。
ブラスカ様の名前を初めて聞いた時もそうだった。
今は皆が連呼しているものだから慣れてしまったが。
「サクラ?」
私がその名前を呟いたからだろう、ティーダが不思議そうに私を見ていた。
「あ、うん。何でもない」
「サクラにもジェクトさんのことは話したことあるの」
「そっか……ま、俺の親父とは別人だ。気にすんなよな。……にしても、サクラって何だかぼーっとしてるよな」
「へ?」
「そうなんだよー、この間なんか何もない所でつまづいたり……そうそう、その前なんてね……」
「ゆ、ユウナっ……!」
今度は私のことで盛り上がろうとしている若者二人を止めようとユウナに手を伸ばした時だった。
「うわっ!!」
いきなり体に衝撃が走る。
海はうねり、船は大きく揺れていた。
大量の水しぶきがかかり、私はバランスを崩した。
「ユウナっ!!」
ユウナも同じくバランスを崩し、その場に倒れ込む。
そんなユウナの手をティーダと一緒につかむが、船の揺れは激しくなるばかりで握力はどんどん失われていく。
海水で手は濡れ、掴もうと思っていても滑ってしまう。
無情にもユウナの手は離れていってしまった。
「きゃぁぁぁっ!」
「ユウナぁ!!」
しかし、後ろから跳んできたキマリがユウナを支えてくれる。
流石ロンゾ族。
体幹が強い。
ほっとしたのも束の間、海の中から大きなヒレのようなモノが見えた。
アレはこれからユウナが倒そうとしているモノ。
だれかが叫んだ。
「シーーーーーーーン!」
こんなに近くで見るのは初めてだ。
近くで見るとひしひしと感じる。
強大な力、魔力。
人が太刀打ちできるものではない、圧倒的な存在であるということ。
『シン』に気を取られていたら、クルー二人がそれぞれのワイヤーフックを手に取り構えているのに気がつかなかった。
「そりゃワイヤーフックだろーがっ!そんなもん撃ち込んでどうするよ!船ごと海に引きずりこまれるぞ!」
ワッカの声でワイヤーフックの方を見れば、クルー達が『シン』に照準を合わせている所だった。
ワッカの言う通りだ。
そんなことをすればユウナはおろか、この船に乗っている全員が危険になる。
「『シン』はキーリカに向かっている!あいつの注意を引きつけたい!」
「キーリカにはオレ達の家族が!召喚士様、お許しを!」
クルー達の悲痛な叫びが耳に届く。
『シン』はキーリカを襲うつもりなのか……
何より大切な家族を守ろうとするその行動を否定など出来るものか。
私とユウナはお互いに頷き、クルー達に承諾の意を示した。
「待てよ!本気かよ!」
私達の返事に納得のいかないワッカが叫ぶが、一刻の猶予もない。
クルー達はワッカの制止の声には耳を貸さず、ワイヤーフックを『シン』に撃ち込んだ。
それは見事に『シン』の背ビレに突き刺さったが、その勢いは止まらない。
予想していた通り船ごと『シン』に引っ張られ、船内に悲鳴が響き渡る。
バランスを保とうと身を低くした時だった。
目の前に耳障りな羽音が響く。
『シン』のコケラ達だ。
「ファイア!」
私は魔法で次々とコケラ達を撃ち落としていく。
ティーダや他の皆もコケラ達に応戦しているが、何せ数が多い。
倒しても倒しても『シン』から沸いて出てくる。
「何匹出てくんだよ!?」
誰もが思っているその言葉をティーダが代弁する。
コケラは『シン』のウロコのようなもの。
じゃあ……
「皆!『シン』の背ビレを攻撃して!」
私は叫んだ。
『シン』がコケラを飛ばすのをやめさせればいい。
私、ワッカ、ルールーが中心になって『シン』の背ビレを攻撃する。
こんなもので倒せるとも思っていないが、それでもダメージを受けているようで『シン』はひるんでいる。
「「サンダー!!」」
私とルールーのサンダーが同時に当たると『シン』は悲鳴のような声をあげて暴れ始めた。
そして船体は再び大きく揺れ、思いっきり海水を上からかぶる。
『シン』の行方を目で追えば、それは進行方向を変えることなく巨体を揺らしながら進んでいた。
残されたのは無念と言っているかのような根元から折れたワイヤーフックの台座。
とりあえず皆は無事かと辺りを見渡す。
1人足りない。
それに気付いたワッカと目が合い、彼は頷くと海に飛び込んでいった。
恐らくティーダは海に落ちたんだろう。
ブリッツの選手だというのだから、海の中でも多少大丈夫だとは思うが……
海の中でも『シン』のコケラがいて倒してきたという二人を乗せた船はキーリカに向かった。
どうか無事であって欲しい、そう願いながら―――
―――――
「っ……!!」
その光景を見た誰もが言葉を失った。
キーリカに家族が在る、そう言ったクルー達は泣き崩れている。
そこにある瓦礫は家だったものだろうか。
向こうに浮かんでいる多くのモノはつい先程まで息をしていた人達だろうか―――
怒り、悲しみ、無念、苦しみ、絶望、憎悪……
色んな感情が入り交じって頬に雫が伝う。
「私、『シン』を倒します。必ず倒します」
誰もが言葉を失っている所に凛とした声が響く。
ユウナは強い、更に覚悟を揺るがないものにしたのだろう。
そんなユウナの手を強く握れば、彼女も強く握り返してくれた。
―――――
キーリカに上陸すると、ユウナは異界送りを申し出た。
むせびなく住民に見守られながらの初めての異界送り。
幻光虫がユウナの周りに舞う。
それは幻想的でもあり……不気味でもあった。
「私うまくできたかな」
「初めてにしては上出来」
ルールーがガードになったのはこれで3回目。
他の召喚士の異界送りも見てきたことだろう。
そんなルールーに上出来と言われれば自信を持って良いということだ。
それでもユウナの頬には涙が伝っていた。
「きっと皆異界に行けたわ。でも次は泣かないようにね」
「うんっ……」
次……こんな心が抉られるような場面に遭遇することが今後もあるのだろうか。
私はユウナの頭を撫でながら次なんてなければいい、そう思った。
復興の手伝いをし、私達は寺院へ続く森へと進んだ。
「あのさ……ガードお願いしちゃダメかな」
「ガードじゃなくてもいいの、そばにいてくれれば」
ユウナの照れたような声にワッカは盛大に驚いている。
私も驚いたが彼の明るさは確かにこの旅に必要かもしれない、そう思った。
ただでさえ不安だらけの旅だ。
ユウナを支えてくれる人間は多い方がいいと思う。
ただ、それ以上の感情を持たなければ。
それはお互いにとって辛くなるだけだから―――
―――――
キーリカの寺院ではドナという召喚士に会った。
父親がブラスカ様という大召喚士のユウナを羨ましく思っているのか散々嫌味を言っていた。
「ガードの人数は信頼できる人の数と同じです。自分の命を預けても安心だと思える人の数です。だから私にはこんなにガードがいてくれて幸せです」
ユウナのその言葉にぐうの音も出なくなったドナは「勝手にしなさいよっ」と捨て台詞を吐いて出ていってしまった。
正直、モヤモヤしていた胸がスッキリした。
そしてユウナがそんなふうに思ってくれていたことに嬉しさを隠しきれず、私達は笑いあった。
「ありがとう、ユウナ」
―――――
「ドナと筋肉男が無理矢理さぁ……」
試練の間に入れないはずのティーダがまたもや控えの間に現れた。
キマリにシャットアウトされたのに、だ。
私とルールーは頭を抱える。
「理由はどうであれ罰を受けるのはユウナよ」
「罰って……どんな?」
「最悪、寺院立ち入り禁止とか?」
「マジっすか……」
ことの重大さに気付いた彼は頭を垂れた。
控えの間には歌が響く。
祈り子様に一番近い間。
そこはどこよりもはっきりと歌が聴こえる。
その歌にティーダは耳をすましているようだった。
無事にイフリートの力を得たユウナと私達はまた船に揺られている。
私とルールー、ワッカの話題はザナルカンドから来た彼のこと。
「ユウナがガードにしたがっている」
ルールーが言う。
「私はいいと思うけどな、ティーダが良ければ」
「俺もそうだけど、何でユウナはあいつをガードにしたがるんだ?」
「ジェクト様の息子だからよ」
ルールーは即答したが、私は少し引っ掛かった。
「そうなのかなぁ……」
「ホントにジェクト様の息子なのか?」
「真実はともかくユウナはそう信じてるわね」
「なるほど」
「なるほどなるほどってあんたちゃんと考えてるの?」
また夫婦喧嘩が始まった。
ワッカとルールーはいつもこんな感じだ。
いや、夫婦ではないけれど。
さっきの話、ユウナはもしかして彼に好意を抱いてはいないだろうか……
そんなのは召喚士の自由だが、もしそうだとしたら……
「くそっ!『シン』が何でもかんでも取っていきやがる……」
私の考え事はワッカの切ない声で途切れた。
「そう……だね……」
その『シン』に自ら立ち向かっていく召喚士。
その命を守るにはどうしたらいいのか。
そんな事を考え始めた時だった。
ズキンっ……!!
「っ……!!」
いきなり強烈な頭痛に襲われ、私は頭を抱える。
「サクラ!?大丈夫か!?」
「う……うん、ちょっと頭痛がしただけ」
「無理すんなよ。まだまだ先は長いんだからな」
「そうよ、早く休んだら?」
「そうだね……そうする」
疲れが出たのだろうか。
まだ頭痛の余韻か頭がジンジンと響いている。
私は二人に就寝の挨拶をし、ベットへと向かった。
目覚めればきっと目的地、ルカに着く頃だろう。
頭痛のことは特別気にせず私は瞼を閉じた。
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