記憶の彼方
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6章
「そういえば、ジェクトさんってザナルカンドっていう所から来たんですよね。どんな所なんですか?」
今私達は祈り子様の所に行っているブラスカさんを待っていた。
改めてブラスカさん達と同行するようになってからしばらく経った。
自分が怪我をする前にそんな話を聞いたなぁと、軽い気持ちでジェクトさんに尋ねる。
でも声を発したのは尋ねられたその人ではなくて、後ろにいた人物だった。
「お前は……この世界のことをどこまで知っているんだ?」
「え……?」
「この旅の目的は知っていたようだが……」
不思議そうな顔をしたアーロンさんが逆に尋ねてくる。
この世界に来た時、アーロンさんやジェクトさん、ブラスカさんのことは知っていた……と思う。
何でだろう?
……私はこの世界を知ってるハズ……?
どうして知っているの……?
どうして知らないの……?
ここに来る前私はどこにいた?
何をしていた?
ここに来る以前の記憶を探ろうと頭を抱える。
そんな考え込んでいる私にジェクトさんが質問の答えをくれた。
「サクラちゃん、ザナルカンドは1000年前に滅んだんだとよ。俺も信じらんねぇけどな」
「……あ、そうなんですか……」
聞いておきながら申し訳ないけど、ジェクトさんの言葉は頭に入ってこなかった。
正直、今私の頭の中はごちゃごちゃだ。
もしかして、私……
ここに来る前の記憶がなくなってる……?
一時的に記憶が飛んだわけじゃない……?
あれだけの衝撃を受けた後だったから一時的に頭が混乱していても仕方ないと思っていた。
しかし、怪我をしてからかれこれ十数日経っている。
頭に右手を置いて必死に記憶を探るが、出てくるのは初めてアーロンさんに会った時からの記憶。
「私……アーロンさんに初めて会った時、アーロンさんのこと知ってるみたいでしたよね……?」
頭に右手を置きながら、一点を見つめ誰に問うでもなく呟いた。
その声が聞こえたのか、その人は答えてくれる。
「ああ」
その短い返答を聞き、ゆっくりと声の主に向き直る。
「……何で知ってたんでしょうか……?」
質問の意図がわからないといったふうにアーロンさんとジェクトさんは顔を見合せる。
そんな時、重たい扉が開く音がした。
そこから出てきた召喚士は、ふぅ……と一つ大きく息を吐いて言った。
「お待たせ。……どうかしたかい?」
私達の様子がおかしいと思ったのか、ブラスカさんは聞いた。
「あ、何でもないです!お疲れ様でした。次はどこに行くんですか?それとも今日はここで一休みですか?」
同行させてもらってる身で心配なんかかけるわけにはいかないと、私は話を断ち切り寺院の外に向かった。
私の後ろ姿を三人が顔を見合せながら見ていることなんて気付かなかった。
―――――
その日の夜は近くの宿に泊まることになった。
……私に気をつかってくれたのかな……
結局迷惑かけてる。
もう余計なことは言わないようにしよう。
旅に支障が出ちゃう。
それでも考え事がしたくて、一人で夕陽が射し込む丘まで来た。
座れそうな場所を探し地面に腰をかけ、膝を抱えるようにして座る。
「はぁ……」
自然に出た溜息。
「どうした?」
「!?」
自分以外の声が聞こえ驚いた。
声のした方を振り返るとそこにはアーロンさん。
「どうして……?」
「お前の様子がおかしいのでな。悪いとは思ったがつけさせてもらった」
やっぱり気にかけてくれてたんだ。
何だか申し訳なさが込み上げてきて、反射的に謝っていた。
「すみません……」
「何で謝る。おかしな奴だな」
そう言いながらアーロンさんは私の隣に腰かける。
しばしの沈黙……
気まずい……
アーロンさんと二人きりになるなんて。
何を話したらいいんだろう。
いつもだったらジェクトさんが陽気に話しかけてくれたり、ブラスカさんが場を和ませてくれたりしてくれる。
でも今はいない。
「えっと……」
沈黙に耐えかねて何か話そうと口を開く。
しかし私の声を遮ってアーロンさんが話し始めた。
「お前はこの世界の人間ではないと言ったな」
「……はい……」
アーロンさんは夕陽を見つめながら話している。
夕陽に染まるその横顔を一時見て私は俯く。
この世界の人間ではない……
アーロンさん達に会ってからそんな話をしたことは覚えている。
「俺はこの世界しか知らない。ジェクトのやつもザナルカンドから来たなどと言っているが、この世界のザナルカンドではないようだ。……『シン』のせいか不思議なことが起きるな」
普段あまりしゃべるイメージのないアーロンさんが話している。
いつもと違う穏やかな声に私は顔を上げ、アーロンさんを見た。
夕焼けに染まる顔って綺麗だななんて思った。
アーロンさんは視線を変えることなく話す。
「お前の世界はどんなところなんだろうな」
ずきん……
胸が痛む。
その質問に曖昧に答えることしか出来ない。
だって……私にだってわからないんだから。
それ以上突っ込まないで欲しいと思っていたが、やはりそうはいかなかった。
「ジェクトが来たザナルカンドのようなところだと言っていたが、今日の様子をみるとお前はザナルカンドのことは知らないようだし……本当にお前が来たのはどんなところなんだ?」
それまで夕陽に向けていたその視線を私に向け、私が今一番聞かれたくない質問を投げ掛ける。
視線が合う……
綺麗な瞳。
嘘なんてすぐに見透かされてしまいそう。
そんな視線から逃げるように私は一つ息を吐いて夕陽を眺めた。
「……どんなところなんでしょうね……」
夕陽を見ていたら口から言葉が滑り落ちた。
「何……?」
私からそんな返事が返ってくるとは思わなかったであろうその人は不思議そうな顔をしている。
そんなアーロンさんを見ることなく私は続けた。
「……覚えてないんです。アーロンさん達に会う前の事。ちょっと前までは覚えてたような気がするんですけどね」
余計なことは言わないようにしようなんてさっき決めたばかりなのに。
綺麗な夕陽が、彼の綺麗な瞳が決心を鈍らせる。
聞いて欲しいと思ってしまう。
力なく笑ってアーロンさんに向き直ると、申し訳ないといった表情をしていた。
「……すまない……」
「謝らないでください。気にされるほうがちょっと辛いですから」
私のことで気に病むことなんてない。
大丈夫ですよと笑いながら顔の前で手を振る。
だけど真剣な顔で、
「俺達が………俺が今ここにいる。それでは駄目か?」
私の目を見つめながらそう言ってくれるアーロンさん。
その優しさが心を打つ。
自分がいた世界の記憶だけではない。
このまま記憶を失い続けてしまうのではないかという不安。
自分が今ここにいる理由だって分からない。
私はどうなってしまうのか。
今まで溜まっていた感情が一気に込み上げてくる。
私は溢れ出てくる涙を堪えることが出来ず、声をあげて泣いていた。
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