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極めて純粋な毒を


  ふと気付けば視線があって、その視線は御構い無しにチクチクと肌へと突き刺さる。むず痒さはあるものの嫌な気はしねェ、これはあいつだからであろう。そして視線の持主を辿ろうとすると視線は交わる前に自然に逸らされる。

「…チッ」

  俺の舌打ちに対して、隣から"どうした靖友?"という呑気な声がかかる。もぐもぐとパワーバーを頬張る姿は相変わらずである。それに答える事もなく、先程渡してもらった白いタオルを握りしめ首へとかけた。
  向けられる視線は紛れもなくみょうじからである。そう、特にここ数週間だ。日に日に寒くなるっつーのに、向けられるものは日に日に熱くなるばかりだ。その熱を受けて、直ぐに反応する訳がねェ、ンなに俺は単純じゃねェ。あくまで変わらぬ距離を保ちつつ、みょうじの反応を楽しんでいるっつーのは趣味がワリィんだろう。仄かに染める頬、いつもは威勢が良いくせに大人しくなる声、忙しくなる手先が髪を耳にかけるその仕草…嫌いじゃねェってソレ。

  その視線に気付いた時からフィルターがかかったみてェで無性に魅力ある様に感じてしまう。やっぱり単純なのかヨと自分自身を罵りたくなった時も多い。徐々に増え続ける想いを飲み込んでいるのは辛くて、いっそ吐き出してしまった方が良いのではないかという程になっていた。…っと、らしくねェ。やり場のない想いを頭の中に巡らせながら足元を見ていた視界に、男の足が入ってきた。

「ところで荒北はいつになったら素直に応えてやる気だ、もどかしいにも程があるだろう」
「…ッセ、何の事だか分からねェなァ」
「性格が悪いぞ荒北!」

  人の顔を指差し、声を荒げる東堂を一蹴する。が、この返答一つで全てが伝わってしまうのだろう事なんて承知の事だ。そんな俺の返答を聞いてぐだぐだと喧しくなる声から逃げていく。ほらみろ、他の奴らにも気付かれてンじゃねェか、第三者までに気付かれてンのにそれにすら気付かねェ鈍いやつ。最初は俺の自意識過剰だと思っていたのだがここまで明らさまであると無視も出来ねェっつーの。

  息を吐く様に喉を鳴らし、視線の主の元へと足を進める事にする。もうそろそろ観念するしかねェだろう。自分でも分かるほど顔は嬉々としているだろうし、部活終わりだと言うのに足は軽かった。

  部室のドアを静かに開けた。しかし、少し錆び付いたドアは耳障りな音を立てた。おかげで俺が入ってきた事に気付いたのか、みょうじの書類作業の手は止まる。それと同時に慌しく荷物を纏める素振りを見せる。乾燥する室内で物音はやけに響き、凛とした声が震えていきそうなのが分かってしまう。

「ごめん、着替え…だよね?」

  短く視線を合わせ、戸惑いがちに部室を後にしようとするみょうじ。ここ最近良くある光景だ。以前は口煩い印象しかねェのにな、いや…俺以外にゃ口煩いのは変わってねェか。やけにしおらしくなったその姿を見ると、何かを駆り立てられるのは男のサガなのだろうか。

「…なァ」
「え、」
「ある噂あンだけどォ…」
「へ…?、」
「…おめェ俺の事好きなのォ?」
「っぇ、ぁ…!好きじゃない…!」

  パッと見上げられた顔は、焦りや羞恥が混じり正直言ってすげェ美味そうなニオイがしていた。
  純粋さを隠すように吐かれた嘘は甘い毒となって俺の身体を犯していく。目を吊り上げ、好きではないというその口はいつもよりも小さい。迷いや焦りの色が見えるそんな弱々しい目線で俺を射抜いて、言葉とは裏腹に人のサイジャの裾を握りしめる始末。で…ンなに距離詰めて、おめェは何がしてェンだよと頭を抱えて罵りたくなる。

  付き合うやなんやまでの筋書きとかシナリオって一体何なんだろうなァ…。冷静だと思っていた自分の頭の中は予想外にもグチャグチャであった。もう少しだけこの関係のまま余裕がある自分が楽しむ…というような意地の悪い筋書きもあっという間に頭の隅へと追いやられた。

  嘘を吐く癖にその素直さは隠しきれていないその姿が悔しくも悪くはねェ。そして、焦って握ってしまったのだろうギュッと裾を握りしめた手を解く術は見つからないらしい。それはまた愛おしい気もしてならない程に参ってる事にこいつは気付いてねェ。
  複数に散りばめられた選択肢というカードの中から何を選んだら最高か。手っ取り早いカードを引き抜いたらしい俺は、勢いのままか細い腕を掴んだ。

「…俺も好きじゃねェよ…」

  すっぽりと収まった身体に向かって吐く嘘は、乾いたこの部室に広がった。甘く溶け出した嘘はこいつに伝わるのだろうか。
  あー、クソ…シャワー浴びてねェし汗くせェかもしんねェっつーのにどうしたら良いンだよ。苦笑しているのに自然と緩んでいく表情筋を必死に抑える。バクバクとチャリ乗ってるみてェに激しく音を立てるこっちの心臓もうるせェ。真っ赤に顔を染めながらも必死に意地悪気な顔を作り睨みつけるみょうじの姿を見たらこの忙しい心臓の動きも伝わっているのだろうと推測出来てしまった。

  どうやら嘘を吐いているくらいが俺たちにゃ丁度良いみてェだ。





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