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花を吐く代わり


『花吐き病って言ってね、片思いをこじらせると花を吐いちゃうんだって。』
「....それはまた何やら奇妙な病だな。」



よく考えたよね、と隣で伏し目がちに笑うなまえの目は、やはり少し赤く腫れていた。



かれこれ10年の付き合いになる幼なじみとこうして学外で会うのは、本当に久しぶりのことだ。
部活後、もはや習慣となったライバルとの電話をすべく携帯を手に取ると、一件の受信メッセージが目に入った。珍しい送り主からのたった一言の誘いは、絵文字や顔文字一つない素っ気ないものだったが、愛車を校門まで走らせるのには極めて十分だった。これは何かあったな、という俺の予想は、部活後にごめんね、と眉を下げて笑うなまえの顔を見てすぐに確信へと変わる。決して目にゴミが入ったわけではないであろう潤んだ瞳にも心当たりはあったが、俺はただ黙って、なまえの隣を歩くことにした。



振られちゃった。―――なまえの家までの帰路を歩き始めて数分。隣でぽつりと呟やかれた言葉は、俺の心当たりをまたもや裏切らないものだった。
なまえが同じクラスのやつにずっと思いを寄せていることは知っていた。話こそ直接聞いたわけではないが、やつに対するなまえの眼差し、態度は恋をするそれそのものだ。周りには気付かれていないようだったが、なまえと全く同じ状況にある俺にとって、それは手に取るようにわかることだった。
必死に涙を堪えながらぽつり、ぽつりと話すなまえを、俺はただ見つめることしか出来なかった。一通り話し終えたなまえは少し間を空けてから、知ってる?と俺に尋ねた。それが、冒頭の話だ。



『―――まあ架空のお話なんだけどね。この間お姉ちゃんから借りた漫画に出てきたの。すごい納得しちゃったんだよね、花を吐く、って表現に。上手く言えないんだけど、ああ、確かに今の私すごい量の花吐いてるなあ、って。』
「その漫画家は随分とロマンチックな表現をするのだな。」
『そうなの。でも片思いってなぜか美しく表現されることが多いよね。実際の心境はロマンチックの欠片もないのにさあ。』



真っ直ぐと前を見るなまえの瞳には、おそらく目の前の夕焼けは映っていない。代わりに映っているであろうやつの姿を思い浮かべると同時に、ふと自分が花を吐く姿を想像した。言葉を借りるのであれば、それこそ俺はなまえよりもずっと前から、大量の花を吐き続けていることになる。確かに、美しいな。この俺ならばなおさら。普段ならそう思えるのだが、今は違った。想像の中の俺が、ひどく辛く、悲しい顔をしていたから。



『....尽八はさ、花、吐いたことある?』
「俺は....ないな。」
『そっかあ、いいなあ。でも確かに、尽八ならその前に幸せになってそうだね。』
「そう思うか?」
『尽八に思われて振り向かない女の子なんていないよー。なんてったって、私の自慢の幼なじみですから!』



咄嗟に口から出た言葉は、もちろん全くの嘘だ。
ね?と俺の方を振り向いたなまえの顔は、今度こそ本当に、嬉しそうに笑っていた。

こいつの瞳に映る俺の姿は昔から変わらない。かっこよくて優しくて、しっかりものの頼れる幼なじみ。今でこそ前ほど接する機会は減ってしまったが、昔はほぼ毎週のように一緒に遊んでいたものだ。
人見知りで泣き虫だったなまえの面倒を見るのは、いつだって俺の役目だった。そのくせ、山にいる虫なんかは平気で触るし、いつだったか互いの家族で遊園地にいった時など、けろっとした顔で難なくお化け屋敷を制覇した。震える身体を必死に預けながらも、俺がなまえの背中を羨望の眼差しで見つめたのは、その時がおそらく初めてだろう。

それでも俺が守ってやらねば、半ば使命たるそんな思いを抱き続けて数年が経った頃。気付けばもう一つ、新たな気持ちが心の中ですくすくと育っていた。それは甘美なものとは程遠い、もどかしくて、苦い思い。そしてそれは、今も変わらず俺の中で確実に大きくなり続け、今か今かと外へ飛び出す瞬間を待ちわびているのだ。



『あーあ、尽八に話したらなんかすっきりした!』
「少しは落ち着いたか?」
『うん、ありがとう。やっぱり尽八はすごいや。そういえば、こうやって二人で歩くのも久しぶりだよね?』
「そうだな。昔は泣いているお前を慰めながらよく一緒に帰ったからな。」
『ちょ、ちょっと!変なこと思い出さないでよー!』
「―――なあ、なまえ。悪い、さっきのは嘘だ。」
『嘘、って?』
「....俺も吐く。吐き続けているさ、花を。」
『....え?』





そう、分かっているさ。俺はずっとなまえにとって大切な幼なじみ。そうやって10年間過ごしてきたし、これからもきっとそうなのだろう。

だがすまん、俺の心もそろそろ限界のようだ。
きっとこの後もまた、たくさんの花が俺の中から溢れ出す。
だから、せめてその前に一言だけ、どうかこの思いを吐かせてはくれないか。










(お前が好きだ。―――なまえ。)



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