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青い春の不純性


雨は唐突に降り出した。
常に携帯している折り畳み傘を開こうとしたら骨が折れており、ぱきぱきと小枝を踏んだような音が鳴って使い物にならなくなっていた。その場に居合わせたみょうじに傘に入れてくれないかと聞いたものの「傘?持ってないよ」と飄々と言うものだから、俺達は屋根のある場所まで急いで駆けるしかなかった。

「いやあ、運が悪いね。福富くんの折り畳み壊れてるなんて」
「あぁ、朝確認しておくべきだったな」

スクールバッグを頭の上に掲げながら走るみょうじは何故だか楽しそうに言う。俺はそれに返事をしつつ、段々と濡れそぼってゆく彼女を見る。雨足はそれなりに強い。このままでは風邪を引きそうだなと思った矢先に、屋根の付いている校舎玄関を見つけた。「そこに一旦入るか」と告げると、彼女はぶんぶんと首を縦に振って応えた。一緒にスクールバッグも振ったようで、飛沫が全て俺にかかってきたがそれは黙っておいた。
屋根の下に入るとやっと一息つける。スポーツバックは雨に強く浸水していなかったので、中に入っていたタオルや諸々は無事だった。タオルをひとつみょうじに差し出すと、タオルを掴んで「ありがと」と笑顔を向けてくる。それが小動物のようで少し可愛らしかった。

「結構濡れたな」
「だね。髪びしょびしょだ」

二人してタオルで頭をごしごしと拭く。そうしながらガラス扉で自分の姿を確認すると、普段は立っている髪がしなびたタンポポのようになっていた。頭を守っていたみょうじでさえもそれなりに髪を濡らしているのだから、俺は尚更のようだ。

「わ、福富くんの髪しおれてる。水やりして元気にしなきゃ」
「水やりしたらますますしおれるぞ」

そんな不毛な会話をする。みょうじは俺の返答が何故だか気に入ったようだったが、俺にはみょうじの感覚がよく分からなかった。
髪を伝う雫を大体拭き終わった後は、肩や腕の水滴を拭いていく。シャツが雨をしっかりと吸い込んでしまっているので、体にぴったりと張り付いて少し気持ちが悪い。タオルも髪を拭いただけでかなり濡れてしまったから、体を拭くなら交換した方がいいだろう。ごそごそとスポーツバックを探ると、あと二、三枚ほど綺麗なタオルが鎮座していた。

「みょうじ、新しいタオルは要るか?」
「うん、あった方が良さそう。もうこれじゃ拭けないや」
「そうか。じゃあこれを使え」
「ありがと」

新しいタオルを差し出し、水気を含んだタオルを受け取る。そのときにみょうじの濡れた制服が張り付いている様を見てしまい、気付けば勢いよく目を逸らしてしまった。女子の夏服は色付きなので透けることはないが、身に付けられている下着の形が浮き彫りになっていてどぎまぎしてしまう。普段そういったものを極力見ないようにしているためか、見てしまったときの心臓の負担はなかなかのものだった。
みょうじはどうやら目ざとい人間だったようで、いきなり目を逸らした俺の方を一瞬訝しんだ後、すぐに合点がいったように「なるほどね」と含みありげな声を出した。こいつの観察眼は一体どれほどのものなんだろうか。

「福富くんも男子だねぇ」
「……どういう意味だ」

ニヤリと笑うみょうじは、濡れている所為か艶かしく見えないこともなかった。そしてそういった目でみょうじを見てしまったことに恥ずかしくなり、罪悪感も見え隠れする。

「女子のこういうの見て、なんか思うことあるんだなーって。そういう感じのこと、全然興味無いのかと思ってたから」
「…………興味など無い。そんな不純な気持ちでみょうじを見ていない」

愉快そうにまとわりつくみょうじの視線を無視して、息を吐くように嘘を吐く。ここで言い切ってしまわないと、自分の気持ちもゆるゆると不純な方向に流れていきそうだった。
けれどみょうじは一枚上手のようで、ねぇねぇとまだこちらに構ってくる。

「そんな不純な気持ちって何?私は『なんか思うこと』って言っただけだけど、福富くんの頭の中には不純な気持ちに結びついたのかな?」
「……黙って拭かないと風邪を引くぞ」
「あはは、だって嘘吐いてる福富くんいじるの楽しくて」
「嘘じゃない」
「じゃあもう一回見る?」

肩にかけてあるタオルをぺろんと剥がそうとするみょうじの手に逆らって、俺はタオルを押し付ける。さすがにもう一度見ろというのは無理難題だ。また動揺してしまうだろうし、罪悪感も増すだろう。
「いや、見ない」と目を逸らしつつ首を振った。するとみょうじは一瞬驚いた表情をして、その後眉を垂らして微笑んだ。

「ごめん、からかいすぎた」
「本当にな。もう少し恥じらいを持て」
「そだね。でも福富くんが嘘吐くから私もムキになったんだよ」

そう言われ、む、と口を結んでしまう。
あくまでみょうじは俺が不純な気持ちを持っていると言いたげだ。実際嘘で間違いではないのだが、全く信じてもらえないのもなんだか妙な気分だ。普段の俺の行いが悪いのだろうか。
ふと空を見上げると、段々と雨足が弱まってくるのが分かった。あと十分ほどしたら帰れるくらいにはなるだろう。みょうじは天候の良くなってきた空を仰ぎつつ「ま、そういう事を考えてないってことにしといてあげるよ」と情けの言葉をかけてきた。折れてやると宣言されたようで、まるでこちらが子どものように駄々をこねていたとでも言いたげだ。けれど嘘を受け入れてくれたことは明白だったので、一応礼は言っておいた。

「でも福富くんも気を付けて、不純な気持ちを持ってる狼はここにもいるんだよ」

にやり。みょうじはもう一度そんな笑みを浮かべて、手を狼の口のようにガブガブと動かしてみせた。恥じらいを持てとつい先ほど言ったばかりなのに、続けて飄々とこんな発言ができるみょうじの頭の中は一体どうなっているのか。俺は視界の端にみょうじを捕らえながらため息をついてみせた。

「…………それこそ嘘だろう。言葉の節々から余裕が滲み出過ぎてるぞ」
「ありゃ、ばれちゃう?」
「お前の嘘は俺の嘘より分かりやすい」
「はは、福富くんに言われちゃおしまいだね」

けらけらと笑い声をあげるみょうじは、およそ不純とは結びつかないような笑顔を浮かべている。何がそんなに面白いのかと疑問に思うほどだったが、愉快そうなその顔を見ているとなんだかこちらまで明るくなってくるのだから不思議だ。





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