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秘密上手


 俺の好きなやつは、俺の友達が好きみたいだ。そして、俺のことが気に入らないらしい。

「手嶋ってさ、なんでも自分でやろうとするよね」
「ん?」

 主将に就任したからと言って、手嶋純太が元主将の金城さんのようになれるかと問われれば、否。頭は切れるが元々そんな大きな役割を任せられる男じゃないんだよな、と本人も言っていたとおり、後輩達(主に鳴子だが)からも威厳が感じられないなどと言われることがある。それくらい、純太は周りに気を配り、よく動いていた。
 彼女、みょうじなまえはそれじゃダメだとのたまうのだ。

「青八木が買いに行くとこ、あたし見たことないんだけど」

 ぎろりと俺を睨みつける、みょうじ。椅子に座っているにも関わらず、その視線は立っている俺よりも高圧的に思える。
 こいつが言っているのはつまり、こういうことだ。
 俺達はよく二人で一緒にいるが、休み時間や昼休みになると「飲み物買ってくる」と言って率先的に動くのは純太で、俺はただそれに頷いて待っているだけだと、それではまるで純太がパシりのようであると言うのだ。

「別に俺はやらされてるわけじゃねぇよ? 別に自販機行くくらい苦じゃないし」
「だからあ、不公平じゃん。たまには青八木が行けばいいのに」
「お前には関係ない」

 ピシャリと言い放てば、みょうじはおろか純太の顔まで凍りついた。少し意外だっただろうか。いやしかし、俺は結構我慢の限界だったのだ。いつもいつも、こっちの気も知らないで好き勝手に言っている彼女が、堪らなく嫌いになりたいのに、実際のところその俺に向けられている視線は、決して嫌いではない。この自分で処理しきれない気持ちを持て余しながら俺は今、かなり苛立っていた。

「俺と純太がどうしようが、みょうじには関係ないだろ」
「確かに、そうかも知れない、けどっ!」

 真っ赤な顔で反論しようと口を開く彼女は、ちらりと純太を見た。純太はそれを見ながら微笑むが、そのアイコンタクトの意味は、そればかりは俺にもわからない。その様子にすらイライラとして、俺は教室を出た。



「青八木はあたしのこと嫌いだよね」
「……?」

 あれから数日。純太が飲み物を買いに行っている間に購買でパンを買うために並んでる俺の隣にみょうじが立った。別に俺が購買にいるのは、この間みょうじに言われたからだとか、そんな理由じゃない。はずだ。
 俺と目が合った瞬間に彼女は目を丸くして「あっ」と小さく声を上げてから気まずそうに視線を逸らしたことにショックを受ける。そんなに、目も合わせたくないのか。しかし俺から何かを言うわけでもなく、無言のまま会計待ちをしていた。やがて、俺の隣でそう彼女が零したのだった。

「すぐ突っかかってくし、いやな女とか思ってるでしょ」
「……、……別に」

 だってお前が純太の肩ばかり持つから、なんてことは言わず、変な間にみょうじが疑わしげな眼差しを向けてきたので今度は俺が視線を外した。

「突っかかってくるから、思ってることを返しているだけだ。みょうじから話しかけてこなかったら、俺はこんな風に誰かと会話したりしない」

 珍しく、長く喋った気がする。俺の言葉を最後まで聞いたみょうじは小さな声で、しかしはっきりと「そっか」と安心したような口調で言った。そのことに俺は、別に好きと言われたわけではないのに心が踊った。だから、ほんの少し期待してしまったんだろう。

「みょうじは、俺のこと嫌いだろ」
「うん」

 同じようにそう口にして、後悔する。わかっていたことだけれど、その言葉は心に刺さる。しかし俺は、横目で彼女の顔を見て目を見張った。
 唇が緩やかな弧を描いて、薄らと笑みを湛えた。それからゆっくりと俺の方へ顔を向けた彼女と目が合って、逸らせずに、固まる。息を呑んだ俺に気づくはずも無く、みょうじは口を開く。

「ごめんね、ホントはちょっと羨ましかったんだ」

 初めて、俺に向けられたその笑顔に、全てを持っていかれた。それは、どっちに対して? 彼女の本音を聞き出せない臆病な俺は、その真意を確かめることは出来なかった。

 やがて自分の番が回ってきて、会計を済ませる。みょうじが隣でコロッケパンをカウンターに置いて順番待ちをしていた。がま口財布を開きながら俺を見上げた彼女はもう一度口を開いた。

「青八木もあたしのこと、嫌いでしょ?」
「……」

 再びそう尋ねてきた彼女に、俺は少し悩んだ末、今度は無言のまま頷いた。多分きっと、それが彼女の望んでいる答えなのだろう。
 それから、

「コレあげる」
「え?」

 会計して購買部を出た俺達だったが、廊下に出た瞬間みょうじはコロッケパンを俺に押しつけてきた。意味がわからずに呆ける俺に、みょうじは口早に言う。

「それは手嶋にじゃないから」

 すぐに踵を返して廊下を走って去っていくみょうじの背中を見つめながら、俺は立ち尽くす。生活指導の先生に「廊下を走るな」と当たり前なことを注意されていて少しおかしかった。

 パンの袋を握る手にやや力が入る。こんな風に彼女の目に映れるなら、俺はもう少し、このままでもいい。彼女に嫌いだと言われるこの現状を維持したまま、しばらくはこの気持ちを隠しておくのも悪くはないと、そう思う。
 気付けば、俺が抱えていたモヤモヤも苛立ちもすっかり消えていた。



 教室に入って、手嶋と目が合って優しい笑顔を向けられた。

「青八木に会った?」
「……うん」

 今日の朝手嶋が、「昼休みがチャンスだぞ」って言ってきた。その意味が私にはわからなかったんだけど、珍しく購買部に並ぶ青八木に正直心臓が飛び跳ねた。いつも手嶋に「純太に任せる」なんて言う青八木。本当は少しでも近づきたいなんて私のこの下心には微塵も気づいていないんだろう。いや、そもそも私が最初から気づかれないように振る舞ってきたに過ぎない。
 本当は私だってもっと近づきたいんだよ。でも私は天邪鬼で可愛げもないから、あんな言い方しか出来ないんだ。でも、それでもね。

「で、何か進展あったか?」
「嫌いって、お互いに再確認してきたよ」
「なんだそりゃ」

 手嶋が呆れながら「お前らの考えはホントにわかんねーな」って言ったけれど、私にだって自分の行動が意味不明に思える。

「わかんなくて、いいよ」

 なんだかんだ言って結局、私も結構「喧嘩友達」というこの関係が、気に入っているのだ。






― Fin ―




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