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睫毛が重なる前に


ずっとずっと好きだった。一目惚れだった。
三年間の高校生活で、私はいつだって彼を見てきた。少しでも仲良くなりたくて興味もない自転車競技部のマネージャーをしていたこと、どんなにキツく当たられたって笑顔を絶やさなかったこと。そんな浅はかな私の思いを、彼が気付かない訳がなかった。
だから、思い切って告げたのだ。卒業式の後、少し寒い寂れた部室棟の裏で。

「ずっと好きでした!」

結果は予想していた通りだった。

「キモい」

たった三文字のその言葉で、呆気なく私の初恋は終わった。

「わざわざこないなとこ呼び出して、ホンマ時間の無駄やわ」
「……そ、そうだよね。ごめんね、最後まで気持ち悪くて」
「プッ、自覚あるんやね。そんならまァだマシかも分からんなぁ」

確かその時も私は笑っていた気がする。最後にみっともない泣き顔を見せるぐらいなら笑顔で終わりたい。私にとって、せめてもの反抗だった。

それから二年の月日が経った。石垣先輩が、成人した私たちの祝いを兼ねて開いてくれたOB会で、私と御堂筋くんが再開することになるなんて誰が予想しただろう。
どうせ来ないだろう。そう高を括っていた私は、ほんとうにびっくりした。どうやら石垣先輩が頼み込んだらしい。御堂筋くんにとって唯一の繋がりを、彼はどうにか切らさないようにしたかったんだと思う。

「おーい、寝ちゃった?」

ぺしぺしと御堂筋くんの頬を軽く叩く。彼は少し眉間にしわを寄せたが、すぐにまた穏やかな顔に戻った。
私は今、御堂筋くんの部屋にいる。酔っ払ってまともに歩けなくなってしまった彼のお世話を任されたのだ。石垣先輩との別れ際、悪戯っぽく笑い「感謝せぇよ。俺がここまで飲ませたんやから」と言われ、ようやく先輩の真意に気付いた。御堂筋くんには悪いけれど、後輩思いなところは昔と変わらない。

「バレてたんですね、ははっ……」
「安心しぃ。俺だけやなくてみんな気付いとるから!」
「えっ!?」

焦って辺りを見渡せば、ニヤニヤと笑う先輩たちと目があった。

「……ありがとう、ございます」
「ええて、ええて。ほんなら御堂筋を頼むな。あー、後で色々ドヤされそうや」

こわいこわい、とわざとらしく肩を抱いた石垣先輩を前に、自然と私の顔は綻んでいた。
そんな石垣先輩の、先輩達の優しさを私は踏みにじろうとしていた。
情けなくて、かっこ悪くて。たぶんお酒のせいもあるんだろう。ゆるみきった涙腺からは涙が止まることなく溢れてきた。それから鼻水も。えぐえぐと、変な声も出しながら。ああ酷い顔だ。鏡なんか見なくても分かる。

「ごめんね、ごめん。……ごめん、なさい」

何度も何度も謝罪を繰り返した。許されたかったらじゃない。だって許される訳がないことを知っているから。私はただ、罪悪感から逃れたかったんだ。
御堂筋くんのニットとインナーを脱がしたあと、自分のブラウスに手をかける。指先がもつれて、上手くボタンが外せない。そりゃそうだ、私だってけっこうなお酒を飲んだ。そうじゃなきゃ、こんなこと出来るはずがなかった。
やっとの思いでブラウスを脱いで、その下もぜんぶ、ぜんぶ、脱いだ。これでいいんだ。独り言ちて、するすると彼の布団へ入り込む。
布団の中はあったかくて、それがまた私の良心を痛めた。



突如、鋭い痛みを感じた。昨晩の痛みとは違う、物理的な痛みだ。
つねられている。
そして何事かと薄めを開ける。朝のキラキラとした光を遮るように、大きな人影が見下ろしていた。

「なぁ、」

抑揚のない声だった。

「どういうこと?コレぇ」

どうもこうもない。見たままだ。私の周りには散乱した服があり、御堂筋くんは布団から半裸を出して見下ろしている。

「覚えてないの……?」
「なぁんも」
「……そっか」

その言葉にどれほどホッとしただろう。と同時にとんでもなく恥ずかしくなった。
私は「昨日、けっこう酔ってたもんね」と当たり障りのない言葉を返す。

「……ボク、もしかしてキミのこと食べてしもた?」
「食べたって……。ふふっ、なんか可愛い言い方だね」
「とにかくやらかしたんか」
「うーん……」

相変わらず飄々と喋るものだから、こっちの調子が狂ってしまいそうだ。焦ったり喚いたりするかと思ったけれどそんな素振りはまったくない。なんだかすごく言いにくい。けれど私は、

「その、責任とか取ってくれるよね……?」

とやっとの思いで言った。御堂筋くんにつられて、私まで淡々と言ってしまった。こんな感情のこもって無い言い方が出来るなんて、逆にすごいと思ってしまう。

「せやなぁ。さすがにこれは……」

よし、あとは成り行きに……。
ごくりと唾を飲み込んだ私に御堂筋くんは言った。

「責任とらなアカンなぁ。……なんて、ボクが言うと思ったァ?」

べろり、舌を出して大きな黒目をニィっと細めて。可笑しくてたまらない。そんな顔で御堂筋くんは言葉を続ける。

「残念やったなァ、みょうじさぁん。ボク昨日のことぜぇんぶ覚えてるんよ」
「うそっ……」
「プククッ。ププッ。嘘やないよ?石垣くぅんにえらい飲まされて酔っ払ったと勘違いしたキミは、ボクを部屋まで送った」
「そ、そうだよ。だって一人で歩けないくらいフラフラしてたから石垣先輩が送ってけって」
「キッモ。キモキモや。余計なことしよって……まあええわ。今はキミとのことが先や」

御堂筋くんは舌打ちをすると、またニタリと不気味に笑う。

「そうやって上手いことボクん家に入り込んだキミィは、勝手に事実を作り上げたんや。自分で自分の服脱いでなぁ?」
「っちがう!私はそんなことしてない!」

余裕たっぷりの御堂筋くんに焦った私は思わず声を荒げてしまった。これでは嘘だと認めるようなものだ。

「キモいキモいと思うてたけど、まさかここまでやったとはなぁ。あん時ちゃんと断ってホンマに良かったわぁ」

それからもキモいと言い続ける御堂筋くんに、私は何も言い返せなくなっていた。バチが当たったんだ。そんなことを思ったら、さらに恥ずかしくなってじわじわと目頭があつくなってきた。

「私は、ほんとうに御堂筋くんの、ことが好きで……。だから、……ふっ、ひくっ……」
「ファー?みょうじさん、なに泣いてんのォ。キミが全部悪いんやろ?えぇ?そうやろぉ?……あ、せや!ええこと思い付いた」

御堂筋はくんは一人納得したように何かブツブツ話した後、

「石垣くんに話たるわ」

とこれまでで一番意地悪な顔で笑いながら言ったのだ。

「は、話すって」
「みょうじさんは自分で服脱いだくせに、ボクが襲ったっちゅう嘘をついて脅してきたんやよ。って」
「そんな!石垣先輩は関係無いでしょ!」
「そもそもの元凶はアイツなんやし、ええやん。石垣くぅん、どんな反応するやろか……。な?みょうじさぁん」
「やめて、ほんとうにごめんなさい。お願いだから……」
「イヤや。あー、あかんもう送ってしもた」

大げさにしまったという顔で御堂筋くんは携帯を揺らして見せた。
私の頭は真っ白になった。涙も、ぱったりと止んでしまった。

「んふっ、その顔や」

そんな私を御堂筋くんはうっとりと見つめる。

「ボクぅ、みょうじさんのそういう顔がずっと見たかったんや。キミ、ボクが何しても笑っとるもんやから。ププ、ようやく見れたわぁ。まあそういうわけやから、これからもよろしゅう頼むわ、なまえちゃん」

かくして私の初恋はようやく実った、らしい。けれどそれが良かったのか。私にはもう分からない。

「え、いや……え?」
「ハァ。何べんも言わせんなアホ。今日からキミィはボクのもんや。ほら、そないな格好してたら風邪ひいてまうやろ」
「そ、うだね」
「あ、ボク結婚する前にそういうことはしないて決めとるんよ」
「ああ、そうなんだ……」
「あとさっきのは嘘や。メールなんて送ってへんよ。アドレス知らんし」
「…………」
「まぁボクから離れようなんて考えたらどうなるか、よお考えときぃ」
(悪魔……!!!)

ニィと綺麗すぎる歯並びを見せつけられ、私はまたしても泣きたくなった。






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