Z.選択

痛いほどの沈黙。
弁明をしようと口を開いても喉がひりつき声が出ない。
そんな沈黙を破ったのは意外にも彼の方だった。

「…まぁ、彼女に手を出したわけでもなければ手を出す度胸もお前にはない事くらい分かってる。」

確かに彼の言う通り彼女に嫉妬や憎しみの感情を抱き、あまつさえ敵意を持って接しようとした事は事実だ。
けれど頭の片隅で彼の声が、彼と重ねた逢瀬が私にストッパーをかけて。
"彼に嫌われたくない"ただその一心で、彼女への憎しみを抑え込んでいた。
そんな私の感情も、きっと彼には全てお見通しだったのだろう。
私の様子を余さず観察していた彼はふっと息を吐き、そのすらりとした彫刻のような指を二本ピンと立てた。

「お前のこれまでの功績に免じて、選ばせてやる。」
『…、えらぶ……?』
「そうだ。」

青灰がかった瞳はその冷たさを湛えたまま、すっと弧を描く。

「その1、今この場で俺とお前の関係を断ち切る。…つまり作業玉からの解放だ。」

"これから先、俺の作業玉だったが故に何かあったとしても公安は責任を持ってお前を助けるだろう。"

少し高めの柔らかな声が脳内に反響する。
解放…それは彼と二度と逢瀬を重ねる事も、それどころか言葉を交わす事もなくなるということ。

「その2、今後も俺の忠実な作業玉であり続ける。……己の感情に、蓋をして。」

忠実な駒であり続ければ、例え多くない時間だとしても彼の側に立ち続けられる。
けれど駒であるためには彼が"宝物"と称した彼女を見守らなければならない。
心から愛した人が自分ではない女を愛しむその瞬間を、目にしなければならない時が来たとしても。

「さぁ、選べ。お前はどちらを取る?」


天使のようなかんばせで。


まるで悪魔が睦言を囁くように。


突きつけられた選択肢の中、私が選んだのは………。

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