W."私"と"彼女"

あの日から1週間ほど経ったある日、彼の言う通り彼の婚約者が入会してきた。
しゃんと伸ばした背筋が、立ち姿が、とても綺麗で。
そしてそれは姿勢だけではなく顔の造形や仕草にも表れていて。
あぁ神様はなんて酷いんだと、そう思った。


彼女は、きっと私が欲する全てをその身に持っている。


『担当になりました篠崎と申します。それにしても…とてもお綺麗ですね。エステなんて必要ないのでは?』
「い、いえ、そんな事は!お姉さんの方が綺麗です!……でもできるだけ努力して、綺麗になりたいんです。」

彼の作業玉になってから、自分を偽る事には慣れた。
それが憎い恋敵の前であったとしてもプロのエステティシャンとして、そして彼に使ってもらえる作業玉であり続ける為に身につけた私の武器だった。

『もっと綺麗にだなんて、見せたい方でもいらっしゃるんですか?』

施術用のガウンに着替える彼女を横目に、口を開く。

「見せたい…というか、その…。」

彼女はガウンを羽織りながら、少し恥ずかしそうに笑った。

「…結婚、するんです。今年の6月に。」

ガチャンとオイルが入った瓶が音を鳴らす。
無意識のうちに震える手を、理性で制した。

『6月…ジューンブライドは女の人の憧れですものね。』
「んんっ、実は零…あ、主人になる人が、やっぱり結婚式といえば6月だろうって。」

私が呼ぶことを許されない彼の名前。
それを容易く呼ぶ彼女の、なんて幸せそうなことか。

『…素敵な旦那様じゃないですか。』
「そうですね、私には勿体無い人です。カッコよくて優しくてその上仕事もできて…。そんな彼に選んでもらえて、幸せです。」

選んでもらえて。
選ばれなかった私の前で幸せそうに微笑む女の顔を、直視できない。
傷ひとつない肌を撫でながら、この身体で彼の愛情を受け止めているのだと思うと爪を立ててしまいたくなる。

『じゃあそんな旦那様の為にも、もっと綺麗になりましょうね。』
「はい!お願いします!」

そう言った私の声はきっと、震えていた。


白い肌。

そんな肌に見え隠れする所有の印。

柔らかい髪、柔らかい肢体。

彼が愛した女の体。

これが私だったら良かったのに、なんて、いもしない神様に祈る。


けれど神様は残酷だ。
だってこの後私を、この上ない地獄へと突き落とすのだから。

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