T."彼"と"私"
『米花駅改札前』
たった一言。
時間も日にちすらも指定されていない。
いつ来るかもわからないたった一通のメールに縋ってしまう。
『8時には着きます。』
短く返信し、メールを削除する。
アドレスを登録することも許されず(例えしたとしても数あるうちの1つだろうけど)それどころか彼の名前を呼ぶことすら叶わない。
「……着替えなきゃ。」
それでも。
彼のために時間を割き、彼のために着飾り。
ほんの一瞬彼の目に止まるその間だけでも綺麗に見られようと、赤い口紅をひく。
「新商品…当たりかも。」
私のトレードマークとも言える赤い口紅が、彼の嫌いな色だなんて知らなかった。
私は本当の彼を、なに1つ知らなかった。
「やだ…もうこんな時間。急がないと間に合わないじゃない。」
例えどれだけ彼と逢瀬を重ねても。
もうこの付き合いが5年近くになろうとしていても。
私は彼の、駒でしかないのだと。
彼のそばに居続ける為には、最も残酷な手段しか残されてないのだと。
少年のような顔で、愛しい人を語る彼をこの目で見なければならないなんて。
この時の私は知る由もなかった。
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