▽私の旦那様

私の旦那様になる人はとても凄い人だ。
見目良く博識でスポーツ万能。
伯父様と共に日夜日本のため一生懸命に働いている、男性としてだけではなく人として尊敬できる人で。

そしてちょっとだけ、怖い人。

彼と出会ったのは本当に偶然。
なんとなく飲みたい気分だったから、仕事帰りにふらりと立ち寄った隠れ家的な居酒屋さんで出会った。
カウンター席に座っていた彼は草臥れた表情でその綺麗な顔に隈を浮かべて。
なんとなく気になって私から声をかけたのがきっかけ。
元々話す事が好きだったのかあれやこれやと話すうち仲良くなって、気がつけば飲み仲間と言えるような関係になった。

「…俺と、結婚してくれないか。」

だからあの時は本当に驚いた。
彼と突然会えなくなって、何年か。
連絡先くらい交換しておけば良かったと後悔しながらお店に入ったあの日。
お店の大将にあいつが来てるよと言われ通された個室で、私の顔を見るなりそう言ってきたから。

『…え、今なんて?零さん疲れてんの?』
「疲れてはいるが、正気だ。」

目元には相変わらず隈を浮かべて。
どことなく痩せこけた様子の彼は、それでもその瞳には強い光が宿っていて。
まるで深い海のような瞳に引きずり込まれそうになった。

『どう考えても正気じゃないよ…数年ぶりに会った飲み仲間にプロポーズって、零さん疲れてるでしょ…。』

ぎゅっと握られた両手が熱い。
流石に突然イケメンから告白されたらこちらも変に緊張してしまう。
そんな私を見て彼は懇願するように口を開いた。

「俺は今まで沢山のものを失ってきた。自分のせいで失った事もある。やっと全てに方が付いて、それでも失ったものが多すぎて。もうこれ以上失くしたくないと思ったら、お前の顔が浮かんだ。」


だから頼む、頷いてくれ。


絆されたと言えばそれまで。
だけど今にも泣きだしそうな顔をした彼を見ていたら、無意識に頷いてしまっていた。

「ありがとう…一生、大切にする。」

安心したように微笑んだ彼を見て、これが正しいんだと思った。


「愛してるよ。」


それから確かに彼は私を大切にしてくれた。
逢瀬を重ねて、愛を囁いて。
彼が出した申告書を見た伯父様から彼が警察官だと、多忙な身だと聞いた時はかなり吃驚してしまったくらい本当によくしてくれた。
(だってあの見た目じゃあ、ね?)
私のどこに惹かれたのと聞けばはぐらかすから何が彼のお気に召したのかは未だに分からないけれど、気づけば私も彼のことを心から愛するようになった。
幸せだった、だけど。

「なぁ、結婚式前って女の人は皆エステとか行くんだろ?知り合いがオススメするエステがあるんだが、行ってみないか?」
『エステ!行ってみたかったの!』

優しくて正義感に溢れた人だと思っていた。
日本のために、日本国民のために、文字通り命をかけて生きている人だと思っていた。
だけど本当はとても残酷な面も持ち合わせていること。
彼もただの人間なのだと知ったのは、このすぐ後の事だった。

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