"やっと全てにカタがついたんだ。"

身体中包帯や絆創膏だらけにした彼がそう言って家の扉を開けたのは今からもう半年近く前のこと。
別れてからもう5年も経っていたのに、彼の姿はあの頃のままだった。

"もし、もし知紗が俺の事を待っていてくれて、ここから引っ越さなかったのなら。"

なんで今更とか、自惚れないでよとか、アンタが私のこと振ったんでしょとか。
言いたいことはいっぱいあったのに。

"俺と、結婚してくれないか。"

ボロボロの身体で似合わない(見た目的に、ではなく中身的にだけど)真っ赤な薔薇を抱えて気まずそうに、だけど今まで見たことがないくらいとても真剣な顔をしてそう言い切った彼を目の前にしたら、私はただただ涙を堪えて頷くことしか出来なかった。

* * *

『…零、れーい。』
「………ん…。」
『おーきーてー。朝だよ。』

新しい部屋に新しい寝具。
ダブルベットの真ん中で蓑虫になっている零を揺する。
本当は起きない事に対して苛つくべきなんだろうけれど、こうやって寝汚くなるまでに半年もかかったことを考えると起こすのも戸惑われてしまう。
あのプロポーズの翌週には彼の所有するマンションに引っ越してきて最初の1ヶ月は目も当てられないほど酷かった。
ちょっとでもこちらが身じろきをすればすぐ起きてしまうし、一番酷かったのは寝苦しそうにしている彼の汗を拭こうと首筋に手を伸ばした瞬間、その手を思い切り掴み上げられ首を掴まれた事だ。
あの時の彼は手負いの狼か何かかと思った。

『ちょっとー遅刻するってば…。』

それが今はどうだ。
どれだけ揺すっても起きやしない。
それどころかベッドに乗り上げた私の腰を引っ掴むとそのままお腹に顔を埋めて寝だしたではないか。

『せっかく零のリクエストに応えて朝ご飯和食にしたのに…。』

ポツリと呟きながらお腹に埋まった頭を撫でると、和食という単語に反応したのかもそりと顔を上げた。
その目はまだまだ眠そうで昨日は遅かったもんなぁ…とその目元を撫でる。

『そろそろ起きてご飯食べないと本当に遅刻しちゃうよ。』

うん、うん…と言いながらもそもそと着替え始める零の頭をひと撫でして寝室から出る。
まるでこの5年間が無かったかのような懐かしいやり取りが少しだけ気恥ずかしい。

……でも本当は。

本当は少しだけ、この結婚を迷っている。
この5年間零に一体何があったのか、なぜ私と別れなければならなかったのか。
結婚するにあたって警察官だと打ち明けられたけれど、時々零に掛かってくる"安室透"宛ての電話は一体なんなのか。
私は何も知らない、知らせてもらえないから。

「…ふぁ、おはよ……。」
『はいおはよう。早く顔洗ってきてー。』

でも私の隣で安心したように眠る零を見ると、そんな事なかなか言い出せなくて。
言った事で今の関係が崩れることが怖くて。
そして何よりも、零の安心できる居場所を壊したくないと思ってしまうから。

「頂きます。」

美味いと言い朝食を食べる零を見ながら、私は不安や後悔を押し殺して笑うのだ。
いつの日か、ヨボヨボのおじいちゃんとおばあちゃんになったその時に全て話してもらえるように。
その時まで彼が隣にいてくれるよう、祈って。