白と茶色に統一された部屋は所々に見たことのある家具が置いてある。
ふかふかのソファに座りニコニコと微笑む彼女は未だ猫を被ったまま。
こちらの動きを見定めているのか、カマをかけただけで俺が降谷零だとまだ見極めていないのか。
「ここの紅茶やお菓子、とっても美味しいのよ!」
『王室御用達のH.R.ヒギンスのブルーレディにシャルボネル・エ・ウォーカーのトリュフですね。』
「あら、箱も見てないのによく分かったわね。正解よ。イギリスに住んでいる知人に頼んで定期的に送ってもらってるの。」
するりと白く長い指がピンク色のチョコを摘む。
赤い舌を覗かせながら口に含み満足そうに笑うとこちらにも食べるように勧めてきた。
「安室サンも、どうぞ?」
彼女が俺に毒を盛るだなんて考えられない。
しかし職務上食べる訳にもいかない。
少しでも不審な動きをしたら彼女は行動に移すだろう。
『……残念ですけど、ポアロのまかないでお腹いっぱいなんです。』
トリュフも紅茶も魅力的だが、この場を上手く逃げ切るにはこれが一番。
そう考えて口を開けば彼女はその笑顔を崩さないままコテンと首を傾げた。
それは他者を追い詰める時にする彼女の昔からの癖で。
しまった、選択肢を誤った。
動揺するなと自身に言い聞かせるが、時すでに遅かったらしい。
「ポアロのまかないの時間は14時で今は20時。流石に6時間も時間が経っているのに全くお腹が空かないなんてあり得るのかしら。」
とん、とん、と指が机を叩く。
「これが夕食を食べて、なら分かるけれど、うちからポアロの距離を考えても安室サンは仕事が終わってそのままうちに来てくれたのよね?その間何かを食べる時間なんてないはず。」
ニコニコ、笑った表情は崩さない。
「もちろん本当にお腹が空いてないならしょうがないとして、紅茶にすら手をつけないのも変ね。私はてっきり…。」
机を叩く手とは反対側の手で頬杖をつき、表情はそのままゆっくりと指をさした。
「"食べない"ではなく"食べられない"んだと思っていたのだけれど。」
青い…サファイアのような瞳が容赦なく俺を射抜く。
『…、どうして、そう思われたのですか?』
「そうね、まず貴方は私が紅茶を入れている時不審な動きをしていないかつぶさに確認していたわ。それに私が貴方に背を向けている間、貴方ここに盗聴器や監視カメラの類がないかチェックしていたでしょう?それってここでの会話が録音、または撮影されることで何か困ることがあるってことよね。」
一度開いた口は止まらない。
「それに紅茶とお菓子を並べた時貴方は不自然と悟られない程度に匂いを嗅いだ。それは食べ物の中に異物が混入されてないか確かめるよう訓練されて癖づけられてしまった行為ね。」
たらりと冷や汗が流れたのが分かる。
それでも悟られないよう笑顔を崩さないのは、俺の意地だ。
「あぁ、あともう一つ。これは貴方が私の可愛い後輩だという事が大前提の仮定なのだけれど…。」
こちらに向けて指していた指を俺の唇に当て、彼女は今日一番の笑顔を浮かべた。
「"ゼロ"に従事する人間は初めていく場所で食べ物を口にしてはいけない、という暗黙のルールがあるそうよ。」
"QED、これで満足?"そう笑った彼女の手を掴み、はぁと溜息を一つ。
『完敗です。きっとここで俺が認めなかったらどんどん情報を出していくつもりだったんでしょう?』
「うふふ、当たり!引き際を間違える後輩じゃなくて良かったわ。」
掴まれた手はそのままに、反対側の手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でるその手つきは昔と変わらなくて。
暖かく懐かしいそれに、ほんの少しだけ泣きそうになったのは俺だけの秘密だ。
「…お久しぶりです、先輩。」
『本当に久しぶりね、零くん。』