「あら、イケメンさん。」
しまったと思った時にはもう遅い。
珍しくマスターも梓さんもいないピンシフトの日。
カランとなったドアの方を振り返りいつものように浮かべた笑顔はきちんと"いつも通り"に笑えていたのか。
『いらっしゃいませ。お席はどうされますか?』
「そうね…イケメンさんの顔を見ていたいからカウンターがいいかしら。」
にこりと笑った顔はとても覚えのあるもので。
思わぬ事態に舌打ちしたいのを必死で抑えて安室透を演じる。
『お客様のような美人にお褒め頂き光栄です。』
「イケメンさんは口もお上手なのね。お名前は?」
知ってるくせに、とは言えない。
そんな事を言えば全てがバレてしまう。
『安室透と申します。』
「安室…?」
『どうかなさいましたか?』
コテンと首を傾げるその姿が。
「んー、安室サン、大学の時の後輩にそっくりだったから、てっきり兄弟か何かかと。」
『後輩さんですか…。』
「貴方と違って喧嘩っ早くて口だけは一丁前の生意気な子だったけどね。」
懐かしい、だなんて思ったのが間違いだった。
「でも貴方とそっくりのイケメンさんで、なかなか可愛かったのよ?」
"ゼロって、あだ名だったんだけど。"
今この場にコナン君がいなくて本当に良かった。
いたら、色々やばかったと思う。
「私、藤峰知紗っていうの。」
えぇ、よーく存じてますよ、なんて。
きっと目の前の彼女には色々とバレてる気がしてならない。
「ねぇ、私安室サンの事気に入っちゃった。」
するりと腕に這わされた細い指は上品なネイルが施されている。
ぶわりとこみ上げるその感情は、劣情か、恐怖か。
「今晩、うちに遊びにこない?」
零くん、と、艶やかな唇が音もなく動くのは見ないふり。
にこりと微笑むその顔は一見すると女神のようで。
『…ステキな、お誘いですね。』
……そして本当は悪魔の笑みだと、俺はよく、知っている。