春になった。
春になったが、別段何も変わらない私は、いつも通り仕事から帰る。
電車はいつもどおり人で溢れかえっている。
ぎゅうぎゅう、と人に囲まれる。
隣のヘッドホンをつけた男から、音楽がもれている。
その斜め前の40代くらいの女が、携帯でメールを打っている。
女子高校生は昨日見たドラマについて、友人と語っている。
別に何も変わらない。

彼がいなくなってからもう1年くらいだ。
住所も分からないし、電話もつながらないし、彼からの一切の連絡がない。





シャンクスに会ったのも、こんな退屈な日々を過ごしている時だった。
彼は、私の自宅の近くで酔い潰れていた。
そこのお姉さん、頼むから水をくれ…、と呻く彼を何故だか無視できなかった。
自販機で水を買い、彼に渡せば、勢いよく水を飲んでから、眠ってしまう。
こんなところで寝たらだめですよ!と、起こしたところで無駄だった。
とんでもなく厄介なことになったと頭を抱える他無かった。
このまま寝ていたら、彼はきっと警察に連れて行かれるだろう。
赤の他人なのだから、放っておけば良かったものの、罪悪感からすぐそこの家に連れて帰ることにした。
今思えば、よくあんな怪しい男を一人暮らしの我が家に入れたものだ。
そんな感情も麻痺してしまうくらい、私は仕事のストレスでおかしくなっていたんだろう。
いいわけにすぎないのかもしれないが。




そして、それがきっかけでシャンクスは私の家に住み着くようになる。
顔も知らない女の家に住み着く彼も彼だが、それを住ませる私も私だ。
二日酔いの彼は、死んでいるんじゃないかと思うほど寝ていた。
土曜日で仕事は休みだったので、酔っ払いを観察する。
と、ともに激しい後悔が押し寄せてくる。
なぜこんな知らない男を拾ってきてしまったのだろうか、と。
彼が眠りから覚め、私は事情を全て話す。
彼は大層驚いた様だったが、ものすごく感謝してくれているらしかった。
そして私に恩返ししたいと言ってきた。結構です、と私は言った。


「いや、俺がそうすると決めたんだ。」

そんな有無を言わせない彼との奇妙な共同生活が始まった。

仕事が忙しい私のために家事を全てやってくれた。
正直最初は泥棒かもしれないと不安だったが、いい人の様だった。
襲ってきたりもしなかったし。
彼が何者なのかは全く語らなかったが、私は彼を信じきっていた。
彼が何者なのか知ったらいなくなる気がしたのだ。
彼は働いてもいなかったが、たまに外食に連れて行ってくれたりもした。
そして、私たちは2ヶ月の奇妙な同棲生活を経て、恋人となった。
彼が、付き合おうと言ってくれたとき嬉しくて涙が出た。
私は彼のおかげで退屈な日々から抜け出せていた。




しかしその頃からシャンクスは頻繁に家に帰ってこなくなる。
私は不安になって、シャンクスに問い詰める。

「お前の心配することなんて何も無い。」

そう言って笑いながら、優しくキスしてくるシャンクス。
騙されないわよ、と思ったが、服に手が入ってきてそれどころではなくなった。
いつだってシャンクスは聞かれたくない話になるとキスでごまかすのだ。
ごまかされてしまう私も私なのだが。

「愛してる。」

この一言にいつも流されてしまうのだ。
私の方がシャンクスを愛してる。






その情事中の一言がシャンクスから聞いた最後の言葉になった。
次の日、目を覚ませばベッドには私だけだった。
仕事から帰ってきても、部屋には誰もおらず、次の日も、その次の日も彼は帰ってこなかった。
私はどうしようもなかった。
ただ、ぽっかり穴があいたみたいだった。



隣のヘッドホンをつけた男から、相変わらず音楽がもれている。
その斜め前の40代くらいの女が、携帯でゲームをしている。
女子高校生は昨日見たドラマに出ている俳優の彼女の噂ついて、友人と語っている。
あれから一年経った。
彼は帰ってこない。
でも私はずっと待ち続ける。
あなただけしかいないこの世には。
あなただって私しかいない。







20100311






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