蝶番が壊れても

※チュウ
海月さん宅のセンゴさんとセンジさんをお借りしています。セジリラ消失直後のセゴララの話。
*****



ひとのかたちを保っていた光が弾けた。部屋いっぱいに舞い上がったふたり分の光の粒は、雪のようにやわらかく、ララとセンゴに降り注いだ。
瞬間、ララはその場に崩れ落ちる。床に着いたふたつの膝。氷の結晶ではない温度の通った生身の足を見て、ララはいよいよリラの消失を実感した。そっと左足に触れてみる。固く冷たい感触はもう見る影もない。白い足は、まるではじめからそこにあったようにララの身体に馴染んでいた。


(当然だわ。私とリラはふたりでひとつの存在だったんだもの。私の右足はリラの右足。リラの左足は私の左足だった)


生まれたときから、いつも傍にもうひとりの自分がいた。姿かたちのない、存在だけのもうひとりの自分。それがリラだ。リラはどんなときもララを励ました。ララが泣けばその分笑い、ララの悲しみを取り払ってくれた。イマジナリーフレンドだと誰かが言った。自分の弱い心が作り出した空想の友人だと。しかしそれは間違いだとララは思った。確かにリラはララの心の弱い部分を支えてくれた。けれども空想の存在ではない。ララはバイバニラに最終進化し、リラがかたちを持って現れ、それは証明された。

双頭双子。それがバイバニラとなったララとリラに付けられた通称だった。
ひとり分の下半身にふたり分の上半身。かたちを得たリラは、以前にも増してララを助けた。ララが伝えづらいことをはっきりと申し立て、ララが泣くと悲しみを払うように笑い励ました。自分にないものを持っている太陽のようなリラが、ララは大好きだった。
ひとつの身体を共有していたふたりは、なにをするにも常に一緒だった。腹が減る時間も、寝る時間も起きる時間でさえも。いつからだろうか。ふたりの時間がずれ始めたのは。それはムラマサ――センゴとセンジに出会ってからのように思う。ヒトツキだった頃はひとつの存在であったセンゴとセンジ。ニダンギルへ進化してふたつに分かれたというふたりに、ララとリラは強い親近感を覚えた。皆で過ごす時間は楽しかった。皆で食卓を囲み、時にはふた組に分かれて出掛けもした。思えば、その頃から自分たちは彼らに惹かれていたのだろう。ララとリラ、ふたりだけの世界が当たり前でなくなったその瞬間から。


「ララ」


低く落ち着いた声がララを呼んだ。
肩に手を添えられて顔を上げると、見知ったはずの見慣れない男性がこちらを見ていた。


「センゴくん…?」


愛しい想い人の名前を呼ぶと、男性――センゴはゆっくりと頷いた。
センゴの右目を覆っていた眼帯は外れ、双眸に自分の姿が映っているのが見えた。白目は黒く染まり、赤紫色だった虹彩は好戦的な鮮やかさを控え、落ち着いた藤紫色へと変化していた。センゴはギルガルドへと進化していた。
同時に、彼の片割れであるセンジもあるべき場所へ還ってしまったのだと、分かりきった事実がララの脳裏をよぎった。
片割れとの別れを、センゴはどう思っているのだろう。ララは伺うようにセンゴを見詰めた。
眉尻を下げ、センゴは笑っていた。優しい表情だったけれど、悲しそうでもあった。
センゴの骨ばった大きな手がララの頭を撫でた。その優しい手付きに、ララは頭を鈍器で殴られたような強烈な衝撃を受けた。


(つくづく、私は自分のことしか考えていないのね)


センゴは確かにセンジとの別れを憂いていた。しかしそれだけではなかった。彼の優しい手付きは、リラと別れることになったララを心配しているのだと教えてくれた。
ララは自分が恥ずかしくなった。悲しいのはセンゴも同じであるのに、自分のことしか頭になかったからだ。
センゴの手を取って、頬に重ねた。女の自分と違って固く節くれているけれど、優しい、安心する手だった。触れた箇所から、センゴのあたたかな体温が伝わってくる。そうしていると、言いたいことがまとまってきた。自分はなにを言うべきか。なにをするべきか。
リラはもういない。笑い声は聞こえないし、話しかけても答えは返ってこないけれど、でも確かにここにいる。自分は伝えなければならない。今までリラがしてくれたことを。リラに甘えていた自分の心の弱い部分を。自分の言葉で彼に伝えるのだ。


「センゴくん。私ね、言わなきゃいけないことがあるの」


ララは頬から手を離し、センゴの手ごと自分の胸に添えた。


「ずっと言えなかった…ううん、言わなかった。甘えていたの。黙っていても、貴方は私の気持ちを汲んでくれる。傍に居てくれる。貴方の優しさの上に、私はあぐらをかいていたんだわ」


センゴの目をじっと見詰めて、ララは口を開いた。


「私、センゴくんが好き。だからどうか、これからも私と一緒に生きてください」


センゴの手を握る手が、微かに震えているのがよく分かった。指先は冷えているのに、手のひら全体がじっとりと汗をかいている。自分の気持ちを言葉にして伝えることがどれほど勇気のいることなのか、今更になって実感した。


「リラの代わりだなんて思ってない。ううん、代わりになんてしたくない。センゴくんはセンゴくんだもの。リラの代わりはいないように、センゴくんの代わりになるひとも、この世界中何処を探したっていないの。勿論、リラたちがいなくなってさみしい気持ちはあるわ。でも…そうじゃない。私は、センゴくんに傍にいてほしい」

「ララ…」


センゴの、節の目立つ細く長い手が、ララの頬を優しく包む。親指の腹で目元を撫でられて、はじめて自分が泣いていることに気付いた。


「ララ、泣くな。リラはいるさ。それにセンジだって…ふたりは俺達の中で眠ってるだけ。それはララだって分かってるだろ?」


センゴは落ち着いた口調で続けた。


「変わるのは悪いことじゃない。だけど、無理して変えることじゃない」


センゴの言葉が、ララの心に優しく響く。ああ、自分はこのひとのそんな優しさに惹かれたのだと改めて感じた。同時に、このひとは自分自身を見てくれているのだという安心感に包まれた。
涙が新たに溢れ出し、頬を濡らしていくのが分かった。
涙が落ち着くまで、センゴはなにも言わずに涙をぬぐい続けてくれた。しばらくすると、ララにも言葉を紡ぐ余裕が生まれてきた。


「…片割れは元々自分自身。弱い心を護るため、支えるために生まれたまやかしだってユニ姉さんは言ってたわ。私もそう思う。でもリラのこと、まやかしだなんて思わない。私はひとりじゃ生きられなかった。リラがいなかったら寂しさに耐え切れなかった。リラは確かにここにいた。そして今も私の胸のなかに眠ってる。笑顔はもう見られないけれど、声を掛けても応えてはくれないけれど…」


ララの言葉にセンゴが笑った。唇の端を吊り上げた、センゴのいつもの笑い方だった。


「いつか聞かせてやれよ、リラに。俺達がくたばったあとでも…」


センゴは言葉を区切った。そして、思いついたように苦笑した。


「いや、もしかしたらもう聞いてるかもな?なんたってあいつらは俺達のなかで眠ってるだけなんだから」


その通りだと、ララも笑った。


「ほら、行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「散歩。いつまでもしみったれた顔してたらあいつらに笑われるからな」


センゴに手を引かれて立ち上がる。上半身が軽く、いつものように力を込めただけだったが、勢い余って転びそうになってしまった。
ララを抱きとめたセンゴが、心配そうに声を掛けた。


「大丈夫か?」

「ええ…身体ってこんなに軽いものだったのね」

「直ぐに慣れるさ」

「…慣れるまで手を握っていてくれる?」

「慣れたあとも握ってるさ」


手を繋いで、ふたりは小屋の外に出た。
朝日が祝福するようにあたりを白い光で満たしていた。




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