恋のきっかけ

福路 ※チュウ
ぴこさん宅の心歌さんをお借りしています。
*****


森を抜け出して、ここは街。福路は、友人と街に遊びに来ていた。街は、人とポケモンで溢れ、活気に満ちていた。ついこの間まで街で暮らしていたというのに、見飽きるどころか、まだまだ知らないことばかりで新しい感じがする。
カフェテラスに腰掛けながら、目の前の通りを歩くたくさんの人を眺めていると、向かいに座る友人が福路に声を掛けた。


「福路さんって彩葉さんと付き合ってるんでしょ?」


唐突な問いかけに、福路が驚いて振り向くと、白髪を風に揺らせた友人が、テーブルに身を乗り出してこちらを見ていた。まるく大きな目に浮かぶものを察して、福路は小さく息を吐いた。福路もまた、種類こそ違えど、少女と同じものに取り憑かれているからだ。


「隠しているわけではないけれど……。心歌、誰から聞いたの?」

「聞かなくても、福路さんの様子を見てれば分かるよ。だって福路さん、彩葉さんといるとき、とっても幸せそうな顔をしてるもん」


好奇心というのはなかなかに厄介である。吹き消すことは困難で、それどころか好奇心の火はどんどん大きくなるのだ。自分が納得しない限り消えることはない。
好奇心に生きる福路にとって、その火を知らないものとして捨て置くことはできなかった。


「……それで?」

「え?」

「なにか聞きたくてその話題を出したんでしょう?答えられる範囲でなら話すけれど……」


福路の言葉に、心歌は口を開いてぽかんとした。そして、可笑しそうに吹き出した。
突然笑いだした心歌に、福路は戸惑った。笑われるようなことを言ったつもりはなかったから、心歌が何故そんな反応をするのか分からなかった。
心歌は、目尻に滲んだ涙を指で拭った。


「あははっ、違うよ福路さん。そういうんじゃないよ。ぼくは恋バナのつもりで言ったの」

「こい、ばな……?花の名前かしら」


聞き慣れない言葉に、福路は首を傾げると、心歌はもう一度笑った。


「ええと、恋愛相談……って言ったらちょっと違うか。恋についておしゃべりするの!」

「恋?」

「そう。福路さんは彩葉さんのどこを好きになったの?いつ恋したの?」

「どこを……、いつ……」


どこを好きになったのか。尋ねられて、言葉に詰まった。直ぐに答えが出なくて、福路は、きのみジュースを手に持って、ストローに口を付けた。
彩葉の姿を思い浮かべる。


(私は、彩葉さんのどんなところを好きになったんだろう……)


福路は、彩葉の好きなところを心の中で挙げてみた。ぶっきらぼうな口調。自分を見る眼差し。福路は彩葉に対して好ましいと思っているものを次々挙げていった。しかし、思い浮かぶものはどれも、付き合ってから気付いたものばかりだった。
好きな要素であることに違いはないが、彼を好きになった理由にはならない。


「いつの間にか好きになってた……、かしら」


ストローから口を話して、ぽつりと呟く。
福路の返答に、心歌が不満そうに口を尖らせた。


「ええーっ!嘘!普通過ぎるよ!」

「そんなことを言われても……」


自分でもありきたりだと思う。ありきたりで、普遍的な答えだ。そうではないのに、表現する言葉が見付からない。
福路は、彩葉とはじめて出会った時を思い返した。
彩葉は自警団の一員だった。福路は森の情報屋として、依頼された情報を自警団に渡すために、彩葉と何度か話をしたことがある。福路にとっても、仕事であるから、特にこれといった印象を持つことはなかった。あるとすれば、背の高い男性だと感じたくらいだろうか。
福路は、女にしては背が高い部類に入る。女友達は勿論、男友達も、福路と同じくらいか低いことが多かった。だからだろうか。自分よりずっと高い位置にある顔が珍しかったのを覚えている。
自分より大きな背も、彼の好きなところのひとつだ。しかし、それはきっかけではないような気がした。

仕事でないとすれば、彼が具合を悪そうにしていた、あの時だろうか。
本人から聞いた話だが、彩葉は子どもの頃から体が弱く、体調を崩しやすいらしかった。言われてみれば彼の顔は血色が悪く、肩を貸すときに触れた手はひんやりとしていて冷たかった。福路自身、言われてはじめて気付いたことだった。きっと、このことを知っている存在はごく僅かだろう。不調を悟らせない。体調など関係なく森を駆ける彩葉を、福路は強いと思った。

ぽつりぽつりと、記憶を振り返るように話すと、心歌は目をきらきらと輝かせた。


「じゃあ、恋したのはそのとき?」


心歌の問いに、福路は首を振った。


「多分、違うわ。確かに、彩葉さんのことを知りたいと思うきっかけにはなったけど、でもそれは恋じゃない。素直に、力になりたいって思ったのよ」


彩葉の力になりたいと思う気持ちに下心はなかった。
なにかと世話を焼きたがる福路のことを、森の仲間はお節介と度々言い表した。福路も、自分のそんな一面を自覚していた。その時の彩葉に対しても、お節介が働いたのだ。


「恋をしていたとして、そんなやましい気持ちは直ぐに見抜かれてしまうわ。あのひとは敏いもの。私も隠し事が上手な方ではないし……」

「じゃあ一体いつ恋をしたの?」


もう一度ストローを口に含んだ時、ある場面が、福路の脳裏に浮かんだ。
ポケモンハンターが森に現れたときのことだ。ハンターのポケモンを打ち負かした彼の横顔は、グラエナらしく、獰猛に歪んでいた。ハンターが去ったあとも、戦闘の高揚が引かないのだろう。擬人化した彼の表情もまた、同じように歪んでいた。
福路はぱちくりと目を瞬かせた。ストローを離して、コップを置く。口元がゆるく上がったのが自分でも分かった。


「−−分かったわ。私、あの顔を見て、食べられそうだなって思ったの。多分、その時からよ」


真上にあった太陽が、いつの間にか傾いて、あたりは淡い蜜色の光に満たされていた。
軽く雑談を交わしたあとで、ふたりは森に戻り、解散した。
帰路を辿る心歌は、ふと足を止める。


「そういえば、福路さんが恋したのって、擬人化した彩葉さんの顔を見て?それとも……」


考えようとして、やめた。考えたところで、福路に聞かなければ答えは分からないのだ。
心歌は、彩葉に恋したと話す福路の顔を思い浮かべた。森のある方向を見て、幸せでたまらないといったように目を細めて微笑む彼女の顔を。




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