story

※チュウ
ぴこさん宅の千歳さんをお借りしています。妊娠ネタ。
*****




窓から差し込む光は、くっきりとした眩しい光の跡を、病室の床に落としていた。
なんということのない病室の風景で、思い詰めた顔をしている望月だけが異質だった。


「なんていう顔をしてるんですか、望月さん」


耳に馴染んだ恋人の声に、望月はゆるゆると顔を上げる。ベッドに横になりながら、眉尻を下げて困ったように笑う恋人――千歳と目があった。


「怖い顔。眉間に皺が寄ってますよ」


起き上がろうとする千歳を見て、望月がぎくりと身体をこわばらせた。


「ち、千歳さん!」


立ち上がった拍子に、パイプ椅子が音を立てて倒れる。音に驚き、椅子とベッドの僅かな距離で右往左往する望月を見て、千歳は口元に手を当ててくすくすと笑った。


「そんなに力まなくったって大丈夫ですよ。別に死んだりなんかしません。私も、お腹の子も」

「ですが……!」


女の腹はまるく張っていた。医者の話では、臨月というものらしい。もうしばらくすると、千歳は子どもを産む。望月と千歳の子どもだ。
妊婦を見るのはこれが初めてではなかったが、当事者になれば話は別だ。膨らみ続ける腹を見ていると、子どもが、内側から食い破って出てくるのではないかと思えてくる。千歳が妊娠してしばらく経った頃、その話をして、千歳の爆笑をかってしまったのは言うまでもない。
仕方のない話だ。男、いや、ポケモンである望月にとって、長期間に及んでゆっくりと膨らむ腹は奇妙としか言い様がない。しかも、その中に自分の子どもがいるという。呼吸はできているのだろうか。空腹になったらどうするのだろうか。説明を受けても、いまいちぴんとこなかった。
それでも、妊娠と出産のリスクは、前もってよく話し合っていたので知っていた。喜びも不思議さもたくさんあったが、望月の心には不安が常に蔓延っていた。
望月は眉間のあたりに皺を寄せて、また思い詰めた顔をした。


「心配なのは、今だけじゃないです。これからのことも……、お腹の子が無事に生まれるか分からないんですよ?それに貴女だってどうなるか……」


望月の種族はパンプジンで、千歳はゴーゴートだ。ふたりは恋人関係にあったが、タマゴグループが異なるために、ポケモンとしての正当な方法では子どもは望めなかった。だからといって、望月と千歳から、子どもが欲しいという気持ちが消えることはなかった。そして、ふたりは人間として、人間の方法で子どもを望んだ。
子どもは無事に千歳の腹に宿ったが、望月は両手を広げて喜ぶことができないでいた。
ポケモンとポケモンが、ひとの姿でひととして子どもを産む。
擬人化した状態で産んだ子どもは果たして人か、ポケモンか。それともそれ以外か。タマゴグループも違えば、ポケモンとして産むわけでもない。まともでない状態で生まれてくることも容易に想像がついた。

心配なのはなにも子どものことばかりではない。望月は、母体に掛かる負担も心配だった。妊娠中、子どものことを考え、常に擬人化状態でいなければならない。
望月は、心配掛けまいと強くあろうとする千歳の性分を知っているから、彼女が無理をしているのではないかと気が気ではなかった。


「望月さん」


千歳に名前を呼ばれて、望月ははっと顔を上げた。望月を見詰める千歳の茶色の瞳は、友としての彼女とも、女としての彼女とも違った、母親の眼差しをしていた。


「大丈夫。大丈夫ですよ。この子はちゃんと無事に生まれてきます。私だって平気です」

「……でも、辛いでしょう」


千歳は首を振った。そして、望月の手を取った。


「確かに、この状態でずっと人の姿をしているのは辛いです。でもそれ以上に、この子を産めることが嬉しくてたまらない。早くこの子に会いたい。この子を望月さんに見せたい。ずっと、思ってます」


望月の手を握る千歳の手は、女にしては皮が固くて、少しばかり荒れていた。

千歳はポケモンであると同時に、人間として喫茶店で働いている。皮が硬いのはバトルをしているから。少しばかり荒れているのは水仕事をしているから。それでも握ればやわらかさがあるし、男の自分と比べると小さくて指も細い、女の手だった。
クリームを塗っていてもなかなか手荒れが治らないと千歳は愚痴っていたが、苦労を知っているこの手が、望月は好きだった。


「……千歳さんの手は、綺麗ですね」

「なっ、なんですかいきなり……!綺麗なわけがないじゃないですか。こんな荒れた手」


驚いて引っ込めようとした手を、望月は強く掴んだ。直ぐに力を緩めて握り直すと、口元に持っていって、その指に唇を落とした。


「綺麗ですよ。苦労を知っている、強い手です。手だけじゃない。優しさも強さも、どちらも持った千歳さんが、私は好きです」


千歳の顔が、ゆでダコのように赤く染まった。
いえだの、ええとだの、千歳は視線を彷徨わせて口をもごもごとさせていたが、望月は構わず言葉をついだ。


「この手に、腕に、胸に、この子は抱かれるんですね。そして、守られて大きくなるんですね」


千歳の手に、腕に、胸に順に触れ、最後に腹に手を置いた。触れるか触れないかどうか、それくらいそろりと撫でた。確かめるように、何度も、何度も。
生まれてくる子どもを想像する。小さな命が、千歳の、母の腕に抱かれながら泣き、そしてあやされる。髪は何色だろうか。目元は、笑った顔はどちらに似ているだろう。自分に似ては引っ込み思案な子になってしまうだろうから、性格は母親似であってほしい。
しかしそれも些細なことだ。無事に生まれてきてくれればそれでいい。どんな姿、性格であっても、自分と千歳の、愛しい我が子だ。

千歳の腹を撫でながら、望月は呟いた。


「元気な子、産みましょうね」


その様子を眺めていた千歳が、赤みの残る顔でゆるく微笑む。


「……この子は幸せ者ですね」


望月は顔を上げた。
千歳は、腹に置かれた望月の手に自分の手をそっと重ねた。


「だって、私に、私の好きなひとに、愛されるって生まれる前から決まってるんですもの」


病室は、いつの間にか、淡い蜜色の光に包まれていた。心が落ち着く、あたたかい色だ。
望月の心に蔓延った不安が消えたわけではないが、千歳の言葉に不安が薄れていくのが分かった。どんな結果になるのか、それは誰にも分からない。それでも、前を向いていけると、望月は思えた。




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