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「おはようなまえ」
「おはようリリー」
「パイでいい?」
「うん、ありがとう」

いつもと変わらぬ穏やかな朝。食堂はホグワーツの生徒で賑わっていた。
ふたり分の席に座り、リリーが取り分けてくれた皿を受け取って朝食のパイをいただく。
今日のパイは私が好きなチェリーパイだ。まだ寝ぼけている脳みそに糖分が行き渡り、頭が徐々に冴えてくる。黙々とパイを口に運んでいると、向かいの席に誰かが座った。
手を止め視線をあげると、そこには有名な人物が。

「よう」

知る人ぞ知るシリウス・ブラックだった。その隣にはジェームズ・ポッターもいてにこやかな笑みを浮かべている。
ということは。恐る恐るリリーを見ると、眉間に皺を寄せて明らかに怪訝な表情を浮かべていた。
すごい剣幕である。いつも穏やかな彼女をここまで変貌させてしまうとは、ポッター恐るべし。

「お、はようブラック」

ぎこちない挨拶してパイを頬張る。すると彼はリリーと同じように眉間に皺を寄せる。

「ファミリーネームじゃなくて名前で呼べよ」
「え、あ、うん。わかった」
「俺もなまえって呼ぶから」
「えっ」
「いやか?」

滅相もない。勢いよく首を横に振るとシリウスは微笑んだ。
その微笑に不覚にも胸が高まる。さすが学園イチのモテ男だ。しかし女子の視線が痛いのなんの。レイブンクローやハッフルパフ側の席からは数え切れないほどの女子がものすごい眼力でこちらを睨んでいる。女はこわい生き物だ。果たして私は今日一日生きて帰れるのか。

「おまえシャンプー変えた?匂いきつくね?」
「あ、やっぱり?私もそう思ってたんだ。くさいよねこれ」

鼻が利くんだな。確かシリウスは黒い大型犬に変身できたはずだ。だとしたらこのにおいも彼にとっては辛いだろう。「ごめん」と小さく謝罪すれば、「くさいとまでは言ってねぇよ」と意外な返答。なんだ、結構いい奴じゃないかシリウス・ブラック。

胸がほんわかと温かくなった所でパイを平らげた。
リリーは自分をうっとりと見つめてくるポッターが鬱陶しいようで、今にも噛みつきそうな勢い。これがはじめてじゃないしほたっておけばそのうち熱も引くだろう。
なんて考えを頭の隅に置き、食後の野菜ジュースを飲み干した。朝の一杯はこれに限る。

「パイ、好きなのか」
「うん。美味しいよ」
「なら、俺のやるよ」

そう言ってシリウスは自分の分のパイを私の皿に乗っけた。
嬉しいけど、これじゃシリウスの朝ごはんは野菜のみになってしまう。

「い、いいよ。もうおなかいっぱいだし」
「遠慮すんな。お前もっと太ったほうがいんだよ」

細すぎるし。なんと嬉しい言葉だろう。思わず目をぱちくりせたらシリウスはぷっと吹き出して「まぬけ面」と言った。こんなにどきどきするのはどうしてだろう。

「じゃあ、いただきます」
「どーぞ」

フォークでパイを突き刺し口に運ぶ。いつもと同じ味のはずなのに、彼からもらったパイだけはこの世で初めて味わう甘美なパイに思えた。
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